仮想的とはいえ、電子戦争は殺し合いの競技。
殺し合いからは縁遠いように感じるが、一応学生でもある訳で。
帰りのホームルームが終われば部活動が始まる所は一般的な学校と変わりはない。
僕はあまり興味が無いから、野暮用を済ませてさっさと帰ることにする。
学生棟からすれば、電子空間の維持の為の機材が集中する建物である関係で人気の少ない職員棟。
電子戦争をやりつつ何処でそんな資格を取ったのか検討が付かないが、卒業後すぐにこの学園で働く事を選んだあいつとは出来る限り関わりたくない。
「宿直室ってどこだ……」
ため息をついた時、突如目の前を大きな荷物を抱えていた生徒が床に顔面を押し当てるように突っ伏した。
荷物の中身は周囲にぶちまけられ、それなりに距離のあったはずの僕の足元にも何やらケースのようなものが転がってくる。
その転び方があまりにも痛々しいというか、周囲の惨憺たる状況も相まって思わず声をかけてしまう。
「………大丈夫…ですか?」
彼はすぐに起き上がり、鼻血を流しながら軽く微笑むと「……大丈夫」すぐに手巾をあて、周囲の物を拾い集める。
長時間桜川先輩を見ていたから驚くほどの美形というほどでは無いが、高身長とは裏腹に少し幼さを感じる可愛らしい顔立ちをしていた。
普通の女子生徒なら先程の微笑みで何人の心を動かせるだろう。
流石に眺め続けるのもどうかと思うので手伝うが、彼が箱を持ち上げようとした時に気づいた。
「それ、すごく重いんですか?」
「……へ?」
電子装備持ちは身体能力が高い。
電子装備持ちになった瞬間から少しずつ肉体が強化されるというか身体能力が上がってゆき、素晴らしく重いものも持てるようになるのだが、個人差がある。
電子装備持ちの使う道具やらは正直いって一般で使われる道具とは丈夫さが桁違いであり、外見は同じでもそれなりの重量がある。
一瞬の間があったあと「ああ、うーん……でも、頼まれちゃったから」困ったように彼は笑った。
何故か彼の雰囲気というか印象というか、どうしてもお節介を焼きたくなるという謎の感覚に陥ってしまう。
「良かったら、運ぶの手伝いますよ」
明日槍が降るかもしれないと、自分で思う。
「……ありがとう」
ゆっくりと差し出された荷物を受け取る。荷物は拍子抜けする程軽かった。
彼──常葉(ときわ)先輩は自分の身体能力強化が多少運動神経がいい一般人と何ら変わりがない程度だと話してくれた。
電子戦争をやる上では途方もないハンデといえるのだが、それでも一軍生徒の証である黄色いタイをしているということはハンデを超える何かがあるのだろう。
荷物の運び先は音楽準備室だった。
沢山の楽器が並んでるかと思いきや、コードや消耗品の類が多少ある程度だった。
僕が準備室の中を不思議そうに見ていると、常葉先輩が運び込んだものを片付けながら「定期的に手入れが必要なものを電子化して保管すると劣化を抑えられるし場所も取らない。楽器を電子化するのに抵抗がある人は多いが、中々便利なんだ」説明してくれた。
「な、なるほど……」
「普通の学校じゃ、電子化する為の電子変換機材を入れる方がコストかかるけど、うちは特殊だし、あっちこっちに電子化端末もある」
ふと、常葉先輩の動きを見ていて気になったことがあったが、気付かなかった振りをして視線を逸らす。
「それ、気になるのかい?」
先輩はつい先程まで自分に視線が向いていたことなど気付かない様子。視線を逸らした先に置いてあったものへ興味を持ったのだと勘違いしてくれた。
「いえ、別に………」
答えてから、ちゃんと聞けばよかったと思った。なんで音楽準備室に土偶なんてあるんだろう。
先輩は、片付けが終わると宿直室へ案内してくれた。
