電子戦争【本編】

『戦争』が無くなった世界で殺し合う。
旦夜治樹
旦夜治樹

7話『個人指導(プライベートガイダンス)』5

公開日時: 2023年3月8日(水) 02:33
更新日時: 2023年3月14日(火) 02:33
文字数:6,573

 体験入部の期間も終わり、部活申請の結果がくると結果を桜川先輩に報告した。

 先輩曰く、Aクラス以上であれば部活動の制限は無いので心配はしていなかったのだという。

 大人気の部活動でもあるため定員オーバーも考えたのだが、余程のことがない限りは申請は全員通るのだそう。

 なんというか、もう少し早く教えて欲しかった。

 

 流石に毎回生徒会の雑用という訳にもいかないし、生徒会の雑用ばかりやり続けてしまうと今度はなんの個人指導なのかと追求されてしまう。

 今日は電子装備を展開し、軽く桜川先輩と戦闘する事となった。

 「いい感じに展開も安定してきた?」

 先輩から指摘されて気づいた。確かに、電子装備の展開が安定している。

 不安定な状態で展開すれば、身体が上手く動かなかったり、武器を出せなかったりするのだが、そういったことも無く、むしろ身体が軽く感じる。

 「調子がいいうちに、色々とやってしまおうか」

 「よ、よろしくお願いします」

 桜川先輩の教え方はかなり丁寧で分かりやすいが若干スパルタというか、厳しいというか。

 時々本気で殺し合いをすると、模擬戦争の時は本当に手加減してくれていたのだと理解した。

 

 昼休み。机に突っ伏していると頬を突っつかれた。どうせ尭音だろうと無視していると、次はうなじを突っつかれる。

 横目でちらりと見ると、突っついて来たのは彩乃あやのだった。ちょっと罪悪感。

 「やっとこちらを向いてくれました。………大丈夫ですか?」

 「あんまり………」

 「た、大変なんですね………」

 質量化した時の、車酔いにも似たような気持ち悪さを堪えつつ身体を起こす。

 彩乃の所属クラスであるBクラスと、僕の所属クラスであるAクラスは校舎が別棟だ。

 頻繁に往復は出来ないようになっているのだが、それでもこちらに来たということは何か大切な用事があるのだろう。

 なんの用事か訊ねると、急用ではないのでゆっくり休んで欲しいと言われた。何故用事がないのに態々校舎を移動してまでやってきたのだろうか。

 疑問は残るが、遠慮なく休んでいると「貴方Bクラスの人間ね」クラスメイトに声をかけられた。

 「はい。確かに私はBクラスですが……どうされました?」

 きょとん、としながら首を傾げる彩乃。

 彩乃の付けている赤いタイを見て、クラスメイト──押水(おしみず)さんは鼻で笑った。

 「逢引ですか?Bクラスの女子と付き合うなんてAクラスの品が落ちます。行動をもっと慎んでいただきたいものです」

 僕を嘲笑う程度なら、まだ許せた。けれど、今、押水さんは彩乃を──?

 「一軍ではランクで付き合う人を決めるとは驚きです。好きな人と一緒に居るのに、ランクが関係あるのですか?」

 彩乃は僕より決断力や思考が速い人間だ。

 それは彼女の魅力でもあり、短所でもある。彩乃が電子装備を展開し、押水さんの喉元へ武器を突き付けるのに迷いは無かった。

 状況を飲み込めていない押水さんに、彩乃は追い討ちをかける。

 「誰が相応しいとか、誰が相応しくないとか、そんな事は他人が決めることではないかと思います。私は夏樹と一緒に居たいから居るだけ。あなたに指図されたくありません」

 彩乃が僕の肩にそっと手を添えた。

 押水さんは僕らの様子が余程気に入らないようで、震えながら「……幸いにも、この学園は電子戦争という、分かりやすい正義があります。そちらで決めましょう」彩乃に決闘の提案をする。


 クラス分けは入学の時の成績、実力が主に反映される。

 これが学期末等で時間が経っているならまだしも、入学してすぐ、しかもSクラスとBクラスの戦闘となれば結果は分かりきったものだ。

 彩乃はじっと押水さんを見ていた。

 赤いタイの人間へ、黄色いタイの人間が決闘を申請することは出来ない。

つまり、彩乃がこの勝負を受けなければ戦闘は起きないのだが「分かりました。けれど、戦場(フィールド)や試合定義(ルール)は私に決めさせて下さい」戦闘回避は難しいようだ。

