「あー、もう少しイチャついてていいよー。うん。
そうそう、出来ればもうちょい濃厚に絡み合うように、ネットリとしたやらしい感じで!
よーしよし、いいねいいねー!」
「よしじゃねーよ!」
私とカイちゃんのやり取りを、野茂咲さんがビデオカメラで撮影している。
その撮影の動きは、まるでプロのそれだ。慣れてやがる。
「なんでそんな本格的なビデオカメラなんて持ってるの!?」
「アハハハ、こんな事もあろうかと〜。」
「なんて変態だ!プロの変態だ!心構えが違う!」
カイちゃんにイチャつかれつつも、野茂咲さんへのツッコミを止める事はない。
なんかもう、変態という人種に対して反射的にツッコんでしまう体質になってしまったようだ。
難儀なものだよ。
ちなみに野茂咲さんの水着は、ピンク色のビキニに花柄のパレオだ。結構オシャレ。
「…ハァ、女子3人は何やってんの?」
私達が戯れついている様子を、黒一点の新藤君が遠巻きに眺めている。
うーん、私達がこうもはしゃいでたら、唯一の男子である彼は孤立してしまうだろう。
どうしたものか。
「新藤君、新藤君。」
野茂咲さんがビデオカメラ片手に、新藤君の横に立つ。
「え、何?」
「撮るがいい。」
「は?」
「あの2人を、思うがままに撮るがいい!」
…何言ってんだ、あの人は。
カメラを手渡された新藤君も私と同じような事を考えているのか、怪訝そうな表情を浮かべてるぞ。
ていうか、さっきから許可もしてないのに勝手に撮ろうとするな!今更だけど!
「いや、意味が分からないんだけど?」
「新藤君、私には分かるんだよ。分かっちゃうんだよ。
同族の気配ってやつが!」
「えぇ?」
「君が実は、隠れ百合好きなのは分かってるんだよ。
クールに振る舞ってるけど、その実、あの2人の熱烈な絡みを永久保存したくて堪らないのだろう?」
「なッ!?」
…あー、あの反応は図星っぽいな。
そしてこの流れは、嫌な予感しかしないぞ。
「君のその、尾藤さんと山岸さんの絡みを見守るその視線。
冷静さの鎧を着込みながらも、内に眠る興奮で微かに震えているその体。
我慢なんて体に毒!己が欲望に抗うのをやめて、撮って撮って撮り尽くすのだッ!」
「分かったああァァァッ!!」
大人しかった新藤君が突如雄叫びを上げて、(一方的に)抱きつき合う私とカイちゃんを激写してくる。
その動き、野茂咲さんのものと比べても勝るとも劣らない、まさに熟達した動き!
「うおおォォォォ!!極めし一枚を撮るその日までェェェェ!!」
結局、この班みんな変態ばっかじゃねーか!ふざけんな!誰か助けて!
◆◆
「……クッソ疲れた。」
まだ海にすら入っていない。
更衣室から出て海へと移動している段階の時点で、例の変態三人衆の波状攻撃によってクタクタになってしまった。
怖いよこいつら。
「ごめんごめん、でも海で遊べば疲れも吹き飛ぶよ!」
「いや温泉か何かじゃないんだから、余計疲れるに決まってるだろ。」
三人とも、先に海に入って遊んでいる。
なんだかんだで仲良いのかな?この班。
「私は一人でまったり浮かんで、景色でも楽しんでるわ。」
海水浴のマストアイテム、浮き輪!
実はこの日の為に、学園ものの漫画の水着回を熟読して予習してきたのだ!
泳げない人間にとって、浮き輪こそベスト!正義!最強装備!
「そんな〜、白狐ちゃんも一緒に遊ぼうよ〜!」
「お前らと遊んでたら、残機が99あっても足りんわ。」
「白狐ちゃんが99人ッ!?それって天国ッ!」
「アホウがッ!兎に角、私はまったり浮き輪生活を満喫するからなッ!」
私はカイちゃん達とは離れた方向へ駆け出し、浮き輪片手に海に飛び込む。
そのままドーナツ状の浮き輪に乗って、何も考えず心を無にし、プカプカと波の流れに身を任せる。
浮き輪の輪っかに腰がすっぽり嵌まっている私の全身を、日差しの暑さと海水の冷たさが覆っている。
これ、想像以上に気持ちいいなぁ。
自宅の部屋の中で寝転がるのも気持ちいいけど、たまにはこうして大自然の中で、光合成しながらぐうたらするのも悪くない。
「はふぅ…」
そういう訳で、のんびりとしていたら…
「どひゃーーーッ!?」
カイちゃんが吹っ飛んできた。
「うおわッ!?」
バトル漫画で敵の衝撃波を喰らって吹っ飛んだみたいな飛び方をしたカイちゃんが、私の浮き輪に直撃!
