「私とカイちゃんのツーショットが撮られまくってるのは分かったけど、どうしてそれがカイちゃんの〝弱み〟になってるの?」
「…それは、その…」
カイちゃんに率直に疑問を聞いてみると、一層答えにくそうにしていた。
「私は別に大丈夫だから。」
何が大丈夫なのか自分でもよく分からないけど、きっと私に関係しているから答えにくいのだろう。
「…えっとね、磧さんには白狐ちゃんの事、恋人だって言っちゃったの。」
「……はい?」
私は一瞬、我が耳を疑った。
「そしたら、小学生の女の子と付き合ってるなんて、大問題だって言われて、この証拠写真も突きつけられて…。
アタシ、白狐ちゃんに迷惑掛けたくなくって、ずっと一人で解決しようと思って、黙ってたの。ごめんなさい。」
「んー、それは分かった。うん、分かった。
で、私とカイちゃんが恋人ってどういう事だ、あん?」
「…それは、まあ、言葉の綾というか、なんと言うか。アタシの願望、みたいな。
磧さんに、『この子とはどういう関係なの!?』って執拗に迫られて…。
最初はアタシも否定して、ただの親戚の子ですって誤魔化してたんだけど、あまりにもしつこいから、ついムキになっちゃって『恋人ですよッ!』って言っちゃった。」
「いや、もっと他に言いようがあっただろ。」
「しかも、アタシの発言もバッチリ録音されちゃってて、既に磧さんの都合が良いように編集もされちゃったの。」
「マジかい。こりゃ相当悪質だな。」
もしもそんなものが世の中に流出してしまったら、カイちゃんの芸能人としてのキャリアに大きな傷が付くのは、想像に難くない。
ここに来て、私の見た目が仇になってしまうとはな。
「その音声がどんな風に編集されてるのか知らないけど、こちらが下手に動いたりするのは危険だな。」
「白狐ちゃん、アタシどうしよう…!」
カイちゃんが不安そうな表情で私を見つめる。
私より全然デカいクセに、こんな風に頼られちゃあ、私が守ってあげるしかないだろう!
「大丈夫、カイちゃん。私を信じなさい。
そうすれば、絶対に力になってあげるから。」
「白狐ちゃん…!」
よしよしと、半泣きのカイちゃんの頭を撫でてあげる。
たったそれだけでも元気が湧いたのか、カイちゃんの表情に光が戻ってきた気がする。
「と、いう訳でだ。奴に反撃する為に、カイちゃんにはいくつかミッションをこなして貰う。」
「ミッション?」
「詳しくは、後で帰ってからスマホのメッセージで送るから、それを見てくれ。」
私の頭の中には、既にあの女をギャフンと言わせるプランが朧げながら浮かび上がっていた。
見てろよ、カイちゃんの将来と、私の悠々自適生活を台無しにしようとした報いを、その身に思い知らせてやる。
◆◆
『真夜中の全開バラエティ!』
毎週木曜日の深夜に放送されているらしい、マイナーなバラエティ番組だ。
勿論私は、カイちゃんの出演が決定するまで、この番組の存在を一切知らなかった。
そして、今週の放送回はなんと、カイちゃんと磧環を特別ゲストとして招いての生放送スペシャル!
そう、生放送なのだ!これ重要!
私の計画が上手くいけば、磧の奴はきっとこの番組で行動を起こす筈だ。
それを逆手に取り、一気に奴の化けの皮を剥がす!
カイちゃんからも、段取りは全て順調に進んでいると、メッセージが来た。
私はガタンゴトンと電車に揺られながら、スマホの画面を確認した。
「よし。」
陰キャな私が、これから衆目に晒されるかもしれないというのに、不思議と緊張はしない。
カイちゃんを守る為なら、私は何だって出来そうだ。なんてね。
◆◆
「よいっしょー!今夜も始まりました、『真夜中の全開バラエティ』!
今回はなんと、生放送でお送りしまーす!イエーイ!パチパチパチー!」
アタシ、山岸海良は、緊張していた。
テレビ番組に出演するから?