「一般生徒は立ち入り禁止だけど……」
「僕も荷物運びなので大丈夫です」
綺麗に整頓された机へ電子化した書類を叩き付けて人使いの荒い狐からの頼みを終わらせた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌日。
教室で色々な部活動からの勧誘チラシを眺めている悪友に声をかける。
かけられた本人は「夏樹(なつき)の方から声掛けて来るなんて明日は槍が降るな」失礼なことを言うが、実際珍しいことではあるので言及はしない。
今日槍が降らなかったので、きっと明日も降らないだろうし。
「尭音、今日の放課後時間ある?」
「今日って昨日から宣伝してるアレか?俺も気になってたんだよな」
「じゃあ決まりだね」
自分の席に戻る時「素直じゃないな」なんて背後から悪友の言葉が聞こえた気がしたが、気のせいだと思う。
放課後。
先日の入学式が行われた講堂には簡易的なステージのようなものが現れ、活気というものが無駄に溢れていた。
どう見ても演奏をやります!と言った具合のステージで機材や楽器が並んでゆくのを尭音と一緒に見ていると、案内役の先輩に1年生専用の観客席へ座るよう促された。
案内に従って歩くいていると、突然後ろから「夏樹じゃないですか。捕まえましたよ」腕を掴まれた。
青空の様な綺麗な瞳に、さらさらの金髪は肩につかないギリギリの長さで綺麗に整えられている女子生徒。
掴まれた、と優しい表現をしたが実際は捕縛されたに等しい。
「僕は何も見てない」
彼女の身体能力強化は僕より強い。
大振りの武器を持ち、軽々と振り回す怪力少女に並の僕が叶うはずはない。
「いいえ、私は見ました。バッチリ見ました」
「見なかったことにしよう、その方が幸せになれる」
「少なくとも私は会えた方がハッピーです」
「僕はアンハッピーだから」
尭音が面白そうに「夫婦喧嘩は犬も食わないっていうぜ」とんでもないことを言うものだから「夫婦じゃない」否定する。
これには流石の彼女も否定を「まだ夫婦じゃありません!」してる様でしてないな?
「彩乃(あやの)、夫婦になる予定もないからね?」
「分かりました!挙式は海外で行いましょう!お父様も島ひとつ買うくらいの挙式にすると言っていましたし!」
……ダメだこりゃ。
「彩乃、間違いに気付こう?そんな物理的に大きな買い物しなくていいから」
「間違いですか?まずは既成事実から?」
「有名財閥のご令嬢がそんなこと言っちゃ駄目でしょ」
周りをみると案内役の先輩は少し困ったように笑っていて、騒いでしまった事に申し訳ないと思う。
いつから居たのかは分からないが「御坂(みさか)さん、知り合い?」見知らぬ男子生徒が口を挟む。
彩乃に男子の知り合い……クラスが違えばそういう事もあるだろう。クラスメイトとの交流も大事だし。
僕の周辺人物の顔面偏差値が高い関係でくすんでしまうが、整った顔立ちの人気のありそうな顔の男子生徒だ。
「はじめまして。俺は白浜(しらはま)朝来(のりゆき)だ。よろしく」
白浜君に向けてぱあっと明るく笑う彩乃を見て何故かもんやりとした気持ちになりながら、こちらも名乗ろうとした時だった。
わりと豪快な音を立て、荷物をぶちまけた生徒がいた。
何となくデジャブを感じつつ、音のした方を見る。
……またでした。
案内役の先輩が転んだ生徒に駆け寄る。その体勢だともう少しでスカートの中が見えるので、もう少し腰の下ろし方に気を使って欲しい。
「遙(はるか)君!ひとりで運んじゃいけないってあれ程言ったよね!」
「え、えっと…すみません……」
叱られてしょんぼりと荷物を拾う生徒は、昨日僕が荷物運びを手伝った先輩。
この先輩わざとやってないよな?
