「ねえおじいちゃん、今はみんなでお話しようよ」
「チップや、ありがとう。じゃが……」
「えー、まだ探すの? 今日は芋掘りでもうくたくたじゃんー」
「ううむ……。わかった。明日、ゆっくり探すとするかのう」
おじいさんは、大きなあくびをしてそのままベッドに横になってしまった。やっぱり、芋掘りで疲れてたんだろう。
ぼくらがおじいさんの部屋から出ると、眠たそうなナッちゃんが待っていた。
「ねえ、チップにマサシ兄ちゃん。お話、終わっちゃったよ?」
「あらら。じゃあ今日はもう寝ようか」
「つまんないのー」
ぼくも、もうくたくたですぐにでも夢の世界へ行っちゃいそうだ。ぼくは大きなあくびを一つして、3階のベッドへ行こうとはしごを上りかけた時、ミライくんがぼくのパジャマの裾をつかんだ。
「マサシおにいちゃん……」
「ん? ミライくん、どしたの?」
ミライくんは裾をつかんだまま上目遣いで、ぼくを見た。
「ねえね、マサシおにいちゃん、きょういっしょにねてほしいな」
「ふふ、じゃあミライくんのベッド行くね」
ミライくんと一緒にベッドに入ると、ミライくんは安心した顔をしながらぼくの腕にしがみついた。ぼくはそっとミライくんの頭をなでてあげた。その様子を見ていたおかあさんは、そっと明かりを消した。
「ふふ、あとはよろしくね、マサシくん。おやすみ」
「うん、おやすみ、おかあさん」
ミライくんは顔を腕にこすりつけながら、ずっとしがみついている。背中を優しくトントンしてあげると、ミライくんはすぐに夢の世界に行ってしまった。
「……くー……」
可愛い寝息を聴きながら、ぼくは窓から射し込む月の光を眺める。
おじいさんがずっと言っていた大事なこと、一体何なんだろう。何となく、ぼく自身に関係があることのような気がしてならないのだ。
なぜぼくがこの絵本の世界に来ることになったのか。どうすれば元の世界に帰ることができるのか。おじいさんはそのことについて、何か知っているような気がする。気がするんだけど、本人が何も思い出せないんじゃどうしようもない。
結局、考えたところで何も分からないまま、ぼくは知らない間に眠りに落ちていた。
♢
「ぐすん……マサシおにいちゃん……」
枕元で泣き声がする。ミライくん、起きちゃったみたいだ。怖い夢でも見たのだろうか。ぼくは小声で話しかけてみた。
「ミライくん、どうしたの?」
「ぐすん……」
ミライくんは目に涙を浮かべながら、ぼくに抱き着く。ガタガタ震えながら、ぼくの胸元に顔をうずめている。ゆっくり頭を撫でながら、ぼくは聞いてみた。
「どうしたの? 嫌な夢でも見たの?」
他のねずみたちはみんな、寝静まっている。ねずみたちの寝息と、コオロギやキリギリスの歌声だけが聴こえてくる。
「うん……」
「そっか。じゃあ、子守唄歌ってあげる。いつもおかあさんが歌ってたのをね」
「ぐすん……ありがとう」
ぼくはまた、ミライくんの肩をトントンとしながら、うろ覚えだけどいつもねずみのおかあさんが歌っている子守唄を歌ってみた。
「……つきが みている もりのなか♪よいこは おやすみ いいゆめを♪……」
虫たちの歌声に混じって子守唄を歌っていると、ミライくんは再びスースーと寝息を立てて眠り始める。これでひと安心。何だか、お父さんになった気分だ。
子供ってほんとに無邪気で愛らしくて、見ているこっちまで心が癒される。ぼくも小さい頃は、親にとってはそんな存在だったのかなと、ふと思った。
窓の外では、紺色の夜空にたくさんの星がまたたいているのが見える。星たちもまたぼくに、優しい子守唄を歌ってくれているかのようだ。
じゃあぼくも、おやすみなさい——。
♢
「……い、おい!」
……。
「おい、マサシおい!」
……?
「おい! マサシ起きろや! 何をよだれ垂らして寝とんねん! 早よう起きろや‼︎」
——バシッ‼︎
ぼくは、何者かに背中を、平手で思い切り叩かれた。
「痛っっ……た……! んん……、ん? あれ?」
……え、何で、ぼく……こんな所に……?
ぼくは目をこすって周りを見渡してみた。
何とぼくは、現在通っている大学の大教室で、突っ伏したまま眠ってしまっていたようだ。
「昼飯食いに行くって言うてるのに、いつまでも寝とるん、コイツ!」
「あっはは、おい、早よう行くぞ。腹減ったし席取られる前に行こーや」
ゼミで一緒の藤田サトシと三木コウスケは、机の上にあるぼくの筆記用具を勝手にぼくのカバンに乱雑に投げ入れ、席を立って食堂へと向かっていく。ぼくは何が起こったのか、まだ掴みきれていない。
「おい、待てよ、サトシ、コウスケ!」
ぼくは慌てて2人を追いかけた。
まさか講義中に寝てしまい、そのままずっと、夢を見てたのだろうか。——うん、やっぱり夢だ。夢に違いない。絵本の中のねずみたちとお喋りしてただなんて、まさかね。
混乱する気持ちに何とか整理をつけ、ぼくは2人に追いついた。サトシとコウスケは呆れた目でぼくの顔を見ている。
「お前、大丈夫け? ボーッとしすぎちゃう?」
「あはは、ごめん。まさかの爆睡だったよ」
「ほんま、講義中ずっと寝てたでお前。今日の内容、テストに出るって教授が言うてたけど、大丈夫なんけ?」
「マジで⁉︎ ああ、やっちゃったなあ……」
サトシのその言葉で、ぼくは完全に目が覚めたのだった。
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