電子戦争【本編】

『戦争』が無くなった世界で殺し合う。
旦夜治樹
旦夜治樹

21話『万能の手信号』

公開日時: 2024年9月22日(日) 14:22
文字数:5,448

 放課後。自主練用の電子仮想空間にて、秋仁さんがごろごろと転がりながら悶えていた。

 「やっぱりできなーい!!」

 国が違って言葉が違っても同じ効果を発揮するのがスキルというもので、別の効果となるのであれば『言語』という認識の枠が違うという、理解し難い結論にたどり着く。

 「全くわからん!!!」

 秋仁さんは最上級の耐久値で設定された鎧を着た案山子のようなオブジェクトへと八つ当たりし、粉砕すると通話をかけた。

 通話相手は遙さんだろう。

 『……秋仁、どうした?』

 そこそこに長いコールの後、画面表示のない、音声のみの応答ではあるが通話に出てくれた。

 「ねえ遙、自主練室のA3-51来れる?」

 『今日、部活が休みだから、もう校内に居ないんだが』

 「そうなの?何分くらいで来れる?」

 『行く前提で話を進めるな』

 むう、と膨れる秋仁さん。

 この人、僕が部活休みだからという理由で自主練に引きずってきたの忘れたのだろうか。

 「という訳でお願いします!」

 『いや待て、今日は……都合悪いから。ごめん』

 通信はそこで切れてしまった。

 「遙、時々すごく忙しそうなんだよね。バイト忙しいのかなぁ」

 ため息をつく秋仁さん。

 ちなみに、学生は国軍扱いであり、成績によって毎月かなりの額を受け取れる関係で一軍の生徒がバイトをしているのは結構珍しかったりする。

 尭音に聞く方法を提案したが、断固拒否とのことだった。

 個人指導のペアだったことや、流石に下級生に教えてもらうのは嫌なのだろうと思ったが、よく考えれば遙さんも秋仁さんから見れば下級生なのではなかろうか。

 この人の感覚がよく分からないや。

 秋仁さんの寸劇を眺めていると、今度は僕の方に通信が入った。桜川先輩からのようだ。

 映像付き通話の応答を許可すると、先輩の姿が仮想画面に映し出される。当然こちらの姿も先輩には見えている。

 「どうされました?」

 『遙を知らないか?ちょっと頼みたいことがあったんだが、連絡も取れないし軽音楽部が何処にもいなくてな』

 「軽音楽部は今日は休みです。……遙さんなら、さっき秋仁さんが通話をしていたせいかもしれないです。忙しそうではありましたけど……」

 桜川先輩の顔が一瞬暗くなった気がした。

 『そうか……、……』

 後半の呟きのような声は、うまく拾えなかったようだ。

 どうしたのか聞くべきか一瞬迷ったが「霞~!霞も遙みたいに、《司令塔スキル》爆発させたりできる?」秋仁さんが通信に割り込んできた。

 そういえば、桜川先輩の選択スキルは《司令塔スキル》だったっけ。

 『………爆発?』

 「そう!遙が剣をハンドサインで出したりするでしょ?大泉君が司令塔スキルを爆発させてたからさ………出来ない?」

 流石にそんな訳の分からない使い方、できる人がたくさんいても…と思ったが、僕の思っていた以上に僕の個人指導の指導者はすごい人だったのだろう。

 『できるぞ?』

 さも当然のような返事が返ってきた。

 「自主練室のA3-51に来なさい、今すぐに!」

 『生徒会の仕事があるから無理だな』

 「この鳴沢秋仁が全霊をもってお手伝いしよう!」

 『じゃ、先に生徒会室に来てくれよ』


 この後、恐らく通常数日かけて行うようなデータ整理作業をほぼ独り、僅か30分でこなしきった秋仁さんの姿があった。この人、本当に人間だろうか。

 それより、もしかしなくても秋仁さんは上手く使われたのではなかろうか。

 「さあ、これで御指導頂けますかな?!」

 嬉々とする秋仁さんに呆れながら、桜川先輩は自主練室で約束通り教えてくれるのだが、まさかの万能の権化は首をひねるだけだった。

 僕は《司令塔スキル》を取得していないが、桜川先輩が《暗殺者スキル》用に考えてくれたハンドサインを使うと、数秒間だけ武器を不可視にする事が出来た。

 武器は電子装備を展開していないと召喚できず、騙し討ちにしては不完全で使い所に困ると思っていると、桜川先輩は「半分くらいは正しい内容では無い」と教えてくれた。

 正しいとは一体何なのだろうか。

 秋仁さんは自主練室の使用可能時間ギリギリまで練習していたが、結局ハンドサインで通常使用することも出来なかった。

 形は完璧に同じなのにと酷く拗ねる幼なじみを置いて、家に帰ることにする。

 諦めの悪い幼馴染は、自主練習室の使用延長申請を出していた。

 


