軽音楽部の部室。
先輩方とある程度顔を合わせたあと、それなりに難題を突きつけられた。
『来週末までに組みたいメンバーを見つけて申請すること』
当然のごとく彩乃が僕の腕を掴んで「夏樹は私と組みましょう!」なんて言うし、尭音も「俺もお邪魔しようかな~」ニヤニヤと笑いながらいつの間にかメンバーになっていた。
白浜君はというと、クラスメイトの中で仲が良いメンバーで集まっている様子。
尭音があることに気が付く。
「このメンバーだとドラムが居ないな。俺がやった方がいい?」
流石はひと通り何でもこなす天才というべきか。ちょっと羨ましいというか、なんというか。
彩乃があと数秒遅く反応していたら、僕の手刀が彼の頭を直撃していただろう。
「もーまんたい!見つけています!!」
するりと人混みの中へ消えた彩乃が連れてきたのは、長髪の大人しそうな女子生徒。
「豊橋静紀ちゃんです!大会で優勝したこともあるんですよ!」
満更でもなさそうでありながら、豊橋さんは軽くお辞儀をすると「よろしくお願いしますわ。皆様」笑顔を作った。
何となく違和感を感じる笑顔。何故か一瞬背筋が凍ったが、理由は後に知ることとなる。
それにしても電子戦争団体戦のチーム決めと部活動加入はほぼ同時期なのに、何故新入生の技術等々を判別できるのだろうかと思っていたのだが、理由は単純なものだった。
内部的な事情と認識が、外部の認識と相違していたのだ。
人気上位になったバンドが軽音楽部としての団体チーム『Cry thunder』を名乗っていただけ。
何も決まっていない、または希望するのであればその伝統に則り編成しており、別チームに所属したいと言い出す人間は今までいなかったのだそう。
居ても押し切られていたのかもしれないが。
これにはきちんとした部の規則にするべきだという意見はあるものの、部活が電子戦争より優先されるべきでは無く、そもそも『Cry thunder』は昨年まで上位チームではなかった為、ただの称号的なものであったらしい。
ドラム、ギター、キーボードと役割が揃ったところで、尭音が再度気づく。
「やっぱり俺、ギター出来ない……?」
目立ちたがり屋の尭音の事だから、ギターを片手に歌ったり踊ったり、目立つ事をやりたかったのだろう。
なんでも出来るというのは、こういう時少し可哀想に思えてしまう。
彩乃は家柄というか一般教養の範囲として、ある程度ピアノは弾けたはずだが、僕が別の楽器を弾けるかと言われると不可能。
周りの期待値からしても、僕が別の楽器を触るのはあまり好ましく──いや、彩乃はそういった事を気にしない。
他に触りたい楽器があれば、それがベースであろうとなかろうと、彩乃はキーボードを担当してくれるだろう。
弾けるからとか、弾けないからとかではなく、僕は鍵盤の楽器を演奏したい。
それを彩乃は理解してくれているし、尭音も僕が他の楽器を弾くとは考えていないのだろう。
編成について悩んでいると、豊橋さんが「お困りのようですわね。心配ありません、ベースであれば適任がいます」連れてきた生徒を見て、思わず声が出た。
「と、常葉先輩?!」
「夏樹君?御坂さんに、大泉君……?」
半分無理矢理連れて来られた生徒は常葉先輩だった。
時々忘れそうになるが、彼は『先輩』である。所属しているバンドが既にあるだろうに。
「し、静紀。俺、二年……」
「知っていますが?」
「いや、ほら、でも」
困惑気味の常葉先輩に、豊橋さんは笑顔で言葉をかける。
「遙。ベース担当がいないからベースをやりなさい」
「えっと………」
「返事は?二度も言わせないでくれます?」
「……わ、わかりました」
「はい、よろしい」
豊橋さんと常葉先輩が幼なじみである事や、常葉先輩が元々所属していたバンドは他のメンバーが皆卒業してしまっていた事、三年の先輩達の中で争奪戦が泥沼と化していたことをあとから知った。
そんな争奪戦も『先輩として頑張る常葉遙』がどうやら一定数の支持者いたようで、すんなりと沼地は干拓されたらしい。
先輩が伝統を終わらせる様な事を言っていたのも、もしかするとこの状況が影響しているのかもしれないと思った。
なんともしまらないこの時こそが、僕の所属するバンド『MoonRabbits』のメンバーが揃った瞬間なのだった。
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