──流石にそれはないか。
黙って眺めていたはずの僕は、自分で自分の行動に驚く事になる。
「………大丈夫ですか?」
数歩先に落ちていた荷物のひとつを拾い上げ、声を掛けていた。
普段なら、見て見ぬふりをすると自信を持って言えるのだが、やはりどうしてかこの先輩には世話を焼きたくなってしまう。
拾った物を渡すと先輩は恥ずかしそうに笑みを作り、受け取ってくれた。
案内役の先輩が、常葉先輩の頭を看板を持ってない方の手でぽんぽんと軽くなでる。
「ごめんね、この子少しそそっかしくて……」
「気をつけてはいるんですけど……すみません」
常葉先輩は、ばつが悪そうに笑った。
どうやらよくあることのようで、彼らの中で長身の先輩は"そそっかしい男の子"という扱いなのだろう。
控え室の様になっていた講堂の準備室から、勢いよく女子生徒が駆け出してきて「遙(はるか)ちゃーん!また転んだのか!大丈夫かーっ!」多分転んだ衝撃よりも強い衝撃を与え、昏倒させるのをみて、そっと僕は皆の場所へ戻る。
「うおーっ!遙ちゃんがーっ!奈々(なな)!どーしよーっ!」
ゆっさゆっさと揺すられる常葉先輩。
「旭(あさひ)、あんたがトドメ刺してるから……」
この人、よく漫画で見かける『ハーレム属性』というものを持つ人間なのではなかろうか…?
固まっている白浜君の目の前で彩乃が手をひらひらと動かしている。男女関係なし、ということか。
脳内で「常葉先輩は危険だ!」とメモしておく事にして、さっさと椅子に座った。これ以上影響を受けるまい。
……なんて、小説じゃあるまいし。
用意されていた椅子に腰を下ろした。
最初は考古学研究部の太鼓のような楽器の演奏。力強く演奏しているのでなかなか見応えはあるのだが、善し悪しは残念ながら分からない。
次々に楽器を使う部活動が演奏してゆき、吹奏楽部の演奏が始まり、見事に合わせられた金管楽器の音が講堂内に響き渡る。
勧誘活動も兼ねた演奏会。
様々な部活動が合同で行っているそれは何年も続く伝統であり、他の部活に所属する上級生も楽しめるイベントと化しているのだと、昨年までこの学園の学生だった兄が言っていた。
先程の突撃先輩がマイクを持ち「今年はちょっと珍しいことやっちゃいます!」合図をすると、舞台袖から生徒が数名現れた。
その中には常葉先輩の姿もある。
「軽音楽部とコラボして演奏しちゃいまーす!」
スピーカーからの音割れギリギリのアナウンスに、上級生達から歓声があがった。
吹奏楽部と軽音楽部の合同演奏は大いに盛り上がり、その後の軽音楽部だけの演奏が終わるまで講堂内は人で溢れかえっていた。
この学園で一番人気の部活動。最後を飾るだけはあった。
演奏会が終わると彩乃が興奮気味に意見を求めていたが聞こえないふりをする。
悪友の何やら得意げな言葉も僕には聞こえない。全く聞こえない。
白浜君は弾ける楽器がないと呟いていた気がするが、残念ながら僕の耳には全て聞こえないので慰めもしない。
映画を観たらグッズを大量に買い、後からどうしてこんなものを買ったのか分からないと頭を抱える典型的なパターンだろう。
まだ熱の残る講堂から逃げ出そうとしたが軽音楽部の部室へと連行される。
尭音と彩乃の捕縛に面倒臭いなと思いつつも大人しく従った。
予想通り軽音楽部の部室は人で溢れかえっていたが、殆どは見学の様子。
全員の体験入部を受け入れてしまうと許容範囲を超えるとかなんとかで希望者には整理券なるものが配られていた。
彩乃と尭音が調達してきたそれを受け取る。
……押し付けられたというのが正確かもしれない。
整理券に書かれた日付は明後日。
明後日、明後日かぁ。
「明後日はちょっと腹痛で早退する予定がありまして」
断ろうとするが、バッサリと彩乃に切り捨てられてしまう。
「生姜湯でも飲んでください。効きますよ」
「……はい」
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