お昼ごはんを食べた後は、ねずみの子供たちと原っぱで鬼ごっこしたり、寝転んで流れる雲を見たり、チップくんのお友達が作ったおやつをみんなで食べたり——いつものように、のびのびと過ごした。
相変わらず帰る手掛かりは見つからないままだったが、ねずみの子供たちと夢中で遊んでいる時は、そんなことはすっかり忘れてしまう。
「さっきのドラム缶とか、あの丘の上に持って行かない? 遠くまで響かせたら気持ちいいよ!」
「さんせーい!」
小高い丘の上に、川沿いのガラクタをみんなで持って行き、黄色く輝く西の空に向かって、ぼくらは叩いて踊って歌った。遠い地平線に向かって飛んでいく、ぼくらの音楽。
悩み事も辛い事も何もかも忘れて、ぼくはねずみの子供たちとの愉しい時間を過ごした。
♢
「たあだいまー! どろんこになっちゃった」
「あらあらチップったら。先お風呂にする?」
「お腹すいたから、晩ごはん先がいいー!」
「わかったわ。着替えベッドに置いとくわね」
「うんー! ありがと、おかあさん!」
「ふふ、マサシくんも、楽しめた?」
「あ、うん! すぐ着替えてきますね」
庭のテーブルに、こんがり焼けたキノコのステーキが並べられる。たくさん遊んでお腹ペコペコのぼくはその匂いをかぐだけで、よだれが出てきてしまった。
「いただきまあーす!」
「あれ、おとうさんは?」
「あ、来た来た。何か持ってきたよ」
おとうさんは、どこからかギターのような楽器を持って来た。
「みんな音楽してきたんだってね。おとうさんも歌いたくなったよ」
ポロロンとその楽器を弾いてみせるおとうさん。それを見たチップくんは、きのこのステーキをまだ食べかけのまま、席を立った。
「あ! じゃあ……ね! 行こうよ! あのドラム缶とかを取りにさ!」
「行こう行こうー!」
ナッちゃんも追いかけていく。……ふつうの親はここで「お行儀悪いでしょ!」って叱るところだろうけれど、おかあさんたちはやっぱりその様子を見ながらずっとニコニコしているだけだった。
「ふふ、マサシくんも行ってきたら?」
「あ、うん……」
おかあさんに言われるまま、ぼくもお箸を置いてチップくんたちを追いかけた。あまりの放任主義っぷりに、ぼくは少し戸惑った。うちの親も、これくらいだったら良かったのにな……。
「マサシ兄ちゃん、はやくー!」
「待ってよー、チップくんー! 暗くなってきたから気をつけるんだよー!」
ぼくらはドラム缶に、フライパンや鍋、木の箱、空き缶、空き瓶——音が鳴りそうなものをたくさん、庭に運んできた。
「ほらチップ、ステーキ冷めちゃうわよ。先に食べちゃいましょ」
「うん! 食べたらおかあさんも参加してね!」
「はあいはい」
おとうさんはギターのような楽器を弾き、歌を歌い始めた。
きのこのステーキをあっという間に平らげたチップくんとナッちゃんは、すぐにドラム缶や鍋のフタを木の枝で叩き始める。ぼくもお皿を片付けてから、昨日楽団のねずみさんに貰ったトランペットのような楽器を持ってきて、みんなと一緒に思いのままに奏でた。
♪~♪……
おばあさん、おかあさんはゆったりと体をリズムに合わせている。歌声が重なって、和音になる。気持ちのいい音楽が、少しずつ出来上がっていく。最初はめちゃくちゃなリズムだったけど、みんなだんだんリズミカルに歌に合わせていき、ノリのいいリズムが出来上がっていく。
「次は私が歌うわね。〝夕焼け小焼けまた明日〟という歌、いきます。……真っ赤なお空に 雲が行く……♪」
モモちゃんは、赤く燃える夕焼け空に向かって歌い始めた。ぼくはそれに合わせてビンをやさしく叩いた。キーンと、透き通る様な音が響く。夕日のやさしい光のような、温かな音だ。ゆったりとした空間が出来上がり、ほんとにみんなが、夕焼けに吸い込まれそうな感じだった。
「はい、拍手ー! 上手だったよー、モモ姉ちゃん!」
「ありがとう。みんなで音を出すと楽しいわね」
ぼくらは夢中で、思いつくままにいろんな楽器を作っては奏でる。缶に砂を入れて振ってみたり、竹筒に穴を開けて吹いてみたり、輪ゴムで弦を作って弾いてみたり、大きなドラム缶と小さな鍋のフタや空き缶を組み合わせて、手作りドラムセットにしてみたり……。
日が暮れるまで、みんなで歌って、奏でて、踊った。やっぱり音楽は、楽しい。ぼくの音楽仲間も誘って、一緒に合奏したかったなあ。
「楽しかった。喉カラカラだよ。音楽ってやっぱりいいもんだね」
「さーあ、お風呂だお風呂だ! あ、持ってきたこのガラクタはどうする?」
「暗くなる前に、元の場所に戻してこよう」
「そう、気をつけてねー!」
ただのガラクタの山を、こんなに素敵な楽器に変えてしまうねずみの子供たちの発想力に、ぼくは感心した。この世界に来る前のぼくは、ただ同じような日々に退屈してたりしたけれど、ねずみの子供たちのようにちょっと発想や視点を変えるだけで、楽しさに満ちた面白おかしい毎日に変えることだって出来るのかもしれない。
日は暮れて、空が青紫色に染まっていく。白く光るお星様が2つ、3つ。肌寒い風が頬をなでる。早く帰って、あったかいお風呂に入ろう。
♢
「ただいま! お風呂もう沸いたー?」
「沸いたよ。今夜は少し冷えるから早く入ろう!」
着替えを持ってお風呂場へ向かう時、ふと台所を見ると、おじいさんはまた探し物をしていた。さすがにちょっと心配なので、お風呂を上がってから探すのを手伝おうと思った。〝何か大事なこと〟って言っていたから、気になってしまう。
「はあ、あったまるね」
「ねえ、マサシ兄ちゃん」
「どしたの? チップくん」
「マサシ兄ちゃん、ほんとに音楽好きなんだね。さっき、ほんとに楽しそうにしてたもん」
「……やっぱり分かる? ふふ。音楽家になるのが、ぼくの夢なんだ」
「素敵な夢だね! 絶対音楽家になれるよ!」
君みたいな陰気な人には無理だろとか、夢ばかり描いてないで地に足をつけて生きなさいとか——親や友達に否定されるのが怖くて、ぼくは他人には夢を話すことはなかった。けれど、口に出しちゃった方がやる気が出るみたいだし、応援してくれる人にはやっぱり話した方がいいのかも知れない。チップくんたちは、純粋に応援してくれるのが分かってたから、ぼくは思わず話してしまった。
「ありがとうね。チップくんは何か夢、あるの?」
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