「はあ、はあ。チップくん、つかまえたー!」
「あちゃー、つかまっちゃった」
ぼくは何とか、すばしっこく逃げ回るチップくんを洞窟の壁際にまで追い詰め、捕まえることができた。慣れないことをしたもんだから、すぐに息切れしてしまう。
「ふふ、どんなもんだ! はあ、はあ……」
「まいった! マサシ兄ちゃん、足はやいね。そうだ、もうすぐおやつの時間だけど、マサシ兄ちゃんお腹すいた?」
「え、うん……。ちょっとすいてきたかも……」
きっとここは、夢の中なんだ。寝る前に子供の頃のような気持ちに戻りたいと願っていたんだから、それが夢に出てきたに違いない。
ぼくは、チップくんの顔をよく見てみた。
「ん? どうしたの? やっぱり僕の顔に何かついてる?」
「……いや、何でもないよ。おやつ、楽しみだなあ」
群青色のキャップの似合うねずみの男の子——チップくん。その姿はまさに、寝る前に目に入った絵本の表紙に描かれていたねずみの子供そのものだった。
そうか! きっとチップくんは、現実世界に苦しむぼくを助けるため、夢に出てきてくれたんだ。
「マサシくん? 早く次の鬼決めるよ?」
「あ、ごめんごめん! ボーッとしちゃってたね」
ぼくはほっぺを軽くつねってみた。
「いてて……!」
ジンジンと右ほっぺが痛む。もしやこれは——夢なんかじゃなく、ぼくは本当に絵本の世界に来ちゃったのかも……?
「あ、お姉ちゃんが来た。鬼ごっこはここまでにして、おやつの時間だー!」
今度は桃色のエプロンをつけたねずみの女の子が、洞穴の入り口にやってきた。
ぼくはチップくんに尋ねてみる。
「あの子も、チップくんの家族なの? お姉ちゃんって言ってたけど」
「そうだよ! やさしくて、いつもおいしいお菓子作ってくれるんだ!」
ねずみのお姉ちゃんは、何かがたくさん入った大きなカゴを抱えている。クッキーだろうか。はちみつのような匂いがほんのり漂ってくる。
「みんなー、おやつよー!」
ねずみのお姉ちゃんがそう言うと、ねずみの子供たちは嬉しそうにお姉ちゃんの方へ駆け寄って行く。
「わーい! おやつだおやつだー!」
「今日はクッキーなんだね! やったあ!」
ぼくはチップくん、ナッちゃんと一緒にねずみの子供たちの後を追い、お姉ちゃんのところへ走った。焼き立てのクッキーから立ち込めるはちみつの匂いが、ふんわりとぼくらを包み込む。
「あれ? チップくんの新しいお友達? 見かけない姿だけど」
ぼくに気がついたねずみのお姉ちゃんが、チップくんに尋ねる。すぐにチップくんが、ぼくを紹介してくれた。
「マサシ兄ちゃんだよ! さっきお友達になったばかりなんだ!」
「あら、はじめまして」
ねずみのお姉ちゃんはぼくに向かい、小さくお辞儀をした。ぼくも思わずお辞儀をする。
「は、はじめまして。マサシです」
「マサシくんね。姉のモモです。よろしくね。よかったらクッキー、食べてね」
「あ、ありがとう。……じゃあ、いただきます」
モモちゃんにハンカチを借りて手を拭き、きつね色に焼けた丸いクッキーを1つ手に取り、かじってみた。クッキーの中からとろりと何かがにじみ出て、口の中を満たす。やはり、はちみつだった。
「う、うまっ……‼︎」
思わず言ってしまった。それを聞いたねずみの子供たちは可笑しかったらしく、あははと声を上げて大笑いをする。ぼくは少し顔が熱くなった。
「ふふ、マサシ兄ちゃんったら。ぼくも早くたべたーい!」
「ぼくも!」
「あたしもー!」
「ほら、じゅんばん、じゅんばん」
チップくんの言葉に従って、ねずみの子供たち一列になる。みんないい子だ。
「ふふ、美味しいでしょ、マサシくん」
モモちゃんはニコッと笑って、そう言った。
「うん……! すっごく美味しい。なんていうか……自然そのままの味がするね。体にとても良さそうというか……」
「喜んでもらえて嬉しいわ。おうちがすぐそこなの。また遊びに来てね」
チップくんたちの家は、今いる場所から近いのか。一体どんなお家なんだろう。
「ねえ、おいでよ。遊んだり話したりしよ!」
「マサシお兄ちゃん! うちに遊びにきて!」
チップくん、ナッちゃんも嬉しそうにそう言ってくれたので、ぼくはお言葉に甘えることにした。
「じゃあ、お邪魔しようかな」
「わあい、やったあー!」
「ふふ、じゃあ案内するわ。こっちよ」
——そんなわけでぼくは、チップくんたちの家に案内してもらうことになった。
みんな優しいねずみたちだったらいいなあ……。ちゃんと自己紹介できるかなあ……。少し緊張しながら、ぼくはチップくんたちについていく。
「おやつ食べたら鬼ごっこする子、このゆびとーまれ!」
「ねえ、先にチップたちを見送らなきゃ」
「あっ、そうか!」
ねずみの子供たちは、まだまだ元気いっぱいのようだ。
「チップ、ナッちゃん、モモお姉ちゃん、そしてマサシお兄ちゃん! また遊ぼうねー!」
「うん! また明日ねー!」
ねずみの子供たちはみんな笑顔で手を振ってくれた。ぼくも少し笑って手を振り返した。
♢
〝ヒミツキチ〟と呼ばれている洞穴から出ると、土の匂いが混じった風がぼくの頬をなでた。日は少し西に傾いている。歩いていると、いくつもの木々が立っている中、ひときわ大きなコナラの木が姿を現した。よく見ると木の幹に、2つの扉と小さな窓がある。
「ここが、私たちのお家よ」
「たーだいまぁー!」
目の前にそびえ立つ、巨大なコナラの木。木の幹の中をくり抜いて、ねずみたちが暮らしているようだ。
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