駅を出た場所には大きなターミナルがあり、そこにはタクシーやバスがいくつか停まっている。タクシーは全て、地磁気の力で宙に浮いて走っている。バスには車輪がついていたが、タクシーと同じく全自動のようだ。
「自家用車を持つねずみはいないの?」
「今はみんなタクシーやバスだよ。ひと昔前、乗り物を自分で操作してた時代はね、よく交通事故が起きてたんだ。だけど今は全自動操縦システムが出来上がったから、そういう事はなくなったの」
「へえー……」
やっぱり、ここは夢なんじゃないだろうか。ぼくはまた頬を軽くつねってみた——痛い。
「さあ、あのタクシーに乗ろう!」
「のろー! のろー!」
スイーッと音もなく、白くて円盤のような形をしたタクシーがこちらまで来て、ぼくらの前で止まった。近くで見ると、本当に車体が地面から数センチほど浮かんでいる。浮かんだまま停車したタクシーの透明のハッチが、フタのように開いた。
「はーい、お客さん3名、あと荷台ですね。どうぞ!」
見た目は子供の、おそらくトムと同い年くらいの乗務員のねずみに案内され、ぼくらはタクシーに乗り込んだ。再びハッチが閉まる。ふかふかのシートで乗り心地がいい。エンジン音が全くしない。だから、都会なのにこんなに静かなのか。
「たくさんの野菜ですね。今日はどちらまで?」
「Chutopia2120中央市場までお願い」
「OK! 行きますよー!」
乗務員のねずみは行き先をマイクに向かって言うと、スイーッと自動的にタクシーは動き出した。
タクシーは間もなく幹線道路に入り、高速で走り出した。全く操縦していないのに、他のタクシーにぶつからないよう上手くスピードを調整したり車線を変更したりしつつ、走っていく。
「へぇー、別世界から来たんですか? すごい、そんなことってあるんですね」
乗務員のねずみが、ぼくに尋ねてきた。
「そうなんです。この車、どういう仕組みで動いてるんですか?」
「中央官制システムに、行き先をこのマイクで伝えるんです。そしたら、管制システムにいるねずみたちが手配してくれて、あとは自動的に向かって行くんですよ。僕らのお仕事は、お客さんとお話ししたりして、お互い楽しい時間を過ごすことなんです」
「なるほど……、子供も乗務員になれるんですね」
「僕ぐらいの歳の乗務員もたくさんいますよ。旅するのが好きなら、とても楽しいお仕事ですよ」
高架道路を行くタクシー。他に走っているのはタクシーの他に、バスとダンプトラックだけだ。そのどれもがほぼ同じ速度で走っていて、うまい具合に進路を譲り合ったりしており、完璧なまでの安全運転。全て管制システムからの自動操縦だという。
そうこうしているうちに、最初の目的地、中央市場に着いた。
「お忘れ物のないようにね!」
「うん! はいこれ、ありがとね!」
トムは、何やら金貨らしいものを乗務員のねずみに渡した。——あ、あれだ。前におかあさんが教えてくれた、どんぐり印の硬貨〝エイコン〟。やっぱり、決められた金額を支払わなきゃいけないのだろうか。
「じゃあ、いただいとくね。また縁があれば会いましょう。良い旅を!」
「またねー!」
〝エイコン〟を受け取った乗務員のねずみさんは再びタクシーに乗り込むと、すぐにタクシーはスイーッと去って行った。
ぼくらは荷台をガラガラと引きながら、左右に高層ビルが立ち並ぶ歩道を行く。ぼくは、〝エイコン〟のことが気になり、トムに尋ねてみた。
「ねえトム、さっき渡したあれ、〝エイコン〟ってやつだっけ?」
「そうそう! よく知ってるね」
「うん、おかあさんから聞いたからね」
トムは、金ピカの少し大きめの〝エイコン〟を取り出し、見せてくれた。
「〝エイコン〟は、ありがとうの気持ちを表すときに渡す感謝の証みたいなものだよ。そうだ! マサシ兄ちゃんにもぼくたちから、はい、これ」
「え、もらっちゃっていいの?」
「うん、もちろん!」
〝エイコン〟を手に取ってみる。ほんとに汚れ一つなく金ピカで、どんぐりマークとその下に平仮名で〝ありがとう〟とだけ記されている。
ぼくは、さらに質問した。
「でもこれ、生活していくために必要なものじゃないの?」
そう、ぼくらの世界では、〝お金〟は確かに〝感謝の証〟的な意味合いもある。しかし、資本主義経済というルールがあり、家賃や食費、光熱費、保険料、通信費など色々と必要で、お金が無いと生活していけないんだ。だから経済的自立をして、働いてお金を稼がなくてはいけない。そして貯金したり、節約したりして、考えながら使わなきゃいけない。
しかし、トムの答えは意外なものだった。
「ん? 生活に必要なものはみんな無条件にシェアしてるんだよ? これはお礼の気持ちであって、渡したい時に渡せばいいんだよね。これを持ってないからダメだとか、持ってれば良いことだとか、これがないとサービスを提供してもらえず、生活に困ったり……とかね、そういう社会システムはずいぶん昔に廃れたんだよ」
——つまり、生活費とか借金とかの心配を一切しなくてもいいってことなのだ。必要なもの、欲しいものは、全部タダで手に入るということ——。こんな理想的な世界、存在していいのだろうか。ぼくは頭の中の整理が追いつかなかった。
「あたし難しい話わかんないや」
「ナッちゃんにもすぐわかるよ。あ、あの市場だよ。行こう」
トムが指差した先に、大きな市場が見えた。外壁が七色に染められ、入口の上に大きな流れ星のマークがあり、星が光りながらクルクルと回転していて、その建物そのものが芸術作品のようだ。
ぼくらはトムに案内されて、建物の裏口に到着した。
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