――午前9時50分
約束の時間まであと10分。
私は地元の駅入り口で清水さんを待っていた。
あまり早く来るのも勘違いしていると思われるかもしれないが、気付いたら30分前に到着し、かれこれ20分が経過した。
腕時計から目を離しふと顔を上げると、白いシャツにミントグリーンのカーディガンを羽織った女性が近づいてくる。
――清水さんだ。
清水さんと目が合うと、清水さんは小走りに駆け寄り、
「店長すみません、お待たせしちゃいました」
と、申し訳なさそうに微笑みながら言った。
俺もたった今来たところだよと返事をしたが、本当は30分前から来ていたくせに私は恥ずかしい男だ。
清水さんは安心した表情を見せ、今日は宜しくお願いしますとお辞儀をした。
私は清水さんが生活をするために覚えておいた方が良さそうな店を事前にピックアップし、順番通りに案内をするプランを立てていた。
「清水さん、今日はこの辺を中心に回ろうと思うけど、行きたい所があったら事前に教えてくれる?」
「えっと、とりあえず店長の案内してくれる所で大丈夫です」
「……そっか、ショッピングモールとかホームセンターだけどいいかな?」
「もちろん、いいですよ」
あからさまに生活に必要のない場所を案内するのは、勝手にデートだと思い込んでいると思われるのが嫌で、デートとは程遠い場所を案内する。
本当はオシャレなところを期待してただろうか?
映画館とかに連れてった方が喜ぶのだろうか?
色々な思いが交差したが、これはあくまで生活をするために必要な場所を案内するだけのもの。
しつこいくらいに自分に言い聞かせ、清水さんと歩き出した。
――午前11時
私は清水さんとショッピングモールに来ていた。
清水さんはモール内にあるテナントに目を配るも、お店を覗こうとはしない。
「清水さん、見たい所があったら見て良いんだからね。じゃないと連れてきた意味が無いし」
「ありがとうございます。でも、服とか見たら店長気まずくないですか?」
「全然。俺は別に買い物に付き合うのは平気だよ」
私がそう答えると、清水さんは気になっていたのか雑貨が売っているお店に行きたいと言い、二人で足を運んだ。
清水さんは雑貨屋に入り周りを見渡したあと、可愛い猫が描かれたマグカップを手に取り眺めていた。
私がその様子を眺めていると、清水さんはマグカップを棚に置き、
「……こういうマグカップって、何歳になっても欲しくなっちゃうんですよね」
と、少し寂しそうな表情を見せた。
その意味は分からなかったが、私が、清水さんが使ってたら似合うけどねと言うと、清水さんは笑いながら、
「私が子どもっぽいって事ですか?」
と言った。
「いやいや、そうじゃなくて。そういう可愛らしい物が似合うって意味だよ」
と私が言うと、清水さんは笑いながら足を進めた。
「そうだ清水さん、せっかく来たんだからそのマグカップ買ってあげるよ。そうだな、入店祝い?」
「いえ、いいですよ。店長に悪いですし」
「大丈夫だよ。他のアルバイトの子達にも何かしらの形で入店祝いはあげてるから」
「……高橋さんにもですか?」
「高橋さん?あんまり覚えてないけど、ドーナッツだったかなぁ?」
「高橋さんっぽいですね」
なぜ高橋さんの名前が出たのかは分からないが、私は入店したアルバイトスタッフにはプレゼントをあげるのがマイルールとなっている。
「このマグカップ、清水さんに似合うし買ってあげるよ。いらないって言っても買うからな」
私はそう言うとレジに行き、そのマグカップを購入し清水さんに手渡した。
清水さんは申し訳なさそうにお礼を言い、マグカップの入った紙袋を受け取った。
雑貨屋を出てモール内を歩いていると、遠くの方で赤ん坊の泣く声が聞こえた。
両親が一生懸命赤ん坊をあやしているが、泣き止む様子はない。
その様子を見て、私は子育ては大変そうだなと思いながら、
「なかなか泣き止まなくて大変そうだね。まぁ、俺が結婚して子どもなんて想像できないけど」
と清水さんに話しかけると、清水さんからの返事は無く、清水さんはまた、寂しそうな表情をしながらその家族を見つめていた。
「清水さん?」
私がまた清水さんに声を掛けると、清水さんはハッとした顔をし、
「あ! すみません、ボーっとしちゃって。何の話でしたか?」
と慌てた様子で返事をした。
私は、子育てって大変そうだねとだけ言い話を終わらせ、一通りお店を見回りショッピングモールを後にした。
ショッピングモールの次は何でも安く揃えることができる、激安の帝王ことドン・ガバチョへ向かった。
「そういえば清水さんの地元にもドンガバってあるの?」
「そうですね。車が無いとちょっと遠いのであまりいった事は無いですけど」
「そっか、あそこメチャクチャ安いし商品も多いから何時間でも時間潰せるんだよな」
清水さんと他愛のない雑談をしながらドン・ガバチョへ向かう。