うん、確かにそれもある。
でもそれ以上に、これからこのスタジオで起こるであろう事を想像すると、心臓がチクチクするような緊張感を覚える。
そもそも、アタシと磧さんが都合良く特別ゲストで招かれるなんて偶然、そうそう無い。
以前、この番組のプロデューサーが、磧さんの父親に弱みを握られてるという噂を聞いた事がある。
きっとそれは、ただの噂じゃなかったのかもしれない。
だとすると、白狐ちゃんの読み通りこの生放送は、アタシの芸能生活を終わらせる為の罠の可能性が高い。
「えー、実は今回ですね、スペシャルなゲストとして、今話題のお二人を招いています!」
MCを務めているのは、中堅お笑い芸人のマーシャルアーツ朝日さん。
色眼鏡が特徴の、中年のおじさんでピン芸人だ。
きっと朝日さんは、磧さんの本性など何も知らないのだろう。
真面目な性格で、視聴率の低迷しているこの番組でも全力で仕事をしている。
「女優の磧環さんと、モデルの山岸海良さんです!どうぞー!」
まずは磧さんがスタジオに登場して、簡素なスモークの演出と共にゲスト席に座る。
アタシと二人の時とはえらい違いで、テレビ向けの愛想の良さを全開にしている。
それに続けて、アタシも磧さんの隣の席に向かう。
その間、アタシはほんの数時間前、楽屋で起こった出来事を思い出していた。
◆◆
「海良ちゃーん、今日会えるのを楽しみにしてたわぁ。なーんて。」
「…何の用ですか?」
楽屋入りしてすぐ、アタシ一人の楽屋に磧さんが入って来た。
挨拶も無く、ズカズカと。
「あらら、つれない返事。これだから調子に乗ってる新人ちゃんは。」
「…そっちも新人じゃないですか。」
出来る限り関わりたくないので素っ気ない態度を心掛けていたけど、向こうがやたらと突っかかって来るので無理っぽい。
アタシは、彼女に弱みを握られてる訳だし。
「まあいいや、アンタ頭は良いみたいだし、今回の番組に私とアンタのゲスト出演が決まった理由、大体察しがついてるんでしょう?」
「……。」
「いい加減、アンタ目障りだからね。そろそろ芸能活動も潮時なんじゃないかしら?」
「どういう意味ですか?」
「どういう意味もなにも、分かるでしょ?
今日、アンタ潰すから。」
「あの写真でですか?」
「それ以外無いでしょ。何を今更言ってんの?
あ、勿論私の好感度は上げつつ、アンタが終わるように上手く演出するから、楽しみにしててね〜。」
磧さんは、ニヤニヤと底意地の悪そうな笑顔でそう言った。
「それにしても、小学生の女の子と付き合ってるとか、マジでウケるわぁ。
こないだショッピングモールで会った時も、一緒に居たわよね?
あんなちんちくりんのガキ、どこがいいのやら。」
「……ッ!」
「あ、怒った怒ったぁ?」
白狐ちゃんの悪口を言われて一瞬頭に血が上るも、白狐ちゃんに言われた事を思い出してすぐに冷静になる。
『磧に何を言われても、絶対に相手にするな。』
こっちが激昂したら、相手の思う壺だから。
もしそうなったら、アタシ達の〝計画〟が台無しになりかねない。
だからこそ、アタシは必死に怒りを押し殺して、冷静さを保つ。
「…用事はそれだけですか?
気が済んだなら、早く自分の楽屋に戻って下さい。」
「ふ〜ん、今日は随分と冷めてるじゃない。つまんないの。
まあいいわ、後でたっぷり楽しませてあげるから。」
捨て台詞を言い残して、磧さんは去っていった。
それにしても、まさか向こうから来てくれるとは、嬉しい誤算だったと言えるのかもしれない。
白狐ちゃんを侮辱されたのには腹が立ったけど、これで計画が進めやすくなった。
当初の予定では、アタシが磧さんの楽屋に行く予定だったから。
「ふぅ…」
ソファに座り、メイクさんが来るのを待つ。
本番を前に、緊張を少しでも抑えようと、深く深呼吸をするのであった。
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんの得意なスポーツは?
「スポーツ全般好きだけど、水泳が特に好きかなぁ。」
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