  校舎を出たところで、聞きなれた声で呼び止められた。

 「夏樹、いま帰りか?」

 自主練習室の使用可能時間ギリギリまで学校にいたのだから、彼の帰宅時間と重なってもおかしくは無い。

 職員の下駄箱と生徒用の下駄箱が隣接しているのはこの学園の改善すべき点だと思う。

 時間次第で鉢合わせてしまう。

 そもそも電子化して持ち歩けばいいものを、わざわざ特殊ロッカーに保管する必要はあるのかという疑問はある。

 僕と同じ髪色と瞳を持つ、昨年度までここの生徒だった男性は嬉しそうに端末を操作している。

 「ちょっと待っててな、靴履くから」

 「やだよ」

 立ち止まって待つのは何となく癪であるため、歩くスピードを緩めることにした。

 別に逃げているわけではないから、すぐに彼は隣へとやってきた。

 「待っててくれてありがとう。自主練習室を使ってたの、夏樹だったのか?」

 「春斗には関係ないよ」

 「そっかそっか、夏樹は頑張り屋だからな」

 「うるさい」

 頭を優しく撫でられた。どうしてこの人は、僕の話す内容で理解できるのだろう。

 他愛もない話を聞きながら通学路を歩いてゆく。

 「夏樹、こっちこっち。あそこのコロッケ美味いんだぜ」

 商店街の近くを通った時、春斗が寄り道を提案した。

 仮にも教員が生徒を寄り道させるのはどうなのだろうと思うが、そんな僕を置いて春斗はコロッケをひとつ買ってくると、半分に割って突き出してきた。

 「ほら、半分くらいなら食べれるか?」

 「……うん」

 春斗が真っ先に熱いと笑いながら食べるのを見て、少し齧った。

 確かに、素材の優しい甘さが美味しいコロッケだ。

 「このコロッケ、一昨年教えて貰って知ったんだ。美味いよな」

ぺろりとたいらげた春斗の横で、手元にある殆ど形の変わらない 片割れのコロッケを眺めた。

 「……あの人に教えて貰ったの?」

 春斗は上っ面での交流は得意なお陰で、交友関係が広いように感じるが、実は友人としての関係を築くのは苦手ともいえる。

 それは、春斗の電子装備を獲得する前の容姿が少しばかり珍しいものだったからかもしれない。

 それでも春斗が周囲の人間と関わりを持つようになったのは、春斗の恋人であるあの人の影響が大きい。

 名前はなんて言っただろうか。秋仁さんの名前に凄く似ていたような。

 「いや?あいつは甘いもんが好きだったからな。……多分、本人は覚えてないけど」

 「ふぅん」

  一瞬、違和感があった。

 何故、過去形なのだろう。

 そういえば彼を1年近く見ていない気がするから、別れたのだろうか。

 互いに依存し合ってるような関係に見えていたので、破局したのであれば少し意外に感じた。

 コロッケを食べ終えたのと、家に着いたのは同時だった。

 正直、しまったと思った。

 僕は基本自室の窓から出入りしている。

 できる限り玄関を通りたくない。通るべきでは無い。

 それは春斗もよく知っているはず。

 知っているはずなのだが。

 僕の腕を掴み、玄関の扉をあける。

 「ただいま~!」

 返事は無い。

 僕が驚いているのがわかったのか、春斗がにんまりと笑った。

 「今日、母さん町内会の集まりで飯食ってくるんだってさ」

 「……そう、だったんだ」

 家族の中で唯一、会話をしてくれるのは春斗だけだ。

 普段は両親の中で僕は『居ないもの』なのだろう。

 富士宮家の人間でありながら、僕はそこまで戦える者ではないから。

 「だから、今日は俺がご飯を」

 「いらないけど」

 「変なもの入れたりしないって!」

 それが普通だと思えば、別に寂しくはない。

 寂しくないはずなのだが、春斗と話をしていると調子が狂う。

 「当然でしょ。どうしてもって言うなら、味見くらいならしてあげるけど」

 恐らく食事を作ろうとしている春斗を一階に残し、自室へと引っ込んだ。

 アナログの音楽再生端末にヘッドフォンを繋ぐ。

 耳にあて、音楽を聴く。

 そういえば昔、春斗は音楽に関して無頓着だった。

 あの人が音楽をやっていたからだろうか?音楽に興味を持ち始め、色んな楽器を弾いたあとで、唯一まともに弾けたのは僕が教えたキーボードだけだった。

 恋人に聞かせるのだと張り切って練習していたが、今は触っているところを見ない。

 やはり破局したのだろうか。

 次の曲に変わるのと、眠気に襲われたのはほぼ同時だった。

 

 僕が音楽を好きでいれたのは彩乃との約束のせいかもしれないなと、微睡みの中で思う。

 僕らは、変なところで似ている兄弟なのかもしれない。

 

