息を殺し、存在を殺し、小さな刃物の存在を確認した。
赤い髪に深緑色の瞳を持つ男子生徒に大振りの剣を持った人間が襲いかかる。
男子生徒はひらりとかわし、二階建ての建物の屋根上へ一気に跳躍すると、剣の使い手をその場から見下ろした。
くすりと笑いながら「殺気を殺しきれてない。殺すならなにもかも殺さなきゃ」圧倒的力差を見せつけるかのように振る舞う。
完全に、僕は警戒されていない。
完全に、僕は存在すら気づかれていない。
僕は潜伏場所から一気に近寄り、月明かりに照らされた標的を見て悪態をついた人間の首を一瞬で切り落とした。
「──ほら、夏樹みたいにさ」
電子化した肉体は、負傷したところで血は流れない。
電子化した肉体は、致命傷を負ったところで生命が脅かされることは無い。
仮初の命で行う殺し合いの競技《電子戦争》。
首を百八十度回転させながら落としていく彼を見て、手中の凶器を仕舞った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
人間をはじめ、様々なものを電子化する技術が発達し、人々は電子空間なるものを展開。日常生活は勿論、様々な事へ利用する事が出来るようになって数世紀ほどが経つ。
この技術から、動物をモチーフにした耳や尻尾の形をした装備《電子装備》を使い、闘うことが出来る人間のみ参加できる《電子戦争》という殺し合いの競技が生まれた。
電子装備はその人間の精神と深く結びついており、電子空間上であれば任意で展開することが可能だ。
三ヶ月ほど前、僕は《電子戦争》の選手を育成する高等学校へ入学した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
酷く退屈で、ありきたりな入学式が終わる。
入試の結果で振り分けられた教室で、真新しい制服を着て友人作りに勤しむ生徒を少し遠くから眺めながら、掌サイズのアナログ通信端末を触る。
友人作りなんて、僕の苦手な分野だから。
きっと上手くいかない事なのだから、最初から期待していない。
それは、クラスメイトが10人ほどであったとしても変わらない。
「夏樹、同じ教室なんだな」
そんな中、よく知る人間がひとり居てくれるだけでどんなに気が楽だと感じているのか、自分でも分からない。
「クラスが違うんだから、別の教室でも良かったんじゃないかって思うよ」
それでも、僕から出るのはただの憎まれ口だけ。
「そんな事言って~嬉しい癖に」
「尭音と一緒のクラスなんて全然嬉しくない」
端末を触りながら、出来るだけ不機嫌そうに僕──富士宮夏樹という天邪鬼は言葉を吐く。
悪縁というか、悪友というか、大泉尭音には僕の性格が嫌という程把握されている。僕の言葉が見事なまでに通じる数少ない人間である。
「夏樹は部活見学何処に行くんだ?」
「尭音と別の所に行こうと思ってる」
「なるほど帰宅部か」
見事なまでに会話が成立していないようで成立しているのだから、彼の理解力は恐ろしい。
学園には試験や戦績など、成績により《Sクラス》《Aクラス》《Bクラス》と、学生を区別するシステムが存在する。
ある一定以上の成績でAクラスとなり、そこから更に何かに秀でた人間が
Sクラスに所属する事となる。
この学内のシステム上の扱いはSクラスとAクラスは変わらないが、意識的な面で若干異なると言った具合。
尭音はSクラスに所属し、僕はAクラスに所属するのだが、彼はクラスがどうといったものは興味が無いようなので相変わらず僕に絡んでくる事は今後も変わらないだろう。
そう思っていた矢先の事だった。
「ちょっと、AクラスとSクラスがあまり馴れ合うのは良くないんじゃない?」
突然聞こえた女子生徒の声に入学式という非日常を楽しむ教室が、しんと静まり返った。
僕と尭音の事を言っていると思ったが、どうやら違うようだ。
髪を高い位置でひとつ結びにした女子生徒と、短髪の眼鏡をかけた女子生徒が何やら揉めているようだった。
「え、えっと………わ、私はクラスメイトだから仲良く……」
戸惑いながら、眼鏡をかけた女子生徒が何とか口から出た言葉は「それが迷惑って言ってんでしょ?」一蹴される。
眼鏡の女子生徒が泣きそうになったところで、何となく嫌な予感はしていたのだがポニテ女子のターゲットが切り替わる。
そう、SクラスとAクラスでありながら、馴れ合う僕らに。
──僕的には馴れ合ってるつもりは無いのですけど。
「橙色の髪に黄緑の瞳……ってことは貴方が富士宮夏樹?全く、お兄さんは
優秀なのに、貴方はAクラスなんでしたっけ」
一瞬、息が出来なくなるが、女子生徒はいい気味だとばかりに言葉を続ける。
「大泉尭音。貴方は私と同じ特待生なのよ。SクラスとAクラスは居場所が違うんだと分を弁えて──」
「お前に、俺が付き合う人間を制限する権利はねぇよ。黙ってろ」
尭音が、普段の胸糞悪い『可愛らしいキャラクター』から逸脱しながら、はっきりと『それ以上言うな』と警告したのだ。
ポニテ女子は何も言わず、席に座った。
「ったく、感じわりーやつ。あれで特待生ってんだから嫌になるわ」
尭音が、彼女に聞こえるように悪態をつく。
「僕からすれば尭音がもうひとりの特待生ってのも信じられないけど」
僕は、尭音にだけ聞こえるように、悪態をついた。
「俺もびっくりだぜ」
大したダメージはないようだった。
しんとした空気はすぐ、教員と共に空間転移してきた上級生によって置き換わる。
生徒会長と紹介された気の強そうな女子生徒に対し男子生徒は身内でひそひそと言葉を交わし、鮮やかな空色の長髪を結わえた男子生徒が軽くお辞儀をすれば、女子生徒がざわついた。
確かに長髪の先輩、何かカリスマのようなものを感じる。小国の王子ですと言われても疑う人は居ない気がする。
続けて他の先輩もお辞儀をした。生徒会長と王子先輩程の反応はなかった。
先生がにこやかに「さあ、これから上級生と模擬戦争(オリエンテーション)を行って頂きます」試合の説明を始めた。
試合の時間は30分間。
拡張した現実空間、電子空間にて電子装備を展開した上級生が僕ら新入生を殺しに来るから、戦闘するなり逃げるなりで生き残れば良いというもの。
ちなみに、電子戦争に慣れれば慣れるほどゲームの様に死ぬという感覚が麻痺する事もあり、物騒な単語を耳にしても衝撃を受けるということはあまりない。
この入学式後の模擬戦争は、学園の伝統行事だ。
生き残った新入生は上級生の中から一人を指南役になってくれと申請することが出来、上級生は勿論それを断ることもできる。
この制度は先輩たちからすれば面倒事ではあるが引き受ければ成績に加点されたり、決められた範囲ではあるものの学校がご褒美を用意してくれたりと悪い話ではない。
悪い話では無いのだが、別に学園が用意したそれなりに高価なご褒美であっても魅力を感じない程の富裕層が、指南出来る資格を持つ成績上位者には多いのが困り所なのだとか。
授業のように1対多ではなく、1対1の個別指導。
当然人間関係は深いものになるし、拗れると期間が終わるまで地獄を見る事になるのだが、そうならなければ得るものは大きい。
僕は後者が怖いので遠慮したい。
展開された電子空間が鬱蒼とした森林へと変わる。
試合開始の合図となる笛の音がした。
生き残ればいい。戦闘する必要は無い。
別に難しいものでは無いと、そう思っていた。
僕ら新入生は、試合開始後すぐに地獄を見ることになる。
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