しとしとと、雨が降る朝だった。
「うーん……。おはよう」
「おはよう……」
外に出ると、大粒の雨がサーッと音を立てて地面に降り注いでいた。雨の日の土の匂いも、ぼくは好きだ。遠くの景色が、ぼんやり霞んでいる。
今日は家の中で、みんなでテーブルを囲んで朝ごはんだ。おとうさんが、今日の予定を話す。
「今日は〝まなびや〟の日だけど、雨だから僕らの家にみんな集まって、やることにしよう。〝まなびや〟よりもここの方が、お友達の家からも近いからね。今日の先生は……、モモだよ」
「はあい。今日はお料理教室よ。みんなで美味しいの作ろりましょうね。……雨、強まってきたみたい。みんな集まるかなあ?」
モモちゃんはそう言って心配そうに窓の外を見た。今日は久しぶりの〝まなびや〟だ。先生は何と、長女のモモちゃん。確か、料理の専門学舎に通ってるんだっけ。美味しい料理の秘訣、是非ぼくも教えてもらおう。
朝食の片付けが終わるとチップくんたちは、葉っぱの傘をさして、友達を呼びに行った。しかし、雨は本降りだ。本当にみんな来てくれるのだろうか。
♢
「ただいまー、すごい雨だった!」
「あらあら、はいタオル」
「お友達連れてきたよ、3匹来てくれた!」
「じゃあ無事に開催できるね! それじゃモモ、任せたよ」
モモちゃんの料理講座が始まった。が、ぼくはボーッとしてしまい、講座の内容がなかなか頭に入っていかない。窓の外のしとしとと降る雨を眺めながら、ぼくは考え込んでしまっていた。
この優しくて温かくて楽しい生活が、これからもずっと続いて欲しい。だけどなんだか……みんな突然、消えてしまいそうな気がする。これは本当に現実なのだろうか。確かにぼくの目に映っている、ねずみたちの住む平和な世界。それが急に幻と消えてしまうことなんて、ないよね……? もしぼくが元の世界に帰っても、また彼らと一緒に遊べるよね……?
ぼくはモヤモヤする考えを振り払って半ば無理矢理笑顔を作りながら、ねずみたちと一緒に野菜のスープとコロッケを作った。無邪気なねずみたちと話していると、多少なりとも気は紛れる。
「完成したよー! みんなで作ったスープとコロッケ、美味しそうね」
「すごい、味付けをちょっと変えるだけで、こんなに美味しくなるんだ!」
「じゃあ、みんなで食べよっか」
「わあーい!」
みんなの笑顔がこの時、よりいっそう眩しく感じられた。
ほんとに、この世界から帰りたくない。だけど何日も帰ってないから……もしかすると警察に捜索願いを出されたりしているかもしれない。そうだったら、大変だ。なんとか帰る手かがりだけでも、見つけなければ。
♢
「ごちそうさまー! 美味しかったね……。あれ、雨止んだみたいだね」
「あらよかった。お日様も出てきたみたいね」
「外出てみようか」
「うん!」
玄関のドアを開けたら——。
すっかり雨が上がり、雲の隙間から陽の光が射していた。雨に濡れた草木の匂いが、とても心地いい。
「あ、見て! 虹だよ!」
「ほんとだー! おっきいー!」
青い空に、大きな大きな虹がかかっている。くっきりと彩られた7色の虹の橋は、まるで雨上がりの青空を祝福しているかのようだった。
「ナッちゃーん! 虹だよー!」
「にじ、どこ? ……あ! ほんとだー!」
みんな虹を見に外に出てきた。大きな虹のアーチを見て、ぼくは思わず走り出した。
「あ! マサシ兄ちゃんずるい! はやくー! 追いつくよー!」
「ようし、みんな行くよー! 野原まで走ろー!」
みんなで、虹のアーチをくぐるんだ。
ぼくらは野原に向かい、緑の風を受けながら全力で走った。
♢
今日もねずみの子供たちとたくさん遊び、どろんこになった体を温かいお風呂で洗い流す。
みんなと夢中で遊んでいると、帰れるのかどうかという不安も知らない間に消し飛んでしまう。しかし、このまま何もしないわけにはいかない。明日こそ、何か手かがりをつかまなければ……。
「マサシくん……、お家に帰るための手がかり、見つかったかい?」
浴槽に浸かりながら外を眺めていると、おとうさんが話しかけてきた。ぼくの不安を察したようだ。
「うーん、まだ何も見つからないんだ」
「帰っちゃうの寂しいけどね。また遊びに来てよね」
「うん、もちろんだよ。今度は友達たくさん連れて来るから」
「うん! 楽しみにしてるからね」
ぼくは明日、この世界に住むいろんなねずみたちに、〝人間がこの世界に来るという例が他にあったかどうか〟について、尋ねてみることにした。
やることは決まったので、あとはいつものように夕ごはんを食べてみんなとお話して、おかあさんの子守唄を聴いてから、ぐっすりと眠った。
♢
この世界に来て8日目の朝。
今日は晴れ。青い空に、涼しい風がとても心地よく、いつもの景色にホッとする。
ぼくは野原へと足を運び、初めてこの世界に来た時にいた場所に寝転んでみた。——ああ、ここで初めて、チップくんが声かけてきてくれたんだった。
前にこの場所で、もう一度眠りに落ちて元の世界に帰ろうとしたけれど、帰ることは出来なかったんだ。……今度はもしかしたら帰れるかもしれない。試してみようか。だけどもし帰れたとして、またこの世界に来られる保証もない。チップくんたちに挨拶もせずに、帰るのは嫌だ。
そうこうしているうちに、近所に住むねずみたちが姿を見せるになったので、ぼくは通りがかったねずみの紳士に、尋ねてみた。
「あの、すみません……。ちょっとお尋ねしてよろしいでしょうか……?」
「はい、どうされましたかな?」
やはり、人間のぼくを見ても、不審に思わないみたいだ。構わずぼくは質問した。
「あの、見ての通りぼくは人間なんですけど、別世界から来たんです。でも帰る手段が分からなくて困っているので、手がかりを探しているんです。あ……あの、この世界でぼく以外に人間って見たことはありませんか?」
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