優しい異世界に行った話

〜ねずみたちとの、まったりスローライフ〜
戸田 猫丸
戸田 猫丸

第4話

公開日時: 2021年9月4日(土) 18:13
文字数:2,359

 

 ぼくはねずみのおとうさんに、学校について尋ねてみた。



「子供たちは、学校はお休みなんですか?」


「ガッコウ? なんだいそれ」



 案の定、学校が通じなかった。ぼくは質問を続ける。



「じゃあ、子供たちみんな毎日あんなに遊んでるんですか?」


「うん、子供も大人もたくさん遊ばなきゃね。ははは」



 おとうさんはそう答え、無邪気に笑った。だけど本当に、みんな遊んでばかりなのだろうか。



「勉強とかはするんですか?」


「もちろんするよ。〝まなびや〟というところがあって、生活の基本になる読み書きや計算とかを学ぶんだ」



 ふむふむ、〝まなびや〟。これがこの世界でいう、学校みたいな所なのだろう。



「子供たちはみんな、その〝まなびや〟に通わなきゃいけないんですか?」


「そんなことはないよ。行きたい子は行って、家で学びたい子は家で学ぶための教材をもらうんだ。だからね」


「へえー……」



 つまり〝まなびや〟には、行きたい子だけ行けばいいということだ。

 ぼくは小学生の時から学校に行くのがとても嫌で、中学生の時なんかはしょっちゅう登校拒否をしてたけれど、その時は親に「学校に行きなさい」と散々言われ続け、辛かったのを覚えている。この世界ではそんな苦痛を味わいながら〝まなびや〟に通う子は、いないということらしい。


 おとうさんは、話を続けた。



「生きていく上でやりたいことが見つかったら、〝専門学舎せんもんがくしゃ〟というところへ行って、そこでやりたいことを専門的に学ぶんだ。ある程度修得したら、お仕事を紹介してもらったりするんだよね」


「なるほどね。テストとかもあるんですよね? 入学試験や定期試験とか」


「試験? それは一体?」


「あ、えっと、一定以上の点数を取って先生に認められて初めて合格、みたいな」



 まさか、テストも存在しないのだろうか。



「なるほど。そういうのは、自分自身でチェックして、納得いけば次に進めばいいのさ。好きな事だから、何が必要かは自分ですべてわかる。自然とわかるくらい、見聞を広めるでしょ? だって、好きな事なんだからね。ちなみに専門学舎には、入学したければいつでも入れるし、辞めたい時はすぐに辞められるよ。再入学だって出来るしね」


「例えば、命に関わる危険な仕事とかは……」


「それらは、機械が全部やってくれてるよ」


「医療は? 病気になって手術する場合とか」


「病気なんて風邪くらいしか知らないよ。ケガもぼくはすり傷程度しかしたことないよ。健康と安全の意識は、みんな高いからね。美味しいもの食べて、たくさん体動かして、しっかり寝れば、体の調子はすぐ良くなるよ。医療は、みんな元気に楽しく幸せに過ごすにはどうするか、という研究が主流なんだ」 


「はぁー……すごいや……!」



 素晴らしすぎるだろ、この世界。確かに、道行くねずみたちを見ていたら、どんよりとした顔をしているねずみや腹を立てているねずみ、体調が悪そうなねずみは、1匹たりとも見かけなかった。

 おとうさんの話が本当なら、この絵本の中のねずみたちの世界は——人類が長年夢見た理想郷ユートピアなんじゃないだろうか。



「そうそう、たまに、〝まなびや〟以外でも、みんなで集まって勉強会をしたりするよ。今は冬の越し方について、時々開いたりしてるね。マサシくんも、良かったら参加しない?」


「面白そうですね! 是非参加させてください!」


「じゃあ近々、やるか! マサシくんに、おいしい料理の作り方とか、教わりたいなあ」


「うーん、カレーとかなら作り方知ってますけど……」


「へえ、教えて教えて! ……あ、話し込んじゃった。じゃあ、夕ごはん作ろっか。何にしよう……?」



 ぼくはカゴにたくさん詰め込まれた栗の実を見て、閃いた。



「……栗ごはんとかどうですか?」


「栗ごはん! いいねえ。決まりだね!」



 おとうさんは腕まくりをして、早速準備を始めた。

 実に若々しさのあふれるおとうさんだ。チップくんたちと全く変わらない、子供の心を持っている。それでいて、家族にも信頼され、一家を支えている。ぼくもこんな大人になれたらなあ、と思った。



 ♢



 ぼくは、大きな大きな栗の皮を両手で力一杯むいて、半分に切ってみた。ほんのり、土の匂いがする。おとうさんは、芥子の実のごはんを炊く準備をする。釜の中に研いだ芥子の実と水を入れ、蓋をして火にかけた。



「あらあマサシくん、お手伝いしてくれてるの? ありがとう。栗の実いっぱいあるから……栗ごはん?」


「ほっほ、マサシくん、おかえりなさい」



 花柄のエプロンをつけたおかあさんと、これまた花柄のバンダナを頭に巻いたおばあさんが、台所にやって来た。



「そうだよ。みんな喜ぶかなあ」



 おとうさんは楽しげに、うちわで火加減を調節する。

 たくさん歩いたから、お腹が空いてきた。熱々の栗ごはん、早く食べてみたい。



「ただいま。お手伝いするわ」


「ぼくもつくるー!」



 モモちゃん、ミライくんも帰ってきて、手を洗いに行った。さあ、ここからはみんなで夕ごはん作りだ。

 ごはんが炊けるまでの間、おばあさんとモモちゃんは野菜を包丁でとんとん。その後はおとうさんとぼくで、その野菜を煮て、味付けをする。おかあさんとミライくんは、デザートの山ぶどうの準備をする。



「ほーら、栗ごはん炊けたよ!」



 おとうさんが釜の蓋を開けると、湯気と共にほんのりと栗の匂いが、台所じゅうに広がった。



「たぁだいまーあ!」


「わぁ、いいにおーい!」



 ちょうどチップくんとナッちゃんも帰ってきた。栗ごはんの匂いを嗅ぎつけて、台所に駆けてくる。



「さっきいっぱい拾った栗のごはんだよ。さあ、テーブルに準備しよう。チップ、ナナ、手を洗って」


「わーい! おじいちゃーん、トム兄ちゃーん! ごはんだよー!」



 お風呂の準備を終えたおじいさんとトーマスくんも戻ってきて、大きなコナラの家の中には9匹とぼく、家族全員が揃った。

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