電子戦争【本編】

『戦争』が無くなった世界で殺し合う。
旦夜治樹
旦夜治樹

3話『個人指導(プライベートガイダンス)』1

公開日時: 2023年3月8日(水) 02:29
文字数:3,406

 入学式の翌日から授業は始まる。

 今日は退屈な座学と高等学校授業内容(カリキュラム)の大半を占める実技授業の初日。

 電子装備を展開するだけで教員から受ける授業は終わった。

 先輩にお願いする指導は、主に対象となる生徒同士が自習の時間を利用して行う。

 普段は教員が付き添うことはなく特別に教室が指定されている訳でも無いらしいが、初日という事で今日は指定された教室に対象者が集められていた。

 

 一部の生徒には感じないが、自習室として宛てがわれた教室には何か緊張の糸が張り詰めたような雰囲気が感じられる。

 それもそのはず。

 悪友──尭音の指導者、鳴沢(なるさわ)秋仁(あきひと)という人間は本来であれば会う事も難しい人間。

 

 電子戦争の世界大会において初出場から今まで敗北というものを知らず、勝ち続ける覇者。

 外見は諸事情で幼い頃から変わらない、可愛らしく幼い姿でも電子戦争の絶対的王者であり、選手としては珍しい格闘家という肩書きも持つ。

 僕は彼に対して緊張するという感覚はないのだが、その小さな人間の与えるカリスマは周りの人からすればそうもいかないらしい。

 鮮やかな赤色の髪と、深緑色の瞳を持つ彼──鳴沢秋仁は僕を見て軽く笑うと目線を逸らした。

 

 尭音に歩み寄り、何か言葉を交わしているのを見て室内の数人が羨望の眼差しを送っている。

 僕もそのひとりだと思ったのだろうか、桜川先輩が少しだけ不安そうに僕を見ていた。

 「……俺よりアイツがいい?」

 「全然。特に羨ましいとも思わないです」

 目を丸くした桜川先輩に代わって「分かる分かる、あいつ説明下手だから」いつの間にか現れた若草色の髪と瞳の少し童顔な先輩が口を挟んできた。

 桜川先輩のようにキラキラとした二枚目的人物が居なければ、余裕で美形の部類に入るのでは無いだろうか。

 「桜川君もそう思わないか?君は昨年度の指導を秋仁にお願いして断られた。だから俺が声掛けて担当した訳だけども」

 若草色の先輩はどうやら桜川先輩の指導を担当した先輩らしい。

 桜川先輩が「確かに松枝(まつえ)先輩の仰った通り、何故か俺の自主練に絡んできたんですよね」どこか遠い目をしていた。

 松枝先輩というらしい先輩は電子装備を展開しながら鳴沢秋仁に近寄り「よう秋仁、準備運動しないか?」模擬戦の申請画面を表示させた。

 

 

   試合申請者:松枝大介

   対象:鳴沢秋仁

   展開段階指定:1段階

   試合時間指定:3分間

   勝敗判定指定:死亡・フィールドアウト

 

 

 展開段階の指定は1段階──第一展開という条件は電子戦争にしては珍しい。

 電子装備の展開には段階が存在する。

 第一展開はモチーフの尻尾や耳がふわふわと浮くだけなのだが、第二展開は武器を出せる。

 第三展開は世界中に10人ほどしか居ないものの、電子装備を展開時に服が変わり、圧倒的な力を持つ。

 

 電子戦争は第二展開が出来る人間である事が参加の必須条件。

 1段階での展開試合は単純なる体術でのみの試合となるが、鳴沢秋仁は武闘家。そもそも展開段階に関わらず武器を使わない戦闘をするのもあり、どう考えても松枝先輩の劣勢になる訳だが。

 あの鳴沢秋仁に模擬戦を申し込むなんて、と周りが騒がしくなる。申し込まれた本人は半分呆れた顔で「いや、勝敗決まってるでしょそれ……あ、そういうことか」嫌々承認した。

 

 模擬戦用に専用のフィールドが展開される。

 試合開始の合図と共に、二人の先輩方は様々な体術での戦闘を繰り広げ──

 何か、とてつもない違和感を感じた。理解出来ない、気味の悪い違和感。

 試合開始から1分が経過した時、やっと違和感の正体に気が付いた。

 電子戦争での覇者、王者とも呼ばれ、最強を誇る人間の得意分野に一般生徒が挑む。

 本来であれば戦いにすらならない可能性もあるというのに。

 

 ──何故、あの先輩は戦っていられる?