途中、清水さんがショッピングモールで見せた表情を思い出し、つまらないのかな?と不安になり、買い物を一通り終えた後は少しお洒落なカフェに行こうと決めた。
――午後1時30分
買い物を終え、清水さんと二人で昼食を取るためにカフェへとやってきた。
清水さんと向かい合わせに座り、食事を待つ。
「今日は本当に近場ばかりで清水さん、ちょっとつまらなかったでしょ?」
「いえ、欲しい物も買えましたし、ある程度どこに何があるか分かったので助かりましたよ」
「なら良かった。これからは何か必要な物があれば一人で買いに行けるな」
「はい、本当にありがとうございます」
私は何気ない会話をしながらも、清水さんに聞きたいことがあった。
ショッピングモールで見せたあの表情。
私の思い過ごしか、聞くべきか。
「清水さん、ちょっと聞きたいんだけどいいかな?」
「はい?なんですか?」
清水さんはきょとんとした顔で頷く。
「さっきショッピングモールにいた時さ、ちょっと悲しそうな顔をしてた時があったんだけど、何か嫌な事でもあった?」
私がそう聞くと、清水さんは少し驚いた顔をしながら、
「私、そんな顔してました? 多分、こっちに来てからバタバタしてたんで少し疲れが出ちゃっただけですよ」
と答えた。
本当にそうだろうか? 疲れているとは違う様子だったが、しつこく聞くのも悪いだろう。
「まぁ、何か悩みとかあるならすぐに相談してよ。店長としてちゃんと話は聞くからさ」
「店長として、ですか?」
「うん?そりゃあ俺は店長なんだから、店長として部下の悩みは聞いてあげるだろう」
「……そうですよね。頼りにしてます」
「それともう一つ、清水さん……」
私が次の質問をしようとした時、注文した料理がテーブルに運ばれてきた。
私がハンバーグ、清水さんがオムライス。
私は店員さんにお礼を言うと、清水さんは不思議そうな顔をしながら、
「店長、さっき何か言いかけてましたけど、どうしました?」
と、私が言いかけた話の続きを聞いてきた。
――清水さんは好きな人はいないの?
そう聞きたかったが、私はその言葉を飲み込み、何でもない。温かいうちに食べようと言って、食事を済ませた。
――午後3時
食事を済ませた後、清水さんの案内を続けていたが携帯電話が鳴った。
「もしもし、田山さん? どうしました?」
「店長、休みなのに悪いね。今大丈夫?」
「はい、大丈夫ですよ。どうしました?」
「今日さ、高橋さんが体調崩しちゃって急遽休みになったんだよ。シフトに穴が空いちゃって誰か代わりに来れる子いるかな?」
「そうなんですか? 高橋さん大丈夫かなぁ。今からだとシフト変更も難しいと思うので、私が準備して行きますよ」
「せっかくの休みなのに大丈夫? ちょっと遅れても良いからバイトの子で良いんだよ?」
「いえ、今日は元々出勤できない子達が多いので私が行きますよ」
「加藤君は真面目だねぇ……」
「17時までには向かいますので、それまですみませんが宜しくお願いします」
私は少しため息をついて電話を切った。
その様子を見ていた清水さんが口を開く。
「……店長、もし良かったら私が代わりに出ましょうか?」
「いや、清水さんは今日休みなんだから大丈夫だよ。」
「でも、店長も休みじゃないですか。私はこれから特に用事もないですし……」
「ダメだって。休みはちゃんと休まなきゃ。俺は店長だから店長として責任を取るだけだよ」
「でも……」
「まぁ、清水さんの案内はここまでになっちゃって申し訳ないけど、ある程度分かったから大丈夫だろ?」
「はい。本当にありがとうございます」
私は途中で案内が終わってしまった事に申し訳ない気持ちとちょっと残念な気持ちがあったが、これからどこに行けばいいのか悩んでいたこともあり、少し安心した。
それじゃあと清水さんに手を挙げた時、清水さんがつぶやいた。
「……また、一緒に買い物に行ってくれますか?」
「え?」
「いえ、なんでもないです。仕事、頑張ってください」
私は清水さんがまた買い物に行きたいと言ってくれたのを聞こえていたが、思わず聞き返してしまった。
「あ、そうだ。まだ教えてない所があったからさ、また今度案内させてよ」
私は考えるよりも先に次の約束をしてしまった。
「良いんですか?」
「もちろん」
清水さんは少し嬉しそうな顔をし微笑むと、また頑張ってくださいと言って手を振った。
今日の清水さんとの出来事を思い出しながらアパートへ戻る。
気持ちを切り替えて、出勤の準備をしなければ。
着替えを済ませ、お店へと向かう。
お店へと向かう途中、清水さんと次の約束をしてしまったと少し嬉しい気持ちになった。
内側から溢れ出るこの気持ち。
知らないフリをしていたが私は知っている。
私は、きっと、恋をしている……
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