電子戦争【本編】

『戦争』が無くなった世界で殺し合う。
旦夜治樹
旦夜治樹

22話『甘味の記憶』

公開日時: 2024年9月28日(土) 14:43
文字数:4,153

  電子戦争団体戦の時間。チームエリアでお菓子を食べる幼なじみに、結局ハンドサインでの行使はできたのか訊ねた。

 どうやら、あの後最終下校時刻まで粘ったが出来なかったらしい。


 「そんなに練習ばっかりやって、平気?」

 「うーん、ちょっとまずいかも?だからいっぱい食べてるよ」

 三大欲求は他の欲求で多少緩和できるというのがこの人の持論である。本当にそんな効果があるのかは分からない。

 「夏樹もたべる?」

 食べかけの棒状のスナック菓子を差し出された。メイプルシュガー味らしい。

 「遠慮しとく」


 『鳴沢秋仁』という人間は、僕と知り合う前から質量化出来ない不具合に身体を蝕まれている。

 人間というのは数日眠らなければ幻覚を見始め、さらに眠らなければ精神に異常をきたすと言われているが、この人は少なくとも不具合を発生させたであろう10年前から寝ていないことになる。

 10年間生身が成長することは無いせいで、外見上は6~7歳といったところで止まっている。

 6~7歳にしては少し小柄でありながら力はあるので、恐らく電子装備による身体強化値が高いのだろう。

 いくら食べても太らない彼は、よくお菓子を食べている。

 食べすぎではないかと思うほどに食べている。

 そういえば、昔はあまり甘味の類は食べていなかったような気もする。むしろ苦手だったはず。

 甘味を好んで食べるようになったのは、去年の夏から秋にかけての頃だっただろうか?

 「ねえ、秋仁さん……去年の夏、何かあった?」

 「……ぅ?」

 きょとんとお菓子を頬張りながら、秋仁さんは首を傾げた。

 「あ、いや、秋仁さんって昔はあんまり甘いお菓子も食べなかったでしょ?それに、今みたいに砕けた言動はしなかった気がして」

 秋仁さんの動きが止まった。一瞬、何か恐ろしいものを見るような目をする。

 「秋仁さん?」

 突然、秋仁さんが頭を押さえながら叫ぶ。

 「……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!!『鳴沢秋仁』が、甘いお菓子を用意していれば!!!!ずっと持ち歩いていれば!!買いに行かなければ!!!すぐに戻っていれば!!!甘味に興味を持っていれば!!!ごめんなさい、ごめんなさい!!!ごめんなさい、お兄ちゃん!!!!お兄ちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい!!!!」

 「あ…秋仁さん?!」

 「ぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!」

 声にならない叫び声と共に床に崩れた幼なじみを見て、最悪なことが頭をよぎった。

 秋仁さんが『お兄ちゃん』と呼ぶ相手のことは覚えている。春斗の彼氏以外に居ない。

 秋仁さんが電子装備を展開した。

 「…………お兄ちゃん、ごめんなさい…」

 剣を召喚し、自身の首を胴体から切り離す様子を、見ているしかできなかった。

 死亡判定を告げる画面が現れ、損傷視覚効果が秋仁さんのちいさな身体を包み込む。

 数十秒後、視覚効果が収まると共に首と胴体の繋がった秋仁さんが光の中から現れ、ゆっくりと目を開けた。

 「あれ?えっと…なっちゃん………どうしたの?あ、このクッキー美味しいよ、たべる?」

 『最近の秋仁さん』だった。


 遅れてやってきた真冬さんとアリサさんに、顔色が悪いと心配された。

 大丈夫だと笑って見せたが、幼なじみのあんな一面を見てしまって正直どうしていいのか分からない。

 「なっちゃん、さっきからなーんか考え事してるみたいなんだよねぇー」

 秋仁さんが他人事のように、お菓子を食べながら僕の顔をじっと見る。

 流石に本人にもう一度訊ねる訳にもいかないので、目の前にあるクッキーを口にする。

 最近の秋仁さんは、酷く人間じみていると思う。

 よく笑うし、よく冗談を言う。親しみやすく人懐っこい上に抜けているところがある、そんな可愛らしい存在。

 僕が覚えている幼なじみは、冷静で、冷淡ながらも稀に酷く優しい面を見せる、そしてどこか甘えん坊。そんな人だった気がするのだ。

 ほんの少しだけ気持ち悪さを覚えながら、紅茶を流し込んだ。


 『盟約』を結ぶ時、気になっていたことがある。

 秋仁さんが初めて結んだ気がしないと言っていたとき、遙さんは何かを知っていたようだった。

 遙さんや春斗に聞けば僕の仮説が正しいことは証明されるだろう。

 しかし、その仮説が本当に正しいなら、むしろ何もしないのが正解だと思う。

 僕の答え合わせの自己満足でしかない。正直、正解だったとしても僕にできることは何も無いのだ。

 秋仁さんがどうしてあんな風になったのかも何となく察しがつくから、なるべく触れないようにしようと思った。

 ──電子装備持ちの自死は、よくある事なのだ。

 そして、よくある事だからこそ、非常に仲が良かった者以外は『誰も気に留めない』のだ。

 電子装備持ちは『死に鈍感であるべき』なのだから。


 多分、あの幼なじみが活動できる時間は残り少ないのだと思う。

 10年以上寝ていないせいか、兄のように慕っていた人間が居なくなってしまったからか、もしくは両方か。

 少しずつ壊れていく幼なじみに、僕が何も出来ないことを悔しく思う。


 座学の授業は退屈。板書に表示されているデータを受け取っているのだから紙束に直接書き写す必要はなく、先生の解説を聞くだけになる。

 つまり、途方もなく暇である。身体を電子化しているから眠くはならないけれど。

 何となく校庭を見ると、どうやら2年生の体育が行われているようだった。

 秋仁さんの姿は見えないから、恐らくSクラスとAクラスの混合。

 知っている姿を複数見つけた。

 しばらくすると他生徒から離れて木陰に腰を下ろす生徒がいた。遙さんだ。

 事前に木陰に置かれていたバッグから、ブランケットを取り出し、羽織った。

 遙さんは、ぽかぽかとした陽気の中で暫くは眠気に抗ってはいたが、いずれ船を漕ぎ始める。

 ──いや、そっちも授業中なのでは?