 

 体格の差はあると思うが、それだけで互角に戦えるものだとは思えない。

 考えられる理由は、その王者が手を抜いていて戦闘を楽しんでいること。ただ、僕は直感的に『鳴沢秋仁の実力は絶対的ではない』という判断をした。

 少なくとも展開段階を合わせた戦闘では絶対的な力を振るうことが無いのではなく、出来ないのでは無いか、と。

 松枝先輩の掌底突きが、小さな高等学生をフィールド外へ突き飛ばした。

 

 

 試合終了

  試合時間2分47秒

    勝者:松枝大介

 

 

 勝敗を告げる仮想画面が表示される。

 少し離れた所でひっくり返っていた人間をつつきながら、松枝先輩は笑った。

 「お前また稽古サボったろ?」

 「だから結果は決まってるって言ったじゃないか」

 電子戦争の絶対的王者であったはずの人間が、得意分野である筈の格闘で一般生徒に負ける。

 信じ難い現実を目の当たりにして周りが口をあけて見ている中、幻想の類を彼に対して持たない僕は"そんな事もあるんじゃないかな"なんて考えて、桜川先輩を見るのだが。

 「負けた……嘘…だろ……」

 ……先輩が現実を直視できていなかった。

 

 それぞれが担当の先輩に戦闘を通して様々な事を教えてもらう中、僕は武器の持ち方を指摘され、逆手持ちに武器を持ってみた。

 打ち合っては落とし、落としたら再召喚、そしてまた落とすという、みっともない流れを繰り返していた。

 

 僕の電子装備の武器は対(つい)のサバイバルナイフ。

 1本でいいのにどうしても2本出てきてしまうのは困り物で、仕方なく両手に持つか片方置いていた。

 両手武器を扱うなら両手武器を扱っている人間にという桜川先輩の考えは正しく、授業で習った持ち方で持つより、頻繁に落とす事を除けば逆手持ちにしてみると中々戦いやすい気がする。

 チャクラムというんだったか、桜川先輩の武器の円状の刃物を受ける度に手が痺れてくるが受けられないことも無くなった。

 「少し休憩しようか」

 先輩がにこやかに武器を仕舞い、仮想画面を表示させ、お洒落な庭先に置いてある様なアンティーク調の椅子とミニテーブルを選択。設置すると腰を下ろした。

 

 ご丁寧に僕の分の椅子まである様で、アフタヌーンを彷彿とさせる優雅なテーブルの上には高そうなカップに高そうな紅茶まで入っている気がする。

 ──ここはお茶会か何かだろうか?

 「まあまあ、掛けなよ。砂糖はいくつがいいかい?」

 「ノンシュガーで……」

 促されるままに座る。教室は仮想空間で拡張してあり、屋外をイメージした空間になっているので凄く心地が良いのだが……ものすごく恥ずかしい。

 

 「富士宮、君はお兄さんと決定的に違う所があるけれど、それはなんだと思うかい?」

 

 桜川先輩が、僕が一番嫌いな人間の事を口にした。

 兄と違う所。

 僕の兄、富士宮(ふじのみや)春斗(はると)は僕とは何もかもが違う。

 天才で、電子装備も強い物を持っていて、実際強くて。周りから愛される人間。助けを求めている人がいれば、必ず手を差し伸べる、お人好しで善人。

 電子装備は本人の精神を可視化したものであり、そこに込められた意思が強ければ強いほど、強力な武器を創り出すことが出来る。

 

 上品な香りで、綺麗な色の紅茶の味が、一瞬にして分からなくなった。

 「才能、ですか?」

 声が震えた。何もかも、僕はあいつに敵わない。

 だけど、認めたくはない。

 だからこそ、彼と同じ道に進んだ。自分の電子装備が電子戦争をやる上で非常に不向きであることを知りながら。

 唇を思いっきり噛む。何もかもが違う、分かってはいる。けれど、認めたくはなくて。

 

 僕の気持ちとは裏腹に、桜川先輩は軽く鼻で笑うと「悪いけど富士宮先輩……春斗先輩にそういった類のものは無いんじゃないかな。逆の才能はあるだろうけど。そもそも電子戦争の才能ってなんだ?人を躊躇なく殺せることか?」紅茶を1口飲む。

 「少なくとも……少なくとも、それを終えての高等学校だ。君も覚えているだろうけど、それに耐えきれなかった人間は居ただろう?ここにいる時点で電子戦争をやる才能はあるんだよ。でも、俺が春斗先輩と君の違いと言いたいところはそこじゃない」

 

 電子戦争が人を殺す為の競技なら、春斗にあるのは人を救う才能となるか。

 それは賞賛されるべきものだろう。

 はっきりと、言えればよかった。僕には人に誇れるものなんてありませんと、はっきりと言えれば。

 

 「富士宮夏樹君、君の根底にある感情は何だい?それと向き合う事が大切だろう。どんなに醜いと思いながらも、しっかりと向き合う事」

 先輩が立ち上がった。

 「休憩おしまい。もう一度、武器を握ってみようか」

 言われた通り武器を出し、残りの時間を先輩と武器をあわせながら過ごした。

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