電子戦争の戦場は、電子的なデータの集合体であり、匂いを感じたとしても数値的な再現によるものでしかない。
鬱蒼とした森林で土と木の葉の匂いが漂っていたとしても、それは再現に他ならないのたが。
幼なじみが上機嫌に深呼吸をしていた。
「いやぁー!フィールド指定した甲斐があるってもんだねぇ」
美形というのは何をしていても映えるのってズルい。
「別に指定しなくても良かったんじゃない?」
「ダメダメ、指定しないと《荒廃都市》になっちゃうし」
一体どういう意味なのか訊ねる前に、秋仁さんが電子装備を展開し《司令塔スキル》を行使した。
空中に現れる複数の仮想画面。
鳴沢秋仁という人間は、この仮想画面を常識の範囲を超えた枚数表示させることが出来る、筈なのだが。
「………2画面なの?」
「2画面なの」
「なんで?」
そもそも2画面表示させるだけでも非常に高度な技ではあるものの、彼にしか出来ないような無数の画面が出てくると思っていたせいで面食らってしまった。
「『Cry thunder』は遙以外のメンバーが初のチーム戦だと思うし、これは交流試合でもあるからね。尭音君の枚数に合わせただけ。それから夏樹、3秒後に右へ1歩避けて」
「は?」
反応が少し遅れた。
肩の辺りを何かが横切り、視界の隅にかすり傷程度の損傷視覚効果(エフェクト)が現れる。
恐らく狙撃されているのだろう。電子装備を展開し、周囲に薄く薄く電気の膜を張る。
《狙撃手スキル》をセットしていたのは豊橋さんだったか?
周囲を見渡すが、矢のようなものは落ちていない。
秋仁さんが拍手をする。
「いやぁー!珍しい!凄い!もうすこし狙いが正確なら、って感じだね!」
避けないと当たっていたと思ったが、もしかして先程の狙撃は秋仁さんを狙ったものだったのだろうか?
「音を消してもウサギは耳がいいんだ。まあ、そうじゃなくても何発も撃ってれば気付かれるし、音だけじゃなくて火薬の匂いだってする。次からは風下に陣取る事かな」
秋仁さんが仕込み杖の剣を取り出した。
何も無い方向へ跳躍し、剣を一振する。
豊橋さんの死亡判定の告知メッセージが秋仁さんの近くに表示され、すぐに消えた。
「交流試合なんじゃないの…?」
相手を即死させたら交流もあったものではないと思うのだが、秋仁さん的には十分交流していたつもりのようで「だから暫く撃たれてたんだけど?」首を捻っていた。
秋仁さんが普段過ごす戦場は学生のそれとは比べ物にならないものだ。
春斗はその差に苦労しながら戦闘しているわけで。
「世界大会レベルで考えられたら交流どころじゃないよ」
「そう?」
秋仁さんが剣を地面へ突き刺した。寝違えた時に感じるような痛みを一瞬感じる。
「ねえ夏樹、今一瞬嫌な顔をしたね。共闘することがなかったから、この鳴沢秋仁は富士宮夏樹という選手の特性を知らない。周囲に電気を通したのは索敵のため?それとも攻撃のため?」
僕が張った薄い電気の膜は、索敵に使うにはあまりにも精度が悪い。出力を上げれば地面からの広範囲攻撃として使うことは出来るが、その場合敵味方関係なしにダメージを与えてしまう。
秋仁さんは剣で膜の一部を刺すことで自分の立つ位置に電気が通らないようにしている。
そんな回避方法があるとは思わなかったし、短時間で何故気付いたのか恐ろしく感じる。
「ふたりとも、お互いのことをよく知っていながら、全く知らない。そう思わないかい?」
「秋仁さんの戦闘情報はよく知ってるけど……」
僕の戦闘情報は少ないが、秋仁さんは世界的選手だ。当然の様に沢山の人間が分析している。
それでも対策をいくら練ったところで意味の無い強力な選手だからこそ、この人は絶対的地位を確立しているのだ。
「もっと、もっと、この鳴沢秋仁という存在を、夏樹には見て欲しい」
「見てるよ。昔から」
秋仁さんが少しだけ悲しそうに微笑んだ。
暫くすると、真冬さんから通信が入る。
そのまま合流するのかと思いきや、秋仁さんは地図を確認しつつ移動を指示した。
回復系スキル持ちは司令塔のそばに居る事が定番である。
しかし現在秋仁さんの隣に居るのは僕だし、あまり戦力が固まってしまうのも良くないし、一般的な生徒であれば『鳴沢秋仁』という存在に損傷を与える事が出来る可能性の方が低いというのは事実。
遙さんと遭遇すれば話は変わるだろうが、恐らく秋仁さんは遙さんの居場所を既に把握しているのだろう。
つまりは、直接的な戦闘能力のない《司令塔スキル》をカバーするはずの立ち位置で、僕は逆に護られている。
戦力にならない自分に苛立ちを覚えた。
ただ、その場にいるだけ。
地面に刺した武器を回収しようとした、その時だった。
時々ぱちりと音を立てる地面を見ながら、秋仁さんが訊ねてきた。
「ねえ、電気を薄く拡げられるなら、纏める事は出来るの?」
「分からないけれど、やってみるよ」
地面に刺した武器を回収し、周囲に拡げた電気を解除する。
アニメや漫画の様に、電気の塊を創り出してみる。
出来ない。
やはり空想上のものと現実では違いがあるし、そもそも電気なんて掴めないものをどう集めればいいのか。
悩んでいると、秋仁さんが「わたあめみたいに、ぐるぐるっと、電気をナイフに巻き付けてみるとかどう?」案を出してくれた。
なるほど、わたあめとは想像しやすい。
「やってみる」
今度は成功。
ナイフを核として、電気の塊ができた。
出来たは良いが、これどうしよう。
とりあえず投擲しようとするとナイフは閃光を放ちながら爆発する様に進み、深々と木に突き刺さった。
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