 校庭をランニングをする他の生徒は気に止めていないようである。

 いつもの事なのだろうか?

 ランニングが終わり、休憩になったのだろう。数人の生徒が遙さんに近づく。

 突っつかれて慌てて起きる遙さん。

 バッグから水筒を出されて飲まされているし、バッグから取り出した体温計を突き刺されていたり、なんというか介護の様な状態である。

 そういえば、遙さんは身体が弱いからあまり無理をさせないように、なんて秋仁さんが言っていたっけ。

 ぼんやりとしながら、残りの座学の授業時間を過ごした。



 放課後。バンドメンバーだけが居る音楽室。準備をしながら雑談をする。

 何となく、今日校庭で見た光景の話をした。

 「………ぁぁ…ついうっかり」

 遙さんは書類をひとつひとつ確認しながら、とてもバツが悪そうな顔をする。

 彩乃がチューニングをしながら「つまり、遙は居眠り常習犯という訳ですか?」苦笑していた。

 「体育の時だけだ。ぽかぽかした天気だと、ついつい眠くなって」

 ブランケットまで用意している時点で寝る気満々のような気はするが、あくまで"うっかり"らしい。

 「先生に何か羽織っておけって言われて一応ブランケットを持ってきたら心地が良くて、更に眠く……」

 まさかの先生公認とは恐れ入る。

 身体能力の強化度合いによって生身での運動は授業内容が多少変更されることがあるが、遙さんの場合は「もしかして、病気だったりすんの?」尭音が僕が思っていたことを言ってくれた。

 遙さんは「そんなところ。激しくは動けないし、体力はないよ。生身での俺は何も出来ないと思ってくれていい」部長としての仕事を次々にこなしていく。

 何処か儚げな印象は、虚弱体質と病気によるものだったのかと納得する。

 遙さんの仕事が終わり次第、練習を開始した。



 翌日の電子戦争団体戦の時間。

 普段は上級生との混合チームに加入している生徒が上級生より早くチームエリアへ移動出来るよう、朝のホームルームは短めなのだが、今日は少し長引いてしまった。

 おかげで最後に到着してしまう。

 「……どうしたの?」

 チームエリアの空気がいつもと違った。

 ちいさな幼なじみが、待ってましたと言わんばかりに見慣れない書類を突き付けてくる。

 「なっちゃん!!みてみて!!決闘申請がやってきました!」

 確認するとSクラスのみで構成されたチーム『Downskyダウン スカイ』による決闘申請の書類。

 どうやら、以前彩乃と決闘をした生徒の名前もある。

 真冬さんが「私が彩乃ちゃんを勧誘した事、押水さんが根に持ってたみたいで……私Aクラスじゃん?特待生じゃん?やたら絡んでくるなぁって思ったらこうなりました」簡単に事情を説明してくれる。

 うん、訳が分からない。

 秋仁さんが楽しそうに書類へサインをしていく。

 「真冬のせいじゃないと思うなぁ。実は焼き鳥…じゃなかった、『Phoenixフェニックス』からも同時に決闘申請が来てるから、恐らく連合戦だね」

 「まさか、両方受けるの…?」

 「勿論!だって連合戦だよ?中々ないよ?」

 連合戦ということは、恐らく『Phoenix』と『Down sky』を同時に相手にすることになる訳で。

 「めちゃくちゃ不利じゃない…?」

 「それくらい『花鳥風月うち』から勝利をもぎ取りたいんだと思う。まぁ、返り討ちにしてあげましょう!」

 署名の終わった紙が電子化され、そのままメールにのせて然るべき場所へと提出された。


 『Down sky』も『Phoenix』も、どちらも非常に強力なチームだ。

 電子戦争の世界的覇者と戦う為に連合を組んだのかもしれないが、秋仁さんは僕の目の前で一度、展開段階を揃えた状態で負けている。

 学内電子戦争では、第三展開までは行わないはずだから、非常に不利なのではないだろうか。


 電子戦争団体戦の時間でもあるから決闘申請はすぐに受理され、驚く事に10分程度で決闘が開始される事になっていた。

 秋仁さんが凄く笑顔で「今まで勝ってきたというだけで、うちのチームは勝たなきゃいけないという決まりは無い。楽しまなきゃダメだよ!」提示された決闘内容を眺めていたが、すぐに嫌そうな顔をした。

 「鳳来寺あいつの得意なエリアを指定してきたか……こちらも『Cry thunder』と連合を組む可能性を考えたかな?」

 フィールドの指定を見ると、原生林となっていた。

 「なにかまずいの?」

 「『Phoenixフェニックス』のリーダー、鳳来寺東栄ほうらいじ とうえいのスキルは《庭師ガーデナー》だからね。植物を好きに動かせるから、凄く相性がいい」

 「植物だらけのフィールドだよね?」

 「まあ、なんとかなるって」

 ………これ、想像以上の不利なのではないだろうか。

 

 

 

 

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