戦場(フィールド)はまた荒廃都市。ランダムで設定されるはずなのだが、全ての試合において常葉先輩は荒廃都市で戦闘を行っている。
試合開始の合図の後、しばらくしても両者は動こうとしない。
肉付きの薄い高身長の人間と、幼児の戦闘。
どちらも電子装備を展開する気配すらない。
何かを話している様子もなく、ただ向き合っているだけ。
静止画像で無いことは砂埃から確認できるが、それ以外に映像内で動くものは無い。
開始から数分後、最初に動いたのは戦場(フィールド)そのものだった。
傍にあった廃ビルが二人に向かって崩れてきたのだ。
膠着状態が続くと、試合を管理している人工知能が強制的に状況を動かすことがある。
それはミッション形式であったり、地形変動であったりと様々。共通していえることは、何かしら動かないと死ぬということ。
秋仁さんは電子装備を展開すると崩れ落ちる瓦礫を蹴って粉々に砕いてゆき、常葉先輩はその場で巨大な盾を召喚して防ぐ。
《騎士スキル》で、1試合に1度きり行使可能な『絶対防御』と呼ばれている『一定時間ダメージを全て無効化する』能力だ。
崩落が終わり、土煙が収まりきらないうちに秋仁さんが常葉先輩に向かって跳躍した。
鳴沢秋仁という世界大会覇者の拳を受けて、生きていられる電子装備持ちの方が少ない。
1試合につきの切り札を使い切ったただの男子生徒が勝てる相手では無く、勝てる相手では無いはずなのだが。
周囲が勝負の結果を確信した。
常葉先輩が剣を自身の腹に突き刺した後、電子装備を展開する。
さして驚きもしない様子でそのまま距離を詰める秋仁さん。生徒会長も驚いた様子は無かったので、もしかすると常葉先輩の電子装備は怪我をトリガーにしたものなのかもしれない。
もしくは、怪我をしないと展開できない状態なのかもしれない。
常葉先輩の、決して避けられない訳では無い拳が放たれる。
軽く遊んでやろうという顔で受身を取った秋仁さんに驚愕の表情が浮かんだ。
秋仁さんは常葉先輩の拳が当たった箇所を抑えながら距離をとる。
正確には、攻撃が当たった場所であったところに手を添えたと言うべきか。
秋仁さんの左腕があった場所、肘から先には何も無く、代わりに損傷視覚効果(エフェクト)が表示されていた。
二人が何かを会話しているが、やはり聞き取れない。
常葉先輩の攻撃は誰が見ても分かるほどの素人の拳。
しかし、どんなに素人の拳であっても触れただけで体が消し飛ぶ威力を持つならば、迂闊に動くことは出来ない。
四方八方から生え、飛んでくるロングソードを避けながら戦っている間に、秋仁さんの腕に表示されていた損傷視覚効果(エフェクト)が次第に勢いを失っていく。
損傷視覚効果は生身であれば血液のようなもの。
怪我をした場所に表示され、軽い怪我なら一定時間すれば消えるだけ。
大怪我であれば勢いが無くなっていくことで損傷限界が近いことを意味する。
つまり秋仁さんは今、失血死の一歩手前のような状態という事になる。
時間があまりない事は本人が一番分かっているらしく、秋仁さんは武器である仕込み杖を召喚すると鞘を抜いた。
地面と空中、ありとあらゆる場所から襲ってくるロングソードをかわしながら、時には剣を破壊しながら距離を詰める。
全ての動作が、シンプルでありながらも真似ができるものではなかった。
約数秒という短い時間だが、それでも一瞬気を抜けば即死という状況で、その時が訪れた。
仕込み杖の剣が、常葉先輩の胸に突き刺さる。
常葉先輩の拳が、秋仁さんの腹を抉った。
ばたり、と二人同時に倒れ、体が損傷視覚効果(エフェクト)を強くした様な光の塊に包まれて消える。
同時に死亡判定が下ったらしく、試合自体は引き分けと表示された。
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