優しい異世界に行った話

〜ねずみたちとの、まったりスローライフ〜
戸田 猫丸
戸田 猫丸

第2話

公開日時: 2021年10月19日(火) 15:04
文字数:3,000

 

「やっと帰ってきたー! ただいまー!」


「おかえり、おつかれさま。ごはんできてるから、ゆっくりしてみんなで食べましょ」



 玄関の扉を開けたら、エプロン姿のおかあさんが迎えてくれた。テーブルの上で、美味しそうなクリームシチューが湯気を立てている。チップくんがこっちに気づき、手を振っていた。ぼくは笑顔で手を振り返す。



「おかあさん、これ。お豆のからあげだよ。八百屋さんにもらったんだ」


「あらあらおいしそう。すぐに作るわね」



 お豆のからあげをおかあさんに渡したトムは、素早い動きで手を洗いに行き、素早い動きで席に着いた。おなかぺこぺこなのが、顔を見たら分かってしまう。食いしん坊トムに全部食べられてしまわないうちに、ぼくが食べるぶんも確保しなくては。

 それにしても、こんなに気持ちよく働いたのは初めてだ。ぼくは充実感に満たされていた。



「マサシくんありがとう。ピッカピカの特大〝エイコン〟をどうぞ」



 おとうさんが、招き猫が抱えている小判のような形の、巨大な金ピカの〝エイコン〟をぼくに渡してくれた。



「え、でっかい! そして重たい! こんなでっかいのもあるんだ」


「あはは、ずいぶん助かったからね。さあさ、ごはんにしよう」



 ♢



 シチューの美味しそうな匂いが、部屋中を満たす。



「いただきまあーす」



 案の定、トムはテーブルの上のおかずを次々にさらっていく。ぼくも負けずに食べてたら、あっという間に無くなってしまった。働いた後は、お腹が空くもんだ。



「マサシ兄ちゃん、Chutopiaチュートピア2120にいいちにいぜろ、凄かったでしょ」



 口の周りにシチューをつけたまま、チップくんが話しかける。



「うんうん、すごく素敵なところだったよ。ほんと、びっくりしたなあ。都会なのに空気が綺麗だったし、道行くねずみたちみんな楽しそうにしてたし。ほんとの理想郷ユートピアみたいだったよ」


「もしまたこっちに来る時は、マサシ兄ちゃんのお友達も呼んで、みんなでまたChutopia2120へ行こう。きっと楽しいよ」


「うん、ぜひぜひ! それにしてもお豆のからあげ、おいしいなあ」



 この世界でのねずみたちとの生活、本当に楽しいし、安心するし、充実してる。だけど、それはいつまで続くのだろうか——。唐突に、不安が頭をよぎった。

 出来るなら、ずっとここにいたい。だがそういう訳にもいかない。本当にそろそろ、帰る手がかりを見つけなきゃ。



「マサシくんのお布団、干しておいたからね。お風呂に入ったら、あとはゆっくりおやすみ」


「……うん、ありがとう、おとうさん」


「ん? うつむいちゃって、どうかしたかい?」


「あ、うんん、何でもないよ。ごちそうさま」



 ……いや、このまま本当にこのねずみたちの世界で暮らし続けるのも、悪くないな。どうせ帰ったところで、ロクな世界じゃないんだ。なら、今までの思い出も家族も友達も全部忘れ去って、ねずみの絵本の世界で新たな人生をスタートする方がいい。

 これからは楽しみと喜びと安心に満ちた、絵本の中の平和な世界で、一生のんびり過ごすのもいいだろう。



「マサシおにいちゃん、きょうはいいゆめみれるといいね」


「あはは、ミライくんもね。今日は1人で寝られる?」


「うん!」


「偉いね。おやすみ」



 たくさん歩いたからか、ぼくはベッドに入るとすぐに眠気に飲み込まれ、深い眠りに落ちた。



 ♢



「おはよー! さ、顔洗いに行こう!」


「その後はまた、おじさんのところへ果物もらいに行くんだよね!」



 ねずみたちと生活して6日目の朝。窓から射し込む朝日を浴びて気持ちよく目が覚め、チップくんたちと顔を洗いに行く。


 ここでの生活リズムにも、慣れてきた。早寝早起き、栄養たっぷりのおいしいごはん、お昼は目一杯遊び、働く。

 以前のぼくは、夜遅くまでダラダラ過ごし、大学の講義のない日はお昼前に起き、食事も即席ラーメンだけで済ませたりしてた。その時に比べれば、身体も心もずっと元気になっていることを実感する。絶対、こっちでの生活の方がぼくに合っている。帰るのはやめて、いっそもうここでこの先ずっと暮らそうかと、ぼくは考え始めていた。


