——瞼の裏が明るくなる。小鳥のさえずりが耳に入る。
ぼくはスッキリした気持ちで、目を覚ました。
隣ではナッちゃんが、まだすやすやと小さな寝息を立てている。
ドサッという音がしたので見ると、すでに着替えを済ませたチップくんが、3階から2階へぴょーんと飛び降りてきたところだった。
「おはよう、マサシ兄ちゃん!」
「おはよう、チップくん」
「さ、顔洗いにいこう。ほら、ナッちゃんも起きて!」
「……んんー、もう朝ー?」
チップくんに叩き起こされ、ナッちゃんはようやく目を覚ます。隣のベッドのミライくんはおねしょをしたようで、おかあさんの手をわずらわせていた。モモちゃんは、まだ隣のベッドで、ぐっすり寝ている。今日も1番のお寝坊さんだ。
♢
森の朝の空気を全身で味わいながら、庭の水道で顔を洗う。透き通る水が、ひんやりと肌を潤した。
「さ、今日は山ぶどうをもらいに行くよ」
「山ぶどうかぁ。また、昨日野イチゴをくれたおじさんのところに行くの?」
「そうだよ!」
ぼくらは準備を済ませ、山ぶどうをもらいに木漏れ日の森へと出発した。よくよく見ると、色んな草花や昆虫が、ぼくらに朝の挨拶をしてる。毎朝、澄んだ空気を吸いながら森の中を歩くのは、健康にも良さそうだ。
「はい、山ぶどうだよ。ちょっと酸っぱいけど甘くて美味しいよ」
「ありがとう、おじさん! またねー!」
カゴいっぱいの山ぶどうをかついで、ぼくらは来た道を戻って行く。チップくんもナッちゃんもひょいひょいと、カゴをかつぎながら岩場を駆けていく。朝から元気なのは、いつもたくさん体を動かして、毎晩ぐっすり眠るからだろう。ぼくはまだ少し、体の動きに鈍さを感じる。
♢
「ただいまー!」
「おかえり。すぐにごはんにするわね」
くるみのパンに野菜のサラダ、果物のジュース、そしてねずみのおじさんがくれた山ぶどうが、今日の朝ごはんだ。
「手を合わせて。いただきまあーす」
「いただきまーす!」
焼きたてのくるみパンを一口かじる。昨日のどんぐりフランスパンとは違い、ふんわりとした食感と甘さが口の中に広がっていく。
「モモちゃん、くるみパン美味しいよ」
「よかった、マサシお兄ちゃんに気に入ってもらえて。ミライくんも一緒に作ったのよ」
「じゃあ今度は、ぼくに作り方教えてくれる?」
「ふふ、いいわよ。一緒に作りましょ」
ねずみたちの食料は、どのように調達しているのだろう。
確か絵本では、自分たちで林の中に採りに行く様子が描かれていた。でも、昨日の夕食のバリエーションを見れば、きっとその方法だけじゃない。例えば、市場やスーパーマーケットみたいな場所での食料品の売り買いが行われていたりはするのだろうか。また、ねずみたちの世界で〝お金〟にあたるものは何なのだろうか。
絵本には描かれていなかった、〝ねずみたちの社会〟がどんなものなのか、ぼくは少し興味がわいてきた。
「ごちそうさまー!」
「もうー! チップがパンいっぱい食べちゃったよぉ……」
「あらあら。ナッちゃん、じゃあ、おばあちゃんがあとで作ってあげようね」
またこの世界では、言われて傷つくような言葉を全く耳にしない。悪口を言い合ってケンカをしたり、親が子供を大声で叱りつけたりも決してしない。みんな、お互いを敬い、大切にしている。そんなねずみたちを、見習わなきゃなと思った。
「ごちそうさまでした!」
「じゃあ、みんなそれぞれ行ってらっしゃい。いい一日にしようね。」
♢
朝食の片付けが終わると、ぼくは庭のテーブルでお茶を飲みながらのんびり過ごしていた。風に揺られて木々のそよぐ音が、朝の森の中に響き渡る。昨日と変わらないその光景に、ホッとする。
「マサシ兄ちゃん、ヒミツキチ行くよ!」
「はやくー! 置いてっちゃうよ!」
「うんー! お茶飲んだら行くからー!」
