優しい異世界に行った話

〜ねずみたちとの、まったりスローライフ〜
戸田 猫丸
戸田 猫丸

第5話

公開日時: 2021年10月8日(金) 17:01
文字数:2,054

 

「いつもありがとね。おとうさんたちによろしくね」



 ぼくらは茶店を出ると、女性のねずみさんは笑顔で見送ってくれた。日は西に傾き、外に出ると街は黄金色に輝いている。さあ、あとは帰るだけだ。



「お茶おいしかったです。ごちそうさまでした」


「また来ますねー!」



 これで、今日の仕事はおしまい。空っぽになって軽くなった荷台を引いて坂道を下っていると、トムがまたお洒落なお店を発見したらしく、指をさして言った。



「あの川沿いのカフェでケーキ食べて行こうよ」


「え、また食べるの?」



 トムの食いしん坊っぷりは凄かった。さっきもドーナツを食べたばっかりなのに……。でも仕事もちゃんと終わらせられたことだし、いいか。ぼくらは丘を下り、大きな川沿いの大通りに出た。


 横断歩道は、歩行者が渡る時は車が突っ込んでこないように、歩道の左右両端に地面から柵が現れる。車が通る時は歩行者が渡れないように、歩道の始点に柵が現れる。車が曲がってくるときは、専用のレーンが形作られる。

 ぼくらの世界だと横断歩道を渡る時、曲がってくる車が怖かったりするけど、ここではそんな心配もない。そもそも車も全自動だし、交通事故もゼロだという。これだけのシステムをよく作ったなあと、ぼくは感心した。



 ♢



「今日もおつかれさまー! いただきまーす!」


「いただきまあす!」



 川沿いのカフェのテラスで、美味しいいちごケーキとフレッシュジュースを飲みながら、景色を眺める。川の向こうの広い公園に、ねずみたちがたくさん集まっていくのが見える。キャンプファイヤーらしきものをみんなで準備している。出店が、次々と出来上がっていく。



「トム、あれはなにしてるの?」


「あれは、1日のみんなの働きを労うお祭りなんだ。毎日やってるよ。みんな今日も1日ありがとう、おつかれさまという意味合いで、地域ごとにやってるんだ」


「へえー……」



 音楽が聴こえてきた。ねずみたちが演奏しているようだ。楽器は、ぼくらの世界で見かけるものととても似ている。ギターのようなもの、トランペットのようなもの……。それにしても、演奏がとっても上手だ。



「ねえ、あそこまで行って、近くで聴かない?」


「ふふ、じゃあ行こうか」



 ぼくらはカフェの店員さんにエイコン3枚を渡して店を出た後、橋を渡って公園の近くまで行ってみた。だんだん、演奏の音が大きくなってくる。聴いていると、身体が自然に動き出してしまう。



「ねえねえ、彼らも音楽のプロなの?」


「プロって? あのねずみたちは、音楽が大好きなねずみたちなんだよ」


「すごく上手じゃん。あんなふうになるには、何年もかけて練習して上手くなるんだよね」


「そおかな? あ、ほら。楽団の人が呼んでるよ」


「え⁉︎」



 振り返ると、楽団のねずみがトランペットのような楽器を持って、話しかけてきた。知らない人に話かけられ慣れていないぼくは、少し警戒してしまう。だけど、ねずみたちの朗らかな表情を見ると、変に気遣う必要もないんだなと思えた。



「やあ! 君も一緒にこれ吹く?」


「え、え⁉︎ どうやって吹くんですか?」



 それでもあまりに唐突すぎて、ぼくは戸惑った。楽団のねずみさんはそんなこと気にもせず、陽気な声で答える。



「ふふふー。思いのままに遊びながら色々やればいいよ」


「あ、はい……」



 ぼくは言われるまま、思いのままに色々やってみた。始めは音が出なかった。だけど、色々試しているうちに……。



 プー! プァーー!



「おお、いい音だね!」



 すぐに音を出すことができた。それを見て、拍手する楽団のねずみさんたち。5分ほど、色々思うままにやってみたら、音を変える仕組みなどがすぐにわかった。とても面白くなって、夢中で色々吹いてみる。



 プー! プァー! プーーーー!



 これ、演奏にもう混ざれるんじゃないか……? みんなで一緒に演奏したら、絶対楽しい。楽団のねずみさんは、トムとナッちゃんにも声をかけてきた。



「さあ、一緒に君たちも!」


「わあ、笛だ!」


「やったあー!」



 楽団のねずみさんは、トムに横笛のような楽器を、ナッちゃんにはカスタネットのような楽器を渡し、ぼくらを案内する。



「うん! きれいな音してる。早く楽団のところへ行こうよ!」


「叩いたらパカッパカッて鳴るー! おもしろーい!」


「さあ! 行くよ! 一緒に、喜びの歌を奏でよう!」



 ぼくらは、楽団がスタンバイしているひな壇に案内された。両隣には、ベテランの演奏家ねずみ。目線の先には、たくさんの観客のねずみ。ぼくは思わず身構える。

 楽団のねずみさんは指揮棒を振り上げる。戸惑うぼくは、とりあえず楽器を構えたが、楽譜が無い。……どうすればいいのだ。ぼくは隣のねずみさんに思い切って話しかけた。



「あの、楽譜、無いんですか?」


「あはは、雰囲気に合わせて吹いたらいいと思うよ!」


「ええ……、そんな……⁉︎」



 あたふたしている間に、曲が始まってしまった。こうなったら、思いのまま、やるしかない。ぼくはリズムに身体を委ね、周りの音を聴きながら、思い切ってトランペットのような楽器を吹いてみた。……間違えたっていい。肩の力を抜いて、楽しむんだ。

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