 「まあ、それくらいのハンデはあげる。どんな結果になっても恨みっこなしにしましょ?」

 鼻で笑う押水(おしみず)さんに、彩乃は「ありがとうございます。日時は今日の放課後。その他は後程ご連絡します」笑顔を向けた。


 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 入学早々の新入生同士の決闘はたまにあるようで、申請はすぐに受理された。

 目の前に浮かぶ仮想画面には、彩乃が指定した決闘内容が記されている。

 

   試合申請者:御坂彩乃

   対象:押水なのは

   展開段階指定:2段階

   試合時間指定:無制限

   勝敗判定指定:死亡

   特別指定フィールド:荒廃都市

 

 電子戦争は公正を期すため、仮想フィールドでの戦闘の試合は超高性能な人工知能によってランダムで指定されている。

 荒廃都市のフィールドは存在は知られていたものの、特別指定によって設定するか特殊な条件下でなければ登場しないものとして扱われるもの。

 他にも幾つかそういったフィールドが存在しているらしいが、フィールドを特別指定する場合は公式試合として扱えないこともあり、最近まで重要視されてこなかった。

 彩乃は公式の試合として扱われない、学内での試合として結果の残らない試合にする為にフィールドを選択し、どうせならと荒廃都市のフィールドを選択したのだろう。

 

 ルール提示前。流石に傍観者を貫く程の度胸はなく、彩乃にペアでの戦闘を提案したのだが、観戦部屋で見ていて欲しいと言われてしまった。

 

 学内での決闘の様子は指定された部屋の中で観戦することが可能だ。

 部屋前方の大きい仮想画面と、その周囲に小さい仮想画面が数個あるだけなので観たいところが見られるという訳では無いが、AIが自動管理している関係で全く何も無い場所を映すことはない。

 

 僕が観戦部屋に来た時には、見覚えのある生徒と見覚えの無い生徒がいた。

 見覚えのある生徒、白浜君に苦笑しながら「富士宮君は、観戦なんだ」若干責められた気がした。

 僕だって、少しくらいは思う所がありますとも。けれど、勝手に言わせておけばいいものではあったわけで──

 見覚えの無い生徒が、僕を見てにんまりと笑う。

 「彩乃があと数秒怒るのが遅かったら、あの場にいたのはお前だったろ?夏樹」

 「なんの事だか」

 見覚えの無い生徒──尭音は、僕を見てもう一度、にんまりと笑った。

 僕が何か言い出す前に、部屋前方の仮想画面の明るさが一気に増す。どうやら戦闘が始まるようだ。

 彩乃がフィールドに転送されるのとほぼ同時に押水さんもフィールドへと転送される様子が確認できた。

 

 彩乃は自分の身体とほぼ変わらない大きさの大剣を振り回す超近接の大雑把な戦闘スタイル。対して押水さんは正確な投擲を得意とする筈なのだが、相性が悪すぎやしないだろうか。

 

 フィールドの範囲は四方10キロと広大。

 今回は草木の茂る一般的なフィールドと違い、廃墟と化した建物の残骸は遠距離戦闘の人間が隠れながら戦闘するのにもってこいで、広大な範囲であればある程、彩乃には不利だと思わざるを得ない。

 何故、彼女はこのフィールドを選んだのか?

 何となく、何となく理解していながらも、僕は考える事を放棄する。

 

 彩乃の電子装備のモチーフは《兎》。電子装備を展開すると、頭上にふわりと長く平べったいものが二つ現れ、腰にふわりと拳大の丸いものが現れた。

 大剣ニンジンを召喚すると片手で持ち、一気に荒廃都市を走り始める。

 彩乃が先程まで立っていた場所に矢が刺さっているのが見えた。

 どうやら押水さんも既に電子装備を展開し、既に対峙している状態の様子。

 

 遠距離戦闘において銃のようなものを使えれば良いのだが、機械的な武器はミリ単位で正確にイメージしない限りは暴発以前に動かず、更には発射する時