チップくん、ナッちゃんは〝ヒミツキチ〟の方へ元気良く駆けて行った。
トーマスくんは庭の丸いテーブルの、ぼくがいる場所の向かい側で、本を開いてお勉強をする。モモちゃんはおばあさんと一緒に、お洗濯を始める。ミライくんは、おじいさん、おとうさんと一緒にお出かけするようだ。
「ふふ、みんな、元気ですね」
「子供たちはいつも元気よ、うふふ。マサシくんも、一緒にいっぱい遊んでね」
チップくんたち見送り一息つくおかあさんに、ぼくは話しかけた。おかあさんは、モモちゃんの作ったクッキーをおいしそうに食べながら話す。
「はい! あ、そういえば、食べ物って、買いに出かけたりもするんですか?」
「かいに……って何かしら?」
「え、お買い物とか、しないんですか?」
「オカイモノって……?」
ぼくは気になっていた食料調達のことについて聞いてみたが、意外な反応に少し戸惑った。何と、〝買う〟が通じないようだ。
じゃあ〝お金〟についてはどうだろう。
「えっと、ぼくらの世界では、〝お金〟というものを出して、品物と交換するんですよ。ねずみさんたちの世界では、〝お金〟って使われてないんですか?」
「オカネ……? ひょっとして、これのことかしら」
ぼくが尋ねると、おかあさんはキラリと光る金貨のようなものを見せてくれた。手のひらに乗るくらいの大きさで、真ん中にどんぐりのマークが描かれている。少しも汚れておらず金ピカで、手触りもツルツルだ。
「これがお金……ですか……?」
「これ、〝エイコン〟っていうの。きれいでしょ。感謝の証として、品物と引き換えに渡すものなのね」
〝エイコン〟。これがねずみの世界で、お金に当たるものらしい。
「そのエイコンと交換で、食べ物をもらってたりしてるんですね」
「うーん、交換というより、ありがとうの印として渡してる感じね。でもうちは、食べ物は自分たちで作ったり集めたりすることが多いわ。ふふ、昨日食べたきのこのシチューのお野菜も、うちで作ったのよ」
「なるほど、基本的に自給自足なんですね」
「ええ。しいたけ、くりのみ、ふき、倉庫にたくさんあるけど、あれは山でみんなと一緒に集めたのよね。お豆で作ったバターやミルクは、おじさんたちが届けてくれるわ」
そういえば台所の隣にある倉庫には、たくさんの木の実や芋、果実などがあった。
「家族みんなで、集めに行くんですか?」
「ええ、お天気のいい日に、朝からみんなでね。寒くなる前は、たくさん集めておくの。だからもうすぐまた、みんなで集めに行くわ。よかったらマサシくんも一緒に行きましょ」
「うん! お手伝いさせてもらいます。……いいなあ。今は秋だから、シイタケや栗の実なんですね」
「そうね。季節によっていろんなものが集まるわ。そうそう、明日晴れたら、みんなで芋ほりに行こうって、おじいちゃん言ってたわ。きっと楽しいわよ」
「わああ、楽しみだなあ。晴れたらいいですね」
——思い出した。ねずみたちみんなで山芋を掘りに行く場面も、確か絵本に描かれていたんだ。瞬時にして、3歳の時の記憶が蘇る。寝る前に母に読んでもらった、9ひきのねずみたちが秋の野山で山芋を一生懸命掘る場面——。母と一緒にぼくは「ねずみさんたち、がんばれ、がんばれ」って言ってたんだ。その場面に、今度は大人になったぼくが参加することになるとは。
「マサシ兄ちゃん、はーやーくー!」
「もお、いつまで待たせるのー!」
——いけない。話に夢中で、チップくんたちを待たせてしまった。
「あ! ごめん、すぐ行くね、チップくん、ナッちゃん!」
「ふふ、いっぱい遊んで来てね。じゃあ、行ってらっしゃい」
おかあさんに見送られ、ぼくはチップくんとナッちゃんと一緒に〝ヒミツキチ〟へと向かった。
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