 上手くできたから食べて欲しい、なんて言われて叩き起された。

 満点を見せびらかす子どものように興奮する春斗。

 綺麗に中身を包み込んだオムライスが、食卓にふたつあった。

 「……いただきます」

 口に運ぼうとして、手が止まる。

 僕の様子を見て、春斗が自分の皿を突き出した。

 「夏樹。量、多かったら俺の皿に移しな?」

 「大丈夫」

 深呼吸した後、再度口に運んだ。

 今度はちゃんと、口の中に運んだ。

 ケチャップライスがよく炒められていて、少し甘くて、美味しい。

 じっと僕が食べる所を見ていた春斗が「朝昼晩、全部エナチャーとか食ってないよな?」耳が痛い話をする。

 ちなみにエナチャーとは、僕が普段食べている固形携帯食料のシリーズ的な商品名である。

 「食べてるけど………」

 ばんっ。テーブルを叩く音。

 「…痛」

 思いっきりテーブルを叩いたは良いものの、意外と痛かったらしく悶絶する兄である。

 そういうところが、この人は抜けている。思わず、くすりと笑ってしまった。

 「何してんの」

 「………と、とりあえず!昼飯は俺が作る!弁当用意してやる!!嫌がっても作るからな!!いいな!!」

 「要らないけど」

 「なんでさ!!」

 「作るなら彼氏にでも作ってあげれば?あの人なら喜ぶんじゃないの」

 むしろ冷凍食品の詰め合わせでも喜びそうな人だった気がする。

 「……あいつは、なんでも喜んでくれるだろうな」

 一瞬、春斗が悲しそうな顔をした気がした。

 「別れたのか知らないけど、僕はいらないから」

 春斗は何も言わなかった。

 


 大昔は実際の命をやり取りして行われていた戦争は、何もかもを破壊してしまった。

 数世紀経った今でも地域によっては住むことが出来ない場所もあるし、高威力兵器を使用され変わった地形はそのままだ。

 国どころか人間の文明そのものが崩壊しかけた頃、ひとりの天才が生み出した技術が人間をはじめ、ありとあらゆるものを電気信号に置き換えつつ、質量を伴った物体にも触ることが出来、本来存在しない空間を生み出すといった電子化技術。

 その天才の技術はすぐに戦争に取り入れられ、人が本当に死ぬ事が無くなったものの、ある問題が発生した。

 電気信号に置き換えられた人間の一部に、特殊な能力を持つ者──《電子装備持ち》が現れたのだ。

 電子装備持ちは一般人とは比べ物にならない身体能力を発揮し、そのうち電子化された戦争は《電子装備持ち》の独壇場となった。

 僕のように稲妻を発生させるような特殊な力を持つ《幻想格》と呼ばれる電子装備の所有者は、能力や時代によっては国を治めることもあったらしい。


 今は表向きエンターテインメントの様な位置付けになっている『電子戦争』は、

 幻想格の電子装備持ちなんて、国の、それこそ国際的立場まで決める要因のひとつとなりうる。

 『万能かつ最強』といわれる鳴沢秋仁。

 『妖艶の貴公子』富士宮春斗。

 強力な電子装備を獲得した人間のきょうだいも強力な電子装備を獲得することが多い。

 驚異的な選手を多数抱える国への対抗策として、他国が対抗しうる者を増やすより断然楽な方法。


 時折、電子戦争の世界大会で活躍する選手の弟や妹といった、血縁者が不審死することがある。

 僕の場合は万能の権化たる鳴沢秋仁という存在が身近であったから助かったものの、恐らく通常は助からない状態だったと思う。

 食事に毒が盛られるなんて、一度経験すれば十分にトラウマになる。

 口に、食べ物や飲み物を運ぶのが怖い。

 仮想的に何回も死んでいながら、本当の死が怖いのだと思う瞬間でもある。

 通常であれば『死』に鈍感になり、電子装備を展開している間は特に、殺し殺されを受け取れることが出来るのだが、毒が回ってゆく感覚が忘れられず毒を武器とする相手の場合、うまく電子装備の出力が行えないのだから他国の作戦は多少成功したのだろう。

 

 自室にて、ベッドに転がりながら、そっとトイレットペーパーの芯のような形の携帯型小型電子化端末を握った。

 これは、あの万能の幼なじみがくれたもので、最先端技術を用いて作られた通常壁等に設置されているの電子化端末を携帯用としてコンパクトにしたものだ。

 昨年の電子戦争世界大会の優勝賞品の副賞だったらしい。

 少し握り続けると、端末から柔らかな光が溢れ、僕の身体を包み込む。

 暫くすると、ゆっくり光は消えた。

 端末のディスプレイ部分を見ると、電子化出来る時間を示す数字が表示されている。約五分といったところか。

 この携帯型端末と、据え置き型端末との決定的に違う点が、時間制限がある点と電子化と質量化を行った際に生じる車酔いにも似たような『酔い』が、かなり緩和される点だろう。

 後者は僕の悩みでもあるので非常に助かる。しかし、学内では電子化して過ごす時間が長すぎる関係でバッテリーが持たず、使い道はあまり無い。

 電池残量がなくなり自然と自分の体が質量化されたのを感じると、端末を充電器に繋いだ。


 

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