優しい異世界に行った話

〜ねずみたちとの、まったりスローライフ〜
戸田 猫丸
戸田 猫丸

第2話

公開日時: 2021年6月15日(火) 22:00
更新日時: 2021年9月3日(金) 07:23
文字数:2,480


「うーん……」



 ——太陽の光を、じかに受けているかのような感覚がする。明らかに自分の部屋じゃない。

 ぼくは目を開けた。


 広がっていたのは、見たことのない景色。どこまでも青く澄んだ空の下には、一面の緑広がる草原。一体どこなんだろう、ここは。

 広々とした原っぱのど真ん中に、ぼくは大の字になって寝転がっていた。



「え、ええー……?」



 一体、何が起きたんだ。何でこんな所にいるんだ。


 小鳥のさえずりと、かすかなそよ風の音だけが聞こえる、のどかな野原の風景。人の気配も、全く無い。


 ぼくは、もう一つ、大きな違和感に気が付いた。それは、周りの草木のサイズがばかにでっかいということだ。自分の背丈よりもはるかに大きなホタルブクロの花が、呆気にとられるぼくを、微笑むように見下ろしている。

 何なんだ……一体ぼくに、何が起こったんだ? 訳がわからなくなって、ぼくはただ、ぼーっと景色を眺めていた。

 ——その時。



「ねえねえ、なにしてるの?」



 誰かが突然、声をかけてきた。



「え? わっ……!」



  びっくりして振り向くと、話しかけてきたのは何と、1匹のねずみだった。

 その姿は、小学校5年生くらいの背丈で、人間と同じように水色のしま模様の半袖のTシャツと紺色の半ズボンを着こなし、群青色のキャップをかぶった元気な男の子だった。



「ん? どうしたの? 顔になんかついてる?」



 ねずみの男の子は、首をかしげる。



「え……いやあの、えっとこれはどういう……?」



  ぼくは答えようとするも、何が起きているのか頭が追いつかない。そんなぼくに構わずねずみの男の子は、笑顔を見せながら言った。



「ねえねえ、僕らのヒミツキチにおいでよ。一緒にあそぼ!」


「え、えー⁉︎」



  何が何だかわからないまま、ねずみの子供に言われるがまま、ぼくは後をついて行った。



 ♢



 草が生い茂る、森の小道に入った。周りを見てみると、やっぱり周りの草木や石ころが、とてつもなく大きくなっている。見上げると、ぼくの体を包み込めるほどの大きなすみれの花が、目に入った。



「今日からお友達ね! 僕、チップっていうんだ。よろしくね」


「あ……ああ、よろしく……」


「わあーい!」



  元気な子ねずみのチップくん。ほんと、無邪気な子だなあ。一体これからどこへ、連れてかれるんだろう……。

 そよ風に吹かれながら、緑あふれる森の小道を2人で……、いや、1匹と1人とで駆け抜ける。

 森を抜けると、小高い丘の開けた場所に出た。遠くの草原の景色がよく見える



「着いたよ!」



 チップくんに案内された場所は、巨大な岩の壁に空いた、洞穴の入り口だった。ぼくの背丈でもすっぽり入れるほどの大きな洞穴だ。中から、子供のはしゃぎ声が聞こえてくる。

 チップくんは洞穴の中に向かって、叫んだ。



「ナッちゃーん! おともだちだよー!」



 すると中から、チップくんより一回り小さい、オレンジ色のスカートを着て桃色のリボンをつけた、可愛らしいねずみの女の子が、姿を見せた。



「チップ兄ちゃん、おともだちってあれー?」



 ねずみの女の子が、ぼくを指差しながら言う。



「そうだよ! さっき、そこの野原で会ったんだー!」



 ぼくは、唖然とした。ここは、しゃべるねずみたちの世界? 



「お兄ちゃん、紹介するね。妹のナナだよ」


「ナナだよ。よろしくね!」



 戸惑うぼく事など気にせず、ナナちゃんは僕に挨拶をする。ぼくはしどろもどろになって返事した。



「うん、ナナちゃん……? よろしく、ね……?」



 ぼくはふと、ある感覚に気付いた。

 それはまるで子供の頃の——嫌なことを忘れて無邪気にはしゃいでいた時代の感覚。



「ナッちゃんって呼んであげるといいよ。そうだ、お兄ちゃんはなんて名前なの?」



 青いキャップをかぶり直しながら、チップくんが尋ねる。ぼくは頑張って微笑みながら答えた。



「えっ……と、マサシだよ」


「マサシくん! 覚えたよ。よろしくね! さあ、ここがぼくらのヒミツキチだよ! マサシ兄ちゃん、行こ!」


「え、ちょっと……」


「わーい! おいでおいで! みんなであそぼ!」



 チップくんとナッちゃんに案内され、ぼくは巨大な洞穴の中へ足を踏み入れた。

 下り坂を少し進むと、入り口の穴近くよりも数倍広い空間になっている。天井から光が所々射し込んでいるので、洞窟の中とはいえ意外と明るい。空気はひんやりと冷たく、土の匂いが心地よく鼻をつく。

 奥の方へと進むと、10匹のねずみの子供たちが、追いかけっこをして遊んでいた。



「おーいみんなー、新しいお友達だよー!」


「え、お友達ー?」



 ねずみの子供たちは足を止め、ぼくを見つめた。ぼくは少し身構える。

 ぼくは自己紹介しようとしたが、先にチップくんがぼくを紹介した。



「マサシくんっていうんだ! みんな、仲良くしようね!」



 するとねずみの子供たちは、嬉しそうに駆け寄ってきた。



「マサシくん! 一緒に、鬼ごっこしようよ!」


「わーい! 仲良くしてね。よろしくね!」



 無邪気なねずみの子供たちに囲まれて、ぼくはなんだか嬉しくなった。よし、ぼくも今は全てを忘れて、子供の心に戻って、思いっきり鬼ごっこを楽しんでみよう。



「……うん! マサシです。みんなよろしくね!」



 ♢



 さあ、今からねずみの子供たちと一緒に、鬼ごっこだ。みんなでじゃんけんをして、鬼を決める。



「じゃんけん、ぽん!」


「わーい、マサシくん、鬼ね!」



 ぼくはじゃんけんに負けて、鬼になってしまった。

 ねずみの子供たちは一目散に散らばり、洞窟の中を逃げて行く。子供たちの声が洞窟内に響き渡る。ぼくは全力で、ねずみの子供たちを追いかけた。最近は思い切り走ったりすることなんてなかったので、今ひとつ身体が言うことを聞かない。



「キャー!」


「わーい! 逃げろー! 隠れろー!」



 逃げ回るねずみの子供たち。ひたすらに追いかけるぼく。そうなんだ……、この感覚なんだよ。大人になって忘れていた、体の内側からエネルギーが溢れる感覚。だんだんと、身体が軽くなる。心が、ウキウキしてくる。ずっとずっと求めてた、子供の頃のようなワクワクした気持ち。


 ぼくは時間を忘れ、夢中になって遊んだ。澄んだ空気の中、土まみれになりながら、ねずみの子供たちの〝ヒミツキチ〟の中で、ぼくはひたすらに駆け回った。

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