そのままひっくり返った浮き輪と共に、私は海へと転覆した。
「ごぼッ!ぐッ!ぐほォ!」
あまりにも唐突な出来事に身構える事も出来なかった。
お陰で浅瀬なのに変な体勢で溺れてしまい、鼻の中に海水が入って頭が痛い!
つーか、一体どんな遊びをしたら、海の上で人が吹っ飛ぶんだ!?
「び、白狐ちゃんごめん!」
「ううぅ〜、このぉ〜!」
不変だから、頭の痛みはすぐに引く。
しかし、折角のリラックスタイムを邪魔された私の怒りは甚大だ。
「私の平穏をぶち壊した罪は重い!喰らえ浮き輪ブロー!」
「あひィ!」
手に取った浮き輪でカイちゃんの横っ面を思いっきり殴ると、気持ち良さそうに吹っ飛んで海に沈んだ。
うーん、気分爽快。
こういう遊び方も案外、悪くないかもな。
「フッフッフッフ、尾藤さんもまだまだ甘いね。
山岸さんは私達四天王の中でも最弱!
お次は山岸さんの30倍の力を持つ新藤君が相手になろう。」
「えッ!僕ッ!?」
野茂咲さんと若干距離を置いていた筈の新藤君が名指しで巻き込まれ、否応無しに謎の茶番に強制参加させられた。
「ん?四天王?カイちゃんと野茂咲さんと新藤君と……あと1人は?」
「それは、四天王最強のこのお方だァァァッ!!」
そう叫びながら、野茂咲さんが何かを投げつける。
拳大の黒い物体は見事な放物線を描きながら、私の顔面にヒットした。
それは、黒くてヌルッとした、少しひんやりする珍妙な生物。
「いやこれ、ただのナマコじゃん。」
ナマコ、実物初めて見たわ。
意外とキモ可愛いし、手触りがふにょふにょしてて気持ちいいな。
そんな四天王最強のお方には、穏便に海に帰って貰おう。
海の中へとそっとナマコを放し、残りはあと2人。
「ああッ!ナマコパイセンがッ!?」
「まあ、そうなるわな。」
やたらテンションの高い野茂咲さんと、いまいちついて行けてない新藤君。
相手のチームワークは恐らく壊滅的。攻めるならば今こそが好機!
「はああァァァァァッ!!」
「うおおおォォォォォッ!!」
◆◆
「あー、楽しかった。」
全力で遊び合い、4人並んで海岸に仰向けになる。
周囲に他の人はいないので、静かな海岸に波の音が響いている。
「海で遊ぶと人が吹っ飛ぶなんて、知らなかったわ。」
「でしょ!吹っ飛ぶんだよ!」
カイちゃんがそう訴えるのも今なら理解出来る。
人は吹っ飛ぶ。海で遊ぶと。
「…僕も、最初は不安だったけどさ。
新しい扉を開く事も出来たし、かなり充実した時間だった。」
「その扉は、しっかりと施錠して再封印しとけ。」
「いや、もう無理。鍵穴は壊れました。」
「……。」
変態カメラボーイの誕生を防ぐ事は出来なかったか。
今後の私の心労を思うと、胃がキリキリと痛む。
ただ、海水浴自体は想定外に凄く楽しかった。
またいつか機会があれば、皆で遊びに行きたいものだ。
「…まさか、この私がこんなアウトドアな遊びを気に入っちゃうなんてなぁ。」
「お、白狐ちゃんがそう言ってくれるなんて、なんか嬉しいねー!」
「うんうん、私も海水浴を提案して良かったよ。正解だった。」
学校の友人と一緒にワイワイ遊んでくたびれる。
ごくごく当たり前の事なんだろうけど、私にとっては貴重な体験だ。
なんかこう、言葉で言い表すのは難しいんだけど、敢えて言うならば、とっても満たされた気分だ。
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんの苦手な動物は?
「んー、アリクイかな?なんか怖い。」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!