部活の活動メンバーも決まり、折角だからと翌日の昼食は皆で食べる事になった。
あまり乗り気はしないが携帯保存食もといい栄養補給を目的とした市販の棒状のクッキーをポケットに押し込み、集合場所へと向かう。
集合場所といっても今日は彩乃と豊橋さんのクラスへ向かうだけなのだが。
チームエリアでの飲食は禁止されていないものの、僕が他チームの為現状は滞在が許可されていない状態。チームリーダー同士が『盟約』を交わせば許可が降りるとのことなので、少し待って欲しいと言われた。
『氷川秋仁』ならともかく、『鳴沢秋仁』と『常葉遙』はあまり面識がないのだろう。
それにしても、いつまで常葉先輩の前で別人を演じるつもりなのか。
何処を集合場所にするか悩んでいると、常葉先輩からの提案でお互いの教室を交互に訪れる事になった。
ちなみに当の発案者は学年を跨いだ教室移動にはあまり良い顔をしなかった為、メンバー全員での食事というのは厳しい所がある様子。
学内にファンクラブまであるそうなので、あまり他クラスへ向かうと混乱が生じるのかもしれない。桜川先輩や秋仁さんも似たようなことを言っていた気がするし、人気者は大変そうだ。
彩乃のクラスへと向かうが、何となく気がかりがある。彼女が起こした決闘後、僕と彩乃は恋仲という認識を受けるようになったのだ。
最初、彩乃にとっては不本意ではなかろうか?と思ったが、よく考えれば結婚だのなんだの言っているし問題は無い気がしなくもない。
僕も否定する必要は無いと思っているので、誤解されたまま彩乃のクラスメイトからは受け入れられているようだが、どう訂正すればいいのか分からない。
何度も顔を出していたせいで、いつの間にかBクラスの面々に知り合いができたのだが、そういえばこのクラスで食事をするというのは初めてだったと、声をかけられてから思った。
「ふじ君はそれで足りるの?」
「だめだよ~ふじ君いっぱい食べなきゃ」
「このお菓子美味しいよ~あげる!」
「ハルせんせーと一緒で、ふじくんも甘いの好き?」
尭音はそうでも無いのだが、彩乃の人気なのだろうか。やたら僕に絡んでくる女子生徒が多い。
──もしかすると春斗の影響もあるかもしれない。あの駄兄は確かBクラスへ講師補佐として電子戦争に参加していた気がする。
彩乃が若干拗ねた顔をしながら他生徒を追い払うと、追い払われた生徒は「だって彩乃の彼氏じゃん?可愛いし~」悪戯っ子の様な笑顔で離れていった。
彩乃は明るくて、元気があって、優しくて、他人を決して馬鹿にすることがない。物凄く、素敵な女の子だ。
「夏樹のお菓子は私が没収します!」
「あ、はい、どうぞ」
「代わりにお弁当食べます?この唐揚げ美味しく出来たんですよ」
半分かじった唐揚げを目の前に突き出される。
口元まで運ばれた、食べ掛けの唐揚げ。
少しだけ迷って、そのまま口を開けた。
確かに、美味しい唐揚げだった。
超のつく御令嬢なのだから料理をする必要は無いはずなのに、彩乃は料理の腕を磨いている。
彼女は自分が作ったものを好きな人に食べて欲しいという気持ちだけで作っているらしい。
その好きな人というのは『好意的に思っている人間』という広い範囲のため、少しだけ思う所が無いことも無い。
ほかの男子生徒から勘違いされなければいいが。
「これがあーんというやつか……」
とりあえず尭音の発言は聞かなかったことにして、携帯保存食の残りを口に放り込む。
ずっと黙っていた豊橋さんが「………あの、私のお弁当もひと口いかが?」僕に卵焼きを差し出した。
「遠慮しておくよ。僕はあまり食べられないから」
「そ、そうですか……」
「うん、ごめん」
次こそは食べさせてみせると気合十分の豊橋さんなのだった。
そんな事に気合いを入れないで欲しい。食べられないのは本当なのだし。
午後の授業は団体戦実技となっている。
つまるところ、電子戦争で活動するチームで自由に活動する時間。
僕の所属する『花鳥風月』は流石、結成時から負け知らずの"最強"とも言わんばかりのチームであるがゆえに、広いチームエリアが割り当てられている。
便利家具は当然のように揃っているし、無料選択家具として設置されている上質なソファーはふかふかで気持ちが良い。
社長席にはチームリーダーである秋仁さんが小さい姿で椅子に座っているが、いつになく落ち着かない様子に見えた。
始業の本鈴から数分後、来客を知らせる鐘が鳴った。
戸が開かれると、そこには深緑色の髪に青色の瞳をした優しそうな先輩が立っていた。
「Aクラス2年、常葉遙です。『花鳥風月』との盟約の締結に参りました」
軽くお辞儀をする常葉先輩。彼がいる空間はどこか少しだけふわっとした空気になる。
真冬さんが常葉先輩を席に案内しているが、日常の簡単な動作であっても画になるのだから美形というのは羨ましい。
秋仁さんが電子仮想領域における保管庫から 1枚の電子化された紙を取り出した。
「常葉君、今日は来てくれてありがとう。こちらからの条件と、そちらの条件を書き出しておきました。同意出来るならサインを貰えるかな」
常葉先輩は紙を受け取り、暫く読んでいた。
盟約を結ぶ際、お互いに簡単な約束事を決めることが多い。
1軍チームと2軍チームが結ぶ際は1軍の方に有利な条件が多いが、今回は双方前年度1軍チームとなる為、優劣は無いものとなっている筈だし、盟約の締結するに至った過程からして無さそうだと思いたい。
「………鳴沢先輩、ひとつ確認したいことがあるのですが」
「何かな?」
「全体的に少しだけ違和感があります。例えば『お互いのチームエリアにあるものは自由に使える』というもの。1軍になってまだ2年目の『Crythunder』からすると、置いているものも全く違いますし、物凄く良い条件です。いささか、条件が良すぎる程に──」
「うん、確かに警戒するのも無理はないか」
秋仁さんが常葉先輩の言葉を遮った。ゆっくりと立ち上がり「それは、この鳴沢秋仁が常葉遙、キミのことを好いているからさ。ほら、こんなふうに……」常葉先輩の隣へと座り、肩をくっ付けた。
流石に幼児と長身の高等生では身長差がありすぎるので、秋仁さんが寄りかかった様な状態となっているのだが、これはまるで──うん、まるで小さい子の面倒見てる高等生だ。
戸惑う常葉先輩に、真冬さんが助け舟を出す。
「アキ。ふざけるのもいい加減にしなさい。常葉君ごめんね、こいつ氷川秋仁なの」
つまんない、といった顔で、秋仁さんは疑似成長プログラムを起動する。
胸元に寄り添う幼児が途端に年相応より少し幼い程度の男子学生へ──
「「痛っ………」」
そのままの体勢で大きくなったせいで、常葉先輩の顎に秋仁さんの頭がぶつかった。
電子化した肉体であれば人体の急所とも呼ばれる場所へ打撃を受けても痛みはあれど気絶することは無いのだが、不運な事に常葉先輩は生身だったらしい。
電子戦争の授業時間中に生身の生徒が居ようとは。
「……あれ、遙?遙ー?!」
秋仁さんにゆすられながら、常葉先輩は目を回していた。
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