居酒屋・酒小町で働き始めてから一ヶ月が経過した。
店長やお店のスタッフは皆、私に優しく接してくれる。
でも、慣れない仕事という事もあり、お客様のオーダーを取り間違ったり提供ミスを何回もしてしまった。
店長は、同じミスをしないように少しずつ頑張ろうと言ってくれたけど、スタッフの高橋さんからは厳しく注意を受けた。
高橋さんは私と同じ女性のフリーター。
アルバイトを掛け持ちし、昼はアパレルショップで働いているらしい。
私が店長と話をしていると私を見ていることが多いけれど、私が失敗ばかりしているから怒っているのだろうか?
でも、失敗している私が悪いのだから私は怒られて当然だ。
私は今日も出勤のために化粧をし髪型を整え、家を出る。
始めて出勤をした夜から、母から何回か連絡が来ていたが私は一回も返事をしていない。
私は、私生活も職場でも失敗ばかりしているダメな女だ。
――時刻は17時。
店内で山口さん達と開店の準備をしていると、店長が高橋さんとともに紙袋を持って店内に戻ってきた。
どうやら、高橋さんが早く出勤し一緒に近くのコーヒーショップに買い物に行ったようだ。
私は店長からワッフルを貰うと、高橋さんに言われた通りお礼と今までのミスの謝罪をする。
店長は気にしなくていいと言ってくれたが、高橋さんは何か言いたそうにしていた。
お客さんが入ってくる前にワッフルを食べ終え、予約のお客さんを待つ。
予約のお客さんが宴会を始め、飛び込みのお客さんも入り始めた頃、私は料理を盛り付けるお皿を準備しようとお皿に手をかけた時、手を滑らせてお皿を割ってしまった。
「すみません! すぐに片づけます」
私は慌てて箒を取りに行こうとすると、店長が駆け寄り、
「清水さん、大丈夫? ケガはしてない?」
と聞いてくれた。
店長は優しい人なんだろう。
私を叱るでも、すぐに片付けるでもない。
一番に私の心配をしてくれた。
「ケガは大丈夫です。すみません、すぐに片づけます」
「いや、大丈夫。片付けで怪我でもしたら大変だからね。よし、山口君! 箒持って来て。」
「え!? 俺ですか?」
「ほら、清水さんが困ってるだろ? 早く早く!」
「もう、格好つけるなら店長がやってくださいよ……」
店長は山口さんに指示を出し、割れたお皿の片づけを済ませた。
私は山口さんにもお礼を言い、仕事の邪魔にならないように洗い物を始めた。
すると、厨房に戻ってきた高橋さんが私に近付き、
「清水さんさ、お皿だってタダじゃないんだから気をつけてよね?」
と、厳しい口調で言った。
私は高橋さんが少し怖く、すみませんと謝罪をすると、店長がフォローをしてくれた。
店長のフォローを受け、高橋さんは不満げな表情をしながらホールへと戻ったが、もしかしたら高橋さんは店長の事を好きなのかもしれない。
確証はないが、店長に対する時だけ表情が明らかに違うし、私と話していると不機嫌になる。
高橋さんがホールに出ていくと、山口さんが店長を捕まえ何か小声で話をしている。
店長は何か驚いていたが、山口さんは呆れた表情をしている。
やっぱり、そういう事なのかもしれない。
営業時間が終わり、更衣室で着替えていると高橋さんも着替えに入ってきた。
お疲れ様ですと声を掛けたけど、小さい声で頷くだけで会話は無い。
ロッカーを開ける音と、着替えの音だけが更衣室に響き、若干の気まずさを覚えた。
私は今までの失敗をまた謝った方が良いかと思い、高橋さんの方を向くと、高橋さんは、店長の事どう思う? と唐突に聞いてきた。
私はドキッとした。
それは店長の事を聞かれたからではない。
私が高橋さんに対して感じていたことを高橋さんが聞いてきたからだ。
「え? 私は別に、ただ頼りになる店長だなぁって思ってますけど」
「本当? ちょっと可愛いからってワザとミスしてドジっ子アピールしてるんじゃないの?」
「いえ、そんなはずないじゃないですか。ミスしたのは本当にすみませんでした」
「まぁ、別にそういう訳じゃないならいいけど」
私は結局、高橋さんに聞きたかったことを聞けるわけもなく、着替えを終えて二人で更衣室を出た。
更衣室を出ると、高橋さんは勤怠の打刻をするパソコンの前にいる店長に近付き、この後ご飯食べに行きましょうよと食事に誘った。
やっぱりそうなんだと思いながら、私は何も言わず高橋さんの後ろにいると、店長は私の歓迎会をしようと提案をした。
高橋さんはつまらなそうに返事をしていたが、出来れば二人で食事に行きたかったのだろう。
でも、私は悪くない。はずだ……
お店を出ると、高橋さんと別れ店長と帰路に就く。
歩きながら今日の出来事を謝罪するが、店長はやはり気にも留めていないようだった。
私の失敗を笑って流し励ましてくれる。
店長なら、私の過去の過ちを聞いても笑って許してくれるのだろうか?
一瞬、そんな思いが頭をよぎった。
店長は多分、頭は良いけど鈍感な人なんだろう。
高橋さんの好意にも気付いていない。
私は自分に気持ちが芽生えないように、高橋さんの気持ちを遠回しに店長に伝えてみる。
店長は聞こえなかったのか聞き返してきたけど、やっぱりやめよう。
私は店長にお疲れさまでしたと伝えると、自分のアパートへと帰った。
なぜだろう。出会ってまだ一ヶ月しか経っていないのに、店長の優しさに触れるたびに胸が痛みだす。
それは、私が失敗をしても許してくれるから?
それは、店長に助けて欲しいから?
私は軽く食事を済ませながら、店長の事を考えていた。
ダメだ。
私は最低な女なんだ。
きっと、私の過去を知ったら、店長だって私を軽蔑するはずだ。
私は私の中に芽生えつつある気持ちを押し殺すようにお茶を飲むと、服を脱ぎシャワーを浴びた。
私の中に芽生える気持ち。
一つは許されない気持ち。
もう一つは決して許されてはいけない気持ち……
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