——小鳥のさえずり、朝の陽射し。木の匂い、台所の音。
目が覚めたぼくは、思い切り伸びをして、周りを見渡してみた。……良かった。ここは、9匹のねずみたちの家だ。
隣ではチップくんが、まだぐっすり眠っている。
「おはよう、マサシくん」
着替えているトーマスくんが、挨拶してくれた。
「ん、おはよう……トーマスくん」
「トムでいいよ。さ、顔洗いに一緒に行こう。チップもすぐ起きると思うし」
「うん……、あ、チップくん起きた」
思い切り伸びをして、目を覚ますチップくん。
「んーっ! おはよう、マサシ兄ちゃん!」
「おはよう、チップくん」
チップくんはすぐに着替えを済ませ、慌ただしくはしごを飛び降りて行った。タオルを持ったトーマスくんも続いて、はしごを下りる。
2階を見下ろすと、ナッちゃん、ミライくんも目を覚まし、洋服に着替えていた。ぼくも、昨日おばあちゃんが用意してくれたタオルを手に取って、はしごを下り、チップくんとトーマスくんについて行った。
久しぶりに、ぐっすり眠れたようだ。
「あ、モモ姉ちゃんを起こさなきゃ……。モモ姉ちゃん、朝だよー!」
チップくんがモモちゃんの体をゆすって起こしている。モモちゃんはまだ、夢の中だった。
♢
玄関の扉を開け外に出ると、ひんやりとした森の朝の空気が、ぼくを迎えてくれた。朝日を浴び、そよ風に吹かれながら、深呼吸する。森の空気に混じって、焚き火の煙の匂いが流れてきた。
「やあおはよう、マサシくん」
煙の方から、おじいさんの声がした。早起きして、朝ごはんの支度をしていたみたいだ。
「おはようございます、おじいさん」
「やあ、いい朝だねえ」
木や草の匂いに包まれた朝の森に、小鳥の声が響き渡る。見上げれば、空は青く澄み渡っていた。
広い庭の奥に、竹を切って作られた水道がある。近くの川から拾ってきたであろう水が、チャプチャプ音を立てながら石臼のような受け皿に流れ込んでいる。
チップくんとトーマスくんが水道の方へ駆けて行き、顔を洗い始める。ぼくは朝の空気を全身で感じながら、チップくんたちの所へと向かった。
「顔洗ってみなよ。ひんやりして気持ちいいよ!」
無色透明に澄んだ天然の水を両手ですくい、パシャリと顔にかけてみた。
「ひゃー、冷たあい!」
爽やかな気分で上を向けば、絵に描いたような青い青い空が目に映る。顔を拭いていると土の匂いが混じった風が吹いてきて、ぼくは思わず深呼吸をした。こんなに清々しい朝、いつぶりだろうか。
「農家のおじさんのとこへ、野イチゴもらいにいくよ! マサシ兄ちゃん、はやくはやく!」
朝の空気をゆっくり味わっていると、いつの間にかカゴを手に持ったチップくんがぼくを呼びに来た。チップくん、朝から元気いっぱいだ。ぼくはチップくんの隣で下を向き目を閉じている、ナッちゃんに話しかけた。
「うん! さあ、ナッちゃん、一緒に行こ?」
「うん……ふぁーあ……」
「あはは、大丈夫? 眠たそうだなあ」
家に戻り、おとうさんからかごを借りて、ぼくとナッちゃんも出発の準備は万端。ぐー、とお腹が鳴る。みんなとの朝ごはんまで、ひと仕事だ。
「さあ、行くよ!」
「行こー行こー! しゅっぱーつ!」
♢
朝の森の中、草花が生い茂る小道を歩いていく。緑の葉っぱの影に、朝露が光る。ねずみサイズで見る世界は、何とも言えず不思議だった。
「川の向こうのおじさんの家から、野イチゴを……ふあああー……、いっぱい、もらってくるんだ。」
「ナッちゃん、すごいあくびだなあ……。いつもみんなで取りに行くの?」
「えへへ……。うん。おいしいの!」
チップくん、ナッちゃんとおしゃべりしながら歩いていると、一本の丸木橋がかかった川に辿り着いた。ゆっくりゆっくり、丸木橋の真ん中を渡って行く。ギシギシときしむ丸木橋。横を見ると、ドドーッと音を立てて滝が水しぶきを上げている。先頭を歩いていたナッちゃんは橋の上で立ち止まり、川下の方に体を向けて何かを観察し始めた。
「ほらナッちゃん、早く行ってよ」
「ねえ見て、カエルさんだよ!」
「あ、ほんとだー!」
川の真ん中にある岩場に、巨大なアマガエルが佇んでいる。ぼくらの視線に気がつくと、すぐにピョーンと対岸の草むらに飛んで行ってしまった。
橋を渡ると、木の幹を囲むようにぐるりと道が続いている。木には、ぼくらの体よりも大きなカブトムシが2匹、くっついていた。
「うわあー、でっかい……」
「みんな朝ごはん食べてるんだね。さ、ぼくらも早く行こ! おなかすいたー!」
いくつものホタルブクロが見下ろす小道を歩いて行くと、高い木々がそびえ立つ場所に出た。これまたひときわ太い木の幹に、窓や扉があるのが見える。どうやら、着いたようだ。
「おじさーん! おはようー!」
「やあおはよう、チップくん。今日も元気そうだね」
麦わら帽子をかぶったねずみのおじさんが、山盛りの野イチゴを抱えて玄関の扉から出てきた。
「新しいお友達の、マサシ兄ちゃんだよ!」
チップくんがすぐにぼくを紹介すると、ねずみのおじさんは微笑んで挨拶してくれた。
「やあ、はじめまして、マサシくん。ニンゲンさんとは珍しい。おいしい木の実を食べたい時は、いつでもおいで。さ、これだけカゴに入れるね」
「どうもはじめまして。マサシです。野イチゴ、美味しそうですね」
——やはりここのねずみたちは、人間の姿を見ても、不思議がらないみたいだ。ぼく以外にも人間がこの世界に来たことがあるのかが、気になる。後でまた聞いてみよう。
「ありがとう! またねー!」
「はーい! いい一日を!」
♢
ぼくらはカゴいっぱいの野イチゴを持って、来た道を戻ってゆく。日も高くなり、紅葉混じりの緑の森の中はいっそう明るくなっていた。
「みんなは? 朝ごはん作ってるの?」
「うん。そろそろ出来た頃だよ」
木の幹にいたさっきの巨大なカブトムシたちは、いなくなっていた。チップくんもナッちゃんも早く朝ごはんを食べたいらしく、小走りになる。カゴにたくさん入った野イチゴが、ポロポロとこぼれ落ちる。ぼくはそれを拾いながら何とかついて行き、再びギシギシきしむ丸木橋を渡って緑の小道を戻って行った。
「おなかすいたあー!」
「マサシ兄ちゃん、走ろ!」
「あわわ、また野イチゴがこぼれ落ちちゃうよ」
小道を抜けると、ようやくチップくんたちの家が見えた。
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