優しい異世界に行った話

〜ねずみたちとの、まったりスローライフ〜
戸田 猫丸
戸田 猫丸

第2章〜ねずみの大家族と〜

第1話

公開日時: 2021年8月11日(水) 22:05
更新日時: 2021年8月31日(火) 09:56
文字数:2,532

 

 ねずみのおじいさん、おばあさん。おとうさん、おかあさん。そして5匹きょうだい……トーマスくん、モモちゃん、チップくん、ナナちゃん、ミライくん。

 幼い頃に読んでいた絵本に登場していたのも、確かに5匹きょうだい、みんなで9匹のねずみの家族だった。だけど1匹1匹の名前を知ったのは、ここに来て初めてだった。



「さあ、お風呂を沸かしに行くよ!」


「行こう、行こう」



 トーマスくんとチップくんに誘われ裏口から出ると、そこには住処の木の幹の外側にくっつけるように作られた、浴室があった。木で作られた、3匹分は入れる大きさの風呂桶の下に薪を入れて、沸かすようだ。浴室の外側の風呂桶から上の部分には、縦に細長い柱が一定間隔で天井に繋がっていて、その隙間から外の景色が見える。半分に切った竹で作られた水道が、柱の隙間を通って、風呂桶につなげてある。



「さあ、薪を入れるよ。マサシ兄ちゃんも一緒にやろうよ!」


「うん、やろう!」



 トーマスくんが次々に運んでくる薪を、チップくんと一緒に、オレンジ色に輝く炎の中にくべる。パチパチと音を立てて、風呂桶の中の水をあたためる炎。煙がぼくの方になびいて、思わずむせてしまう。

 薪で暖めるお風呂に入るのは、初めてだ。早く入ってみたい。

 おじいさんも、薪をたくさん持ってやってきた。



「お手伝いしてくれて、どうもありがとうね。お風呂がわいたら、みんなで入ろう」


「いえいえ、お世話になるんですからこれくらいさせてください」



 日が暮れて、空が藍色になっていく。

 竹の水道から水がジャバジャバ、浴槽に流れている。湯気の匂いと煙の匂いが混ざっていく。

 チップくんはお湯に指をつけ、温度を確かめている。



「あちち!」


「あはは! ちょっと熱かったかな? 軽くかきまぜようか」



 トーマスくんがぐるりとお湯をかき混ぜた後、ぼくもお湯に指を浸してみた。——うん、いい湯加減だ。



「マサシ兄ちゃんの着替えは、おかあさんが用意してくれたよ。タオルは……はいこれ」


「ありがとう、チップくん」


「それじゃあ、ぼくらは一足先に入ろっか!」



 ♢



 服を脱ぎ、かかり湯をして、ぼくはゆっくりと身体をお湯に浸していった。……身体の芯から、温まってくる。気持ちがいい……。細長い柱の隙間から流れ込んでくる森の空気を吸いながら、ぼくはゆったりお湯の中に体を伸ばす。


 後からおとうさん、トーマスくん、ミライくんも入ってきた。風呂桶が大きいから、みんなで入っても足を伸ばせちゃう。ざっぱーん! おとうさんが入ると、お湯があふれた。



「それー! いくよー!」


「わっ! ちょっとー!」



 チップくんの水鉄砲が、体を洗っているトーマスくんの顔に命中。末っ子のミライくんは一生懸命、おじいさんの背中を洗っている。

 肩まで浸かってぽかぽか温まった後は、ぼくも一緒に身体を洗う。わたあめのように石鹸をぶくぶく泡立てながら。



「マサシ兄ちゃんも背中洗ったげるね!」


「チップくん、ありがとね!」



 最近は湯船に浸かることもなく、シャワーだけで済ませていたぼくは、ねずみの家族と協力して沸かし、一緒に入った薪のお風呂に、何日分もの心の体の疲れを癒された。



「さ、そろそろ上がろうか。ほら、夕ごはんのいい匂いがしてきたよ」


「さんせーい!」



 ♢



 お風呂でさっぱりした後は、おかあさんが用意してくれた服に着替えて、広間へと戻った。部屋じゅう、シチューの匂いで満たされている。



「おかあさん、手伝いますよ」


「あら、ありがとう。じゃあ食器並べてくれる?」



 ぼくもみんなと一緒になって、夕ごはんの支度をした。熱々のきのこのシチューが、ぼくらを待っている。



「わあー、おいしそう! えへ、マサシ兄ちゃん、おなかすいた?」


「すいたすいた! おいしそうだね」



 広間の真ん中にある長方形のテーブルには、きのこのシチューの他にも、野菜の煮物、かぼちゃの煮付けなど、彩り豊かな品々が並べられた。

 準備も終わり、みんな席に着く。



「みんなそろったね。それじゃあ手を合わせて……」


「いただきまーす!」



 ♢



 夕食の時間が始まる。ろうそくが照らす1階の広間。テーブルを囲んで、談笑しながらそれぞれ料理を口に運ぶ。

 ぼくは、シチューを一口食べてみた。



「あ……おいしーい!」



 とろーり、口の中できのこの味がクリームと混ざってとろけ出す。適度な塩味とクリームの甘さとうまみが、たまらない。



「ふふ、おいしいでしょ。おかわりしていいからね」


「するするー! あぐっ……もぐもぐ」



 家族そろっての食事なんて、最近は全くしていなかった。

 ぼくの家族はいつも帰る時間がバラバラで、いつもぼくは1人で食事をとっている。母や弟と一緒に食べることがあっても、会話は全くない。ぼくはそんな窮屈で気まずい空間にいるよりも、1人の時間を過ごしたかったから、さっさと食べて自分の部屋に戻っていた。


 今は9匹の家族に混じって、みんなと話し、笑いながらの夕食。1人で食べている時とは、まるで味が違う。



「おかわり!」



 さすがは食いしん坊のトーマスくん、おかわり3杯目。負けずに食べないと、みんなトーマスくんが食べちゃいそうな勢いだ。



「ふふ、トムはほんとによく食べるんだから。みんなの分残しておいてね。マサシくんも、いっぱい食べてね」



 おかあさんはそう言って、トーマスくんの器に湯気が上がる熱々のシチューをよそう。ぼくも遠慮せずに、おかわりをお願いした。何杯でもいけちゃいそうだ。



「おかあさん、これ、本当においしいよ。また今度作ってるとこ、見せてもらえませんか?」


「おかわりこれくらいでいいかしら? ……ええ、もちろんよ。気に入ってもらえて嬉しいわ」



 何杯でも食べたくなるだなんて、作り方には何か秘訣があるに違いない。添加物のようなものは使わず、自然のものだけで作っているからだろうか。


 食べ終わると、またみんなで手を合わせる。



「じゃあ、ごちそうさまでした!」


「ごちそうさまでした!」



 ねずみたちは、食べる前と食べた後にみんなで手を合わせて、いただきますとごちそうさまを言う。それをちゃんとやったのも、多分小学生以来だ。


 ぼくも手伝ってみんなで後片付けをした後は、今度は長方形のテーブルの隣にある、一回り小さな丸いテーブルを9匹みんなで囲む。夕食後は、今日あったことをみんなでお話する時間だそうだ。

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