優しい異世界に行った話

〜ねずみたちとの、まったりスローライフ〜
戸田 猫丸
戸田 猫丸

第2話

公開日時: 2021年8月12日(木) 17:10
更新日時: 2021年8月31日(火) 10:11
文字数:2,212

 

 9匹とぼくは、丸いテーブルを囲んで座った。



「じゃあ今日は、マサシ兄ちゃんのお話ー!」



 チップくんが手を挙げて言うと、みんなは拍手をする。



「わあ、聞きたい! さんでしょ? さんの話聞いてみたい!」


「聞きたーい!」



 ねずみたちは、人間のことを知っていたのだろうか。もしかすると、過去にこうして人間と一緒に話をしたことがあるのかもしれない。初めてぼくを見た時も、みんな全く動じなかったから。


 チップくんは、ぼくと出会った時の話を始めた。



「んっと、今日野原へ行ったらね、マサシ兄ちゃんがお昼寝してたんだ。……ね、マサシ兄ちゃん!」


「うーん、お昼寝というか、気づいたらあそこにいたんだよね……」



 ねずみたちみんなはぼくの方を見ながら、興味深そうに話を聞いている。少し間を置いて、おとうさんが口を開いた。



「チップとナッちゃんは、マサシくんとすぐにお友達になったのかい?」


「うん、鬼ごっこして遊んだんだよね」


「ね! 楽しかったー!」



 目をこすりながら話を聞いていた末っ子のミライくんも、ぼくに質問してきた。



「ねえ、マサシお兄ちゃんってどこからきたの?」



 ……これ、どう答えよう。ぼくはしどろもどろになりながら、とりあえず答えた。



「え、えっと……、だからその、気がついたら、あの野原で寝てたんだ……。自分の家の自分の部屋で、寝ていたはずなのに……」



 そう言うと案の定、みんな目を丸くした。



「ええー、そんなことってあるー?」


「不思議だねー! ねえ、一体どのくらい寝てたのー?」


「マサシくんのおうちはどこなの? お話終わったら、おうち帰るの?」



 ねずみの子供たちは、口々に質問してくる。ぼくはついていけるだろうか。



「うん、帰るつもりだけど……。ここは見たことない森の中だし……。どうやってここに来たかも、全然わからないんだ。だから、帰ろうにも帰れなくて……」


「うーん、それは困ったねー」



 そうだ。ぼくはちゃんと元の世界に帰ることはできるのだろうか。

 もうずっと別世界で暮らしたいと、ねずみたちの世界に来る前には思っていたけど、二度と元の世界に帰れないっていうのは、やっぱり困る。友達にもまた会いたいし、自分の部屋には大事な宝物もあるし。急にぼくがいなくなって、心配する人もいるだろう。



「じゃあ、今夜うちにお泊まりして、明日ゆっくり帰り道を探しましょ」



 考え込むぼくを見ていたねずみのおかあさんは、ニッコリ笑って提案してくれた。それを聞くと、今までこわばっていた体の力がフッと抜けた。

 ぼくは、その言葉に甘えることにした。



「じゃあ、そうさせていただきます。……ほんとに、ありがとう」


「いいのいいの。子供たちも喜んでるからね」



 そんなわけで、ぼくはチップくんたちねずみ一家に、一晩お世話になることになった。


 嫌な現実から逃げて、優しい世界へ行きたいという願いが、叶ったんだ。今夜はもう嫌なことを何もかも忘れて、ゆっくりと心と体を休めるとしよう。



 ♢



「じゃあマサシ兄ちゃん、ぼくのベッド来てよ。いっぱいお話聞かせて」


「えー。あたしのとこ来てよ、マサシ兄ちゃん」



 チップくんとナッちゃんが、ぼくを巡って争い始める。



「やだよー。今日はマサシ兄ちゃんにいっぱいお話聞かせてもらうんだから!」


「あたしだってお話したいもん」



 ——どうしよう。きょうだいげんかを止めなくちゃ。ようし。

 ぼくはナッちゃんの肩をとんとんと叩き、言ってみた。



「じゃあナッちゃん、また明日ゆっくりお話しよう」



 ナッちゃんは、ぼくの服の袖をつかみながら上目遣いで返事をする。



「わかったよー、きっとだよ?」


「うん。やくそくだよ」


「うん! じゃあゆびきりげんまん!」


「ゆびきりげんまん! これでいい?」


「うん!」



 ナッちゃんは機嫌を直してくれた。良かった。


 やっぱりねずみたちとお話してたら、自然とほっぺがゆるんでくる。途端に、眠くなってきた。

 ミライくんも、おかあさんに抱っこされながら、目を細くしている。



「ミライ、待っててね。チップたちが戻ってきたら、絵本読むからね」


「うん……」



 おかあさんは棚から、何種類かの絵本を取り出した。ぼくも子供の頃は、寝る前に絵本を読んでもらいながら、知らない間に眠りに落ちてたっけ。



「じゃあ、ぼく薪をくべてくるね。マサシ兄ちゃん、先に寝る準備してて。ミライ、すぐ戻るから待っててね」



 モモちゃんがお風呂に入りに行ったので、チップくんは薪をくべに裏口へと向かった。ミライくんを待たせちゃいけないから、ぼくもさっさと歯を磨いて、寝る支度をすることにした。


 風呂場の隣にある洗面所に行くと、外はすっかり暗くなっていた。草叢くさむらからコオロギやキリギリスのと、時折吹く風のが聴こえてくるだけで、人工的な音は全く耳に入ってこない。



 ♢



「お待たせ、おかあさん。さ、マサシ兄ちゃんも一緒に絵本読んでもらおうよ」


「うん!」



 はしごを上り、ぼくとチップくんとナッちゃんは2階にあるミライくんのベッドの周りに集まった。おかあさんはミライくんを抱っこしながら絵本を開く。



「むかしむかし、あるところに、ちいさな子ねずみがいました。なまえは、ピースといいます。きょうはとてもてんきがよかったので、ピースはもりのなかへたんけんにいくことにしました……」



 1匹のねずみの子が、森の探検の中でいろんな動物と出会い、お友達になっていくお話だ。——そう、ぼくも小さい頃はこんな感じで絵本を読んでもらっていたっけ。


 今いる場所は、その絵本の世界なんだ。

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