 いつものようにみんなと朝ごはんを食べた後は、チップくんたちと川の方へ遊びに出かける。



「あれ? こんなところにこんな物あったっけ?」



 川沿いに大きなドラム缶や、ビンなどがたくさん置いてある。鉄板や鍋のフタもある。誰かが捨てたのだろうか。



「ねえ、これで遊ぼうよ!」


「え?」



 チップくんは木の枝で、大きなドラム缶を叩いた。



 どぉん!



 森の中に、低い音が響き渡る。ぼくは負けずに木の枝で、そばにあった平べったい缶を叩いてみた。



 パァン!



 甲高い音がこだまする。チップくんは再びドラム缶を叩く。



 どぉん!



 ぼくもそれに呼応するように、平べったい缶を叩く。



 パァン!



 どぉん、パァン……



 それを見ていたナッちゃんも、真似して近くの鉄板を適当に叩き始めた。



 どんチキパンチキどんチキパンチキ……



 リズミカルに、音が混じっていく。



 どん、チキ、パン、チキ……



 どんどんリズムが出来上がっていく。キャッチボールのように、音と音が会話しているようだ。ぼくらは夢中になって、ガラクタを叩いて遊んだ。



「なにこれ! おもしろーい!」


「わーい! 音楽だ音楽だ!」



 まるで、ドラムのビートのようなリズムが出来上がった。ぼくらはガラクタを叩きながらリズミカルに身体を動かし、踊った。



「ねえ何してるの? 楽しそう、僕たちもよせてー!」



 しばらく叩いて踊っていると、ねずみの子供たちがたくさんやってきた。そして辺りに散らばっているドラム缶やバケツなどを、みんな真似してリズミカルに叩き始める。



 ドンドンチャカチャカドンタンドンタン……



 とても愉快なリズムが、森の中に響く。そのリズムに乗って、小鳥が歌声を乗せる。ぼくは叩くことに夢中だったけど、なんだか不思議な感覚だった。まるで音の海で泳いでいるような感じだ。

 チップくんたちはリズムに乗りながら、その場で作った歌を歌い始めた。



「♪ぼくらはねずみの探検隊~♪」


「かえるもバッタも友達さ~♪」


「みんなで行こうよ、さあ行こう~♪」


「ヤッホッホー♪ヤッホッホー♪ヤッホッホー♪」



 ネズミの子供たちも、便乗して歌い始める。ぼくも一緒に歌ってみた。——体の底から湧き上がる、この不思議な感じは一体何だろう。

 大きなビンや小さなビンを並べて叩いてみると、甲高い色んな音が鳴る。歌に合わせながら叩くと、とても綺麗に響く。気がつけば、みんなで踊って、叩いて、歌っていた。



 ♪ぼくらはねずみの探検隊♪

 かえるもバッタも友達さ♪

 みんなで行こう♪さあ行こう♪

 ヤッホッホー♪ヤッホッホー♪ヤッホッホー♪


 森の小道を抜けて

 野原へ飛び出せ♪ラッタッタッタ♪

 いったいどんな冒険が

 待っているのだろう♪


 さあ行こう♪

 みんなでどこまで行こう?

 疲れを知らないぼくらは

 どこまでも行けるんだ♪


 さあ行こう♪

 みんなで進んで行こう♪

 青空広がるこの道を

 どこまでも 行こう♪

 どこまでも 行こう♪



 ♢



「あらあら、楽しそうね。もうお昼ごはんできてるわよ」


「あ! おかあさんだ。もうお昼ごはんかあ、早いなあ」



 夢中で叩いてたら、お昼を過ぎていた。あまりに帰りが遅いから、おかあさんが迎えに来たみたいだ。ぼくらは〝楽器〟を元の場所に戻し、それぞれ解散する。



「またやろうね! ばいばーい!」


「うんー! じゃあねー!」



 昨日の楽団のねずみさんたちも一緒に演奏したら、きっとすごく楽しいだろうな。

 ぼくらは、再びガラクタと化した〝楽器〟たちを後にした。

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