「ぼくの夢はね……。今よりもっとおっきな家を見つけて、今よりたくさんの家族を作ってみんなで住むんだ。そして、マサシ兄ちゃんも招待するんだ」
「……そっか。是非招待してね。じゃあお互い、夢に向かってがんばらなきゃね」
「うん! マサシ兄ちゃん、応援してるからね。きっと素敵な音楽家になれるよ!」
「ありがとう。そうなった日には、みんなで聴きにきてね」
「もちろんだよ!」
湯船に浸かって夜空を眺めながら、ぼくはチップくんと夢を語った。誰かに夢を話すと、不思議とやる気が湧き出てくる。元の世界に帰ったら、今度は信頼できる友達や先輩に思い切って、ずっと大切に育て続けたぼくの夢を話してみるのも、悪くないかも……そう思った。
「マサシ兄ちゃん、そろそろあがろっか」
「ぼく、もう少し浸かってるよ。チップくん、先にあがって」
「わかったー。また後でお話しようね」
ぼくは今、とても幸せだ。
以前までは自分なんてダメな奴だと思っていたけれど、体は元気だし、実現したい夢もある。子供の頃の、エネルギーに満ちた素直で純粋な気持ちだって、思い出すことができた。ぼくの人生、まだまだ捨てたもんじゃない。
元の世界に戻っても、今の気持ちを忘れずにいれば、上手くやっていける気がする。改めて、これからどう生きるかをしっかり考えていこう。
「ふぅー……。よし!」
お風呂を上がって服を着てから、ぼくは思い切り息を吐いて、自分自身に気合いを入れた。
♢
広間に戻ると、倉庫のほうからガサガサと音が聞こえる。行ってみると、やはりおじいさんが探し物をし続けていた。確か、先祖が残した書物を探していると言っていたはずだ。ぼくはおじいさんに尋ねた。
「おじいちゃん、見つかった? 探してたもの」
「いんや、まだ見つからないんじゃ……。今、何としても見つけなければいけない。ご先祖様からそんなふうに言われている気がして仕方ないんじゃよ」
「そんなに、大事な物なんだね……」
「昔、わしが子供の頃、不思議な体験をしたんじゃ。ご先祖様の書物にも、それに関わることが記されていたはずなんじゃよ」
「不思議な体験? どんな体験だったの?」
「うーん、夢か幻か……家に不思議なお客さんが訪れて、いつの間にか居なくなった、そんな感じなのは何となく思い出せるんじゃ」
「不思議なお客さん⁉︎ いつの間にか居なくなる……? あ、妖精を見たとか! それとも、お化けか何か?」
もしかしたら、元の世界に帰る手がかりが、この話の中から掴めるかも知れない。ぼくは、おじいさんの話に集中して耳を傾けた。
「ふぉふぉふぉ、まさか。わしにはそのようなものは見えんよ。でも、その不思議なお客さんの姿は、はっきりと覚えてはいないんじゃ。夢を見てるような、不思議な感じじゃった。そして実は……今もそんなような感じがしておる」
「え?」
「そういう理由もあって、どうしてもご先祖様の書物を見つけ出さなくてはいけない気がしてのう……。まあ、マサシくんは気にせんでくれ。すまんのう、心配かけてしもうて」
「あ、うん……」
いやいや、そんな事言われたら余計気になってしまうじゃないか。まさか妖精とかお化けみたいなのが、この家にいるのだろうか?
「マサシ兄ちゃんー、先寝るよー。灯り消しちゃうよー」
「あ、ごめんチップくん。すぐ行くね」
ベッドに入ってからも、ぼくは考えていた。
もしかすると不思議なお客さんってのは、妖精でもお化けでもなく、実はぼくのことなんじゃないだろうか。だってぼくは、別世界から突然訪れた客人だし。〝今もそんな感じがする〟のなら——きっとそうだ。
だとしたら、おじいさんが子供の頃、ぼくと同じようにどこかの人間が、この絵本の中のねずみたちの国に訪れたことになる。
「Zzz……」
「……マサシ兄……ちゃん……と、ずっと……あそべたら、いいな……むにゃ……」
——ナッちゃんの寝言が聞こえた。もしぼくが帰ることになったら、間違いなくベソをかくことだろう。子供に泣き付かれるのはあまり得意じゃない。ぼくだって出来るならずっとここにいたい。だけどぼくは元の世界に帰って、しっかり自分の人生を生きるって決意したんだ。
ぼくらの世界とねずみたちの世界、自由に行き来できたらいいのに。もし二度とねずみたちの世界には行けなくなってしまうのだとしたら、それは悲しすぎる。現実世界で生きるのに疲れてしまったら、いつでもねずみたちの世界を訪れて、心も体もリフレッシュして、また現実世界に帰って頑張る……なんてのは、やはり都合が良すぎるだろうか。
色々と気になって、ここに来て初めての寝付けない夜だった。窓から夜空を見ると、欠け始めた月が見えた。じっと月を眺めていると、不思議とざわめいていた心が、ホッと落ち着いてくる。森の中から聴こえるコオロギやキリギリスの歌声が、今夜は子守唄代わりだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!