「じゃあ今日はお天気がいいから、外で食べようか」
「わあい、そうしようー!」
庭のテーブルの上に、栗ごはんと、たっぷり野菜の煮物、山ブドウや木いちごのデザートがずらりと並べられた。
少しずつ藍色に染まる空にはひとつ、ふたつ、お星さまが灯る。いつの間にかうっすら、三日月も出ていた。カラッとした秋の夜風が、ぼくの頬をなでる。
「じゃあ手を合わせて。いただきまーす!」
「いただきまぁーす!」
ぼくは炊き立ての栗ごはんを、一口食べてみた。栗の甘さと温かみが、口の中に広がっていく。
「ミライくん、おいしい?」
「……うん、くりごはん、おいしい!」
おかあさんに、〝あーん〟してもらったミライくんも、満足そうだ。
「明日晴れたら、芋掘りだよね。楽しみだ」
チップくんがそう言うと、おじいさんは嬉しそうに話し始める。
「そうじゃ、マサシくんには言ったかいのう。明日は山まで山芋掘りに行くんじゃが、一緒に来てくれるかのう? みんなで掘るの、楽しいぞい」
「はい、おかあさんから聞きましたよ。是非お手伝いさせてください」
「ほっほ! じゃあ、よろしくね。明日晴れるといいのう」
絵本で見た芋掘りは、ねずみたちの背丈に比べると、とんでもなくでっかい山芋を掘り上げる様子が描かれていたはずだ。それを、この目で見ることが出来るなんて。
「なんったって、おじいちゃんは芋掘り名人なんだよ!」
「ほほほ、トムや。君もいつかは名人になってもらうぞい」
〝おじいさんはいもほり名人〟というのも、絵本の最後のページに書かれていた気がする。明日はその名人の技、とくと見せてもらおう。ぼくもその技を、少しは教えてもらえるだろうか?
森の夜は更ける。鳥の歌声に代わって、草叢からは虫たちの演奏が始まっていた。
♢
「ごちそうさまー!」
「美味しかったね!」
後片付けを済ませ、今日も居間の丸いテーブルを囲んで、みんなでお話する。今夜のお話は、おとうさんも一緒に行った、野山探検のこと。
「じゃあ、マサシくん、どうぞ」
「え、ぼく⁉︎ えーっと、最初に大きなきのこを見つけたんだよね。ね、チップくん」
「そうだったね! あれ、クリタケって名前だっけ、おとうさん?」
「そうそう! よく覚えてたね!」
おかあさんにおばあさん、モモちゃん、ミライくんは興味深そうに話を聞いている。
「こーんなね、おっきなトカゲがいたんだ! 葉っぱも、赤くてきれいだったよ。赤トンボも飛んでたよ!」
「へえ、気づかなかった。それからたくさん、栗を拾ったんだよね。それがさっき食べた栗ごはんってわけさ! みんな、味はどうだった?」
「ふふ、マサシくんもチップもナナも、たくさん集めたのね。とても美味しかったわよ」
ぼくはみんなと話をしながらまた、子供の頃に家族で出掛けたり、学校の遠足で野山に行ったことを思い出していた。ねずみたちと過ごす時間に比例するように、心の奥底に眠っていた思い出も、より鮮明に蘇ってくる。
次はモモちゃんとミライくんの、庭で遊んだことについてのお話だ。
「こおろぎがね、ぴょーんってね、とんでったんだよ」
「もうすっかり、秋なんだね」
「そうそう、トムがね、こおろぎを追っかけて、川に落ちちゃったの」
「……モモ、それは言わなくていいよ」
「ふふ、あはは……!」
笑い声が絶えない9匹の家族。ぼくも自然と笑っていた。以前のぼくは愛想笑いばかりしていたけれど、心から楽しければ自然に笑えるもんなんだな。自然に笑える——長く忘れていた感覚だった。
お話が終わり、みんなでお風呂の支度だ。ぼくはまたチップくんと一緒に、薪をくべに行った。
♢
「うん、いい湯加減だよ」
おじいさんがそう言うと、子供たちはみんなバタバタと足音を立てて、集まってきた。
「おとうさーん! はやくー! マサシ兄ちゃんも早く入ろ!」
「うんー! うわっ! けほけほ……」
ぼくは団扇で燃えたぎる火に風を送っていたが、火の勢いを強くしすぎて、煙がぼくの顔に直撃してしまう。思わず咳き込んだ。けれど少しずつ、火加減のしかたも慣れてきた。ボタン1つでお風呂を沸かす便利な生活もいいけど、時間をかけてみんなで協力しながら作り上げる生活は、予想以上に充実したものだった。
お湯に浸かりながら、ぼくは澄んだ夜空に浮かぶ上弦の月を眺めた。たくさん遊んで体を動かし、お腹いっぱい食べた後のほっとするひとときは、何物にも代えがたい時間だ。いい具合に疲れた心と体が、スーッと癒されていく。
チップくんたちは、お風呂の中でまだはしゃいでいる。その後はきっと、スイッチが切れたように眠ってしまうんだろう。
♢
「マサシくんのベッド、用意したよ。トムとチップのベッドの間に置かせてもらったよ。お日様にあてておいたから、ふかふかだよ」
「ありがとう、おとうさん」
ぼくはおとうさんが用意してくれたベッドに、そっと触れてみた。おとうさんが言う通り、ふかふかしていてほんのりいい匂いだ。ぼくは早速パジャマに着替え、ベッドに思い切り寝転んだ。
「マサシ兄ちゃん、それー!」
「あたしも、それー!」
チップくんとナッちゃんが、まくらを投げてくる。寝る前の恒例行事のようだ。
「じゃあお返しに、それー!」
「わあー、じゃあ僕も負けないよ! それー!」
「それー!」
眠る前、寝転びながら伸び伸びリラックスしながらはしゃぐのは、幸せと安心感に満ちた時間だ。まくら投げをしていたら、だんだんと瞼が重くなってくる。
おばあさんが様子を見にくると、チップくんたちははしゃぐのをやめ、それぞれベッドに入った。こもりうたを歌ってもらうのを、いつも楽しみにしているようだ。
「さあさ、今夜もみんないい子でおやすみ。……つきが みている もりのなか♪よいこは おやすみ いいゆめを♪……」
「……おばあちゃん、おやすみなさい」
おばあさんの歌声が、柔らかくぼくらを包み込む。チップくんたちはすぐに眠ってしまったが、ぼくは眠りにつくまでの少しの間、この世界のことを考えていた。
ねずみたちの世界のこと、もっと知りたい。
〝エイコン〟というものが、この世界での通貨らしい。やっぱりみんな働いたり、何かを売ったりして〝エイコン〟を稼いでいるのだろうか。ぼくらの世界と同じように、景気の良し悪しとかあるのだろうか。
そして〝まなびや〟と〝専門学舎〟。いつでも無条件で入退学できて、テストとかもなくって、何をどう学ぶかは自分次第。ぼくらの住む世界からは、想像もつかないシステムだ。
また、使っている言葉がとても簡単だ。難しい熟語や言い回しを聞かない。会話が楽しいのは、そのせいかもしれない。
ぼくは、この世界での生活が大好きだ。とても楽しい、温かい。出来るなら、友達も連れて来たいな。ぼくらの世界とねずみの絵本の世界、自由に行き来できたら、どんなにいいだろう。
気付けばおばあさんも1階へと降りていき、明かりも消えていた。
——明日も、ステキな1日になりますように。
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