優しい異世界に行った話

〜ねずみたちとの、まったりスローライフ〜
戸田 猫丸
戸田 猫丸

第3話

公開日時: 2021年9月9日(木) 17:24
文字数:2,610

 

「今日はよろしくね、ミックさん。お昼ごはんをどうぞ。みんなで元気つけて、芋掘りがんばりましょ」


「うん、よろしくね。わああ、おいしそうだねえ……」



 おかあさんは、今日も手作りのおにぎりを作ってくれていた。くるみ味。山菜味。梅味。他にもいろんな具のおにぎりが、庭のテーブルにずらりと並ぶ。



「おっきな山芋をみんなで掘ろう! 今日の夕ごはんは、みんなのがんばり次第じゃよ」


「そうだね! おじいちゃん、今年は今までで1番大きいのを狙おうよ!」


「ああ、任せておいて」



 おじいさんは大張り切りだ。ぼくらの何倍もの大きさの山芋、一体どんなふうに掘るんだろう。


 風が吹くと、カラフルに染まった木々がざわめいた。秋の山が呼んでいる。大地の恵みを受けて育った山芋が、ぼくらを待っている。



 ♢



「ごちそうさまー! さあ、片付けたらスコップと鍬を用意しなきゃね」


「水筒とおやつも忘れずにね!」



 物置からスコップや鍬、ロープや竹竿などを出し、バッグには水筒、おやつ、そして着替えを詰め込む。きっと、泥だらけになってしまうだろう。あとは、絆創膏などが入っている救急箱も忘れずに。



「さあ、行くよ。みんなついてきてね」


「よろしくね、おじいちゃん! じゃあ、しゅっぱーつ!」



 おじいさんを先頭に、9匹とミックさんとぼくは、オレンジ色に染まった秋の山道を歩いて行く。真っ赤なモミジの葉が、はらはらと舞い落ちてくる。チップくんとナッちゃんは、木の枝に登って遊びながら、みんなについて行く。



「上のほう、なんかあったー?」


「うん! マサシ兄ちゃんも来てみなよ! いい景色だよー!」


「え、登れるかなあ……」



 ぼくは何とか木の上に登ることができ、チップくんたちと一緒に枝の上から、景色を見渡してみた。見上げれば一面の青空、その下にはオレンジ色の紅葉のじゅうたん。まさしく、絵に描いたような風景が広がっていた。



「わー! すごくいい景色だね。葉っぱが真っ赤だ」


「ね! とても綺麗だよね。さ、下に降りよう。おじいちゃんたちどんどん先に行っちゃう」


「あはは、そうだね。降りるのちょっと怖いや」



 まだまだ、山芋のある場所へは遠い。おばあさんとモモちゃんは、道に咲いているせんぶりの花を摘んでいた。いい匂いがする。



「いやあ、結構遠いんですね。この辺りは他のねずみもあまり来なさそうだ」



 ミックさんは汗を拭きながら、おじいさんに話しかけた。



「ほっほ、奥の方に毎年大物がね、いるんですよ。わしらだけが知っている秘密の場所なんですじゃ。今年もきっと大きな山芋があるはずですじゃ」



 目を輝かせながらおじいさんはそう言った。果たしてどれくらいの大物が、ぼくらを待ち受けているのだろう。

 黄色く輝く秋の山を、ぼくらはひたすら進んで行った。



 ♢



「あった、ここじゃ、ここじゃ。ひとまず休もう」


「ふうー! 長かったね!」



 目的地に着いたようだ。地面から天に向かって細長いツタが伸びていて、おじいさんはそれに触れながらつぶやく。



「うんうん。これは大きいぞ」



 触れただけで分かるなんて、さすがは名手。ぼくははやる気持ちを落ち着かせるため、近くの切り株に腰掛け、水筒の冷たい水をゴクリと飲み干した。



「見てみなよ。むかごがいっぱいなってるよ」



 トーマスくんは枝の上の方を指差して言う。それを聞いたチップくんは、山芋のツタを伝って、上の方に登っていく。その直後、ドサッ! という音を立てて、何かが地面に落ちてきた。大きなむかごだ。



「うわっ!」


「マサシ兄ちゃんたちー! 拾ってカゴに入れてねー!」


「うん! ……むかご、でけえー……。って、ねずみサイズなんだから当たり前か」



 ぼたぼたっと、たくさんのむかごが降ってくる。ぼくらはそれを拾い集め、他のみんなは、落ち葉をどかして、芋掘りの準備をする。



「さあっ、掘るよ!」



 おとうさんの合図で、山芋掘りが始まった。



 ♢



 まずはおじいさん、おとうさん、トーマスくんがスコップを持ち、掘り始める。少しずつ、山芋の頭が見えてきた。ナッちゃんが、スコップに乗って跳ねながら遊んでるのを横に、3匹はひたすら掘り続ける。

 ぼくは待機しながらその様子を見ていた。スコップを上手く使うのには、コツが要りそうだ。目を凝らして、ぼくはおじいさんたちのスコップさばきをしっかり観察した。



「よおし、交代。マサシくんと、ミックおじさんの番ですよ」


「よしきた!」



 ぼくは、おじいさんたちと同じようにスコップを動かし、少しずつ土を掘ってみた。——その時。



「うわあ‼︎」



 突然、巨大なカブトムシの幼虫が土の中から出現した。ぼくはびっくりして、尻餅をついてしまった。カブトムシの幼虫はうねうねと体を動かしながら再び、土の中へと潜っていく。



「あはは、土の中にも生命がたくさんいるんだね」


「そうですね、虫さんたちをあまりびっくりさせないように掘らなきゃですね」



 すぐにスコップを使うのに慣れたぼくは、ミックさんと力を合わせて、土を深く深く掘っていった。土と泥にまみれた大きな山芋は、深く掘るにつれ、どんどん太くなっていく。



「大きいなあ。まだまだ深く埋まってるよ」



 早くもどろんこになったミックさんは、汗を拭いながらそう言った。ぼくらが想像してたものよりもずっとずっとずっと、でっかい山芋が埋まっているようだ。



「よおし、またおじいちゃんとトムに交代だ」


「よしきた!」


「さあ、そろそろ土を引っ張り上げる袋を用意しよう」



 おとうさんは、土を入れる大きな袋にロープを通している。穴の上からロープを引っ張り、土を穴の外に出すようだ。



「おかあさん、モモ、チップ、マサシくんも! ロープを引っ張って土を出してー!」


「よしきた! そーれ!」


「そーれ!」



 ぼくはチップくんと一緒に、ロープを引っ張った。なかなかの重さだ。汗がじんわりと服に滲んでくる。ドサっと音を立てて、1杯目の土を引っ張り上げた。



「ふう、これをあと何回も引っ張り上げるのか」


「そうだよ。みんなでがんばろうね、マサシ兄ちゃん!」



 みんなどろんこになりながら、それぞれの役割を分担する。全身をここまでフルに動かしたのは久しぶりで、なかなかきつい。だけどそれ以上に楽しい。明日は筋肉痛確定だ。



「マサシくん、最後の仕上げじゃ。ここからが肝心なんじゃが、どうじゃ? チャレンジしてみるかの?」


「……はい! 是非やらせてください!」



 最後の仕上げ、折らないように先端まで慎重に掘る作業だ。果たしてぼくは、この大事なステップを成功させることができるのだろうか。

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