9匹とぼくは、丸いテーブルを囲んで座った。
「じゃあ今日は、マサシ兄ちゃんのお話ー!」
チップくんが手を挙げて言うと、みんなは拍手をする。
「わあ、聞きたい! ニンゲンさんでしょ? ニンゲンさんの話聞いてみたい!」
「聞きたーい!」
ねずみたちは、人間のことを知っていたのだろうか。もしかすると、過去にこうして人間と一緒に話をしたことがあるのかもしれない。初めてぼくを見た時も、みんな全く動じなかったから。
チップくんは、ぼくと出会った時の話を始めた。
「んっと、今日野原へ行ったらね、マサシ兄ちゃんがお昼寝してたんだ。……ね、マサシ兄ちゃん!」
「うーん、お昼寝というか、気づいたらあそこにいたんだよね……」
ねずみたちみんなはぼくの方を見ながら、興味深そうに話を聞いている。少し間を置いて、おとうさんが口を開いた。
「チップとナッちゃんは、マサシくんとすぐにお友達になったのかい?」
「うん、鬼ごっこして遊んだんだよね」
「ね! 楽しかったー!」
目をこすりながら話を聞いていた末っ子のミライくんも、ぼくに質問してきた。
「ねえ、マサシお兄ちゃんってどこからきたの?」
……これ、どう答えよう。ぼくはしどろもどろになりながら、とりあえず答えた。
「え、えっと……、だからその、気がついたら、あの野原で寝てたんだ……。自分の家の自分の部屋で、寝ていたはずなのに……」
そう言うと案の定、みんな目を丸くした。
「ええー、そんなことってあるー?」
「不思議だねー! ねえ、一体どのくらい寝てたのー?」
「マサシくんのおうちはどこなの? お話終わったら、おうち帰るの?」
ねずみの子供たちは、口々に質問してくる。ぼくはついていけるだろうか。
「うん、帰るつもりだけど……。ここは見たことない森の中だし……。どうやってここに来たかも、全然わからないんだ。だから、帰ろうにも帰れなくて……」
「うーん、それは困ったねー」
そうだ。ぼくはちゃんと元の世界に帰ることはできるのだろうか。
もうずっと別世界で暮らしたいと、ねずみたちの世界に来る前には思っていたけど、二度と元の世界に帰れないっていうのは、やっぱり困る。友達にもまた会いたいし、自分の部屋には大事な宝物もあるし。急にぼくがいなくなって、心配する人もいるだろう。
「じゃあ、今夜うちにお泊まりして、明日ゆっくり帰り道を探しましょ」
考え込むぼくを見ていたねずみのおかあさんは、ニッコリ笑って提案してくれた。それを聞くと、今までこわばっていた体の力がフッと抜けた。
ぼくは、その言葉に甘えることにした。
「じゃあ、そうさせていただきます。……ほんとに、ありがとう」
「いいのいいの。子供たちも喜んでるからね」
そんなわけで、ぼくはチップくんたちねずみ一家に、一晩お世話になることになった。
嫌な現実から逃げて、優しい世界へ行きたいという願いが、叶ったんだ。今夜はもう嫌なことを何もかも忘れて、ゆっくりと心と体を休めるとしよう。
♢
「じゃあマサシ兄ちゃん、ぼくのベッド来てよ。いっぱいお話聞かせて」
「えー。あたしのとこ来てよ、マサシ兄ちゃん」
チップくんとナッちゃんが、ぼくを巡って争い始める。
「やだよー。今日はマサシ兄ちゃんにいっぱいお話聞かせてもらうんだから!」
「あたしだってお話したいもん」
——どうしよう。きょうだいげんかを止めなくちゃ。ようし。
ぼくはナッちゃんの肩をとんとんと叩き、言ってみた。
「じゃあナッちゃん、また明日ゆっくりお話しよう」
ナッちゃんは、ぼくの服の袖をつかみながら上目遣いで返事をする。
「わかったよー、きっとだよ?」
「うん。やくそくだよ」
「うん! じゃあゆびきりげんまん!」
「ゆびきりげんまん! これでいい?」
「うん!」
ナッちゃんは機嫌を直してくれた。良かった。
やっぱりねずみたちとお話してたら、自然とほっぺがゆるんでくる。途端に、眠くなってきた。
ミライくんも、おかあさんに抱っこされながら、目を細くしている。
「ミライ、待っててね。チップたちが戻ってきたら、絵本読むからね」
「うん……」
おかあさんは棚から、何種類かの絵本を取り出した。ぼくも子供の頃は、寝る前に絵本を読んでもらいながら、知らない間に眠りに落ちてたっけ。
「じゃあ、ぼく薪をくべてくるね。マサシ兄ちゃん、先に寝る準備してて。ミライ、すぐ戻るから待っててね」
モモちゃんがお風呂に入りに行ったので、チップくんは薪をくべに裏口へと向かった。ミライくんを待たせちゃいけないから、ぼくもさっさと歯を磨いて、寝る支度をすることにした。
風呂場の隣にある洗面所に行くと、外はすっかり暗くなっていた。草叢からコオロギやキリギリスの音と、時折吹く風の音が聴こえてくるだけで、人工的な音は全く耳に入ってこない。
♢
「お待たせ、おかあさん。さ、マサシ兄ちゃんも一緒に絵本読んでもらおうよ」
「うん!」
はしごを上り、ぼくとチップくんとナッちゃんは2階にあるミライくんのベッドの周りに集まった。おかあさんはミライくんを抱っこしながら絵本を開く。
「むかしむかし、あるところに、ちいさな子ねずみがいました。なまえは、ピースといいます。きょうはとてもてんきがよかったので、ピースはもりのなかへたんけんにいくことにしました……」
1匹のねずみの子が、森の探検の中でいろんな動物と出会い、お友達になっていくお話だ。——そう、ぼくも小さい頃はこんな感じで絵本を読んでもらっていたっけ。
今いる場所は、その絵本の世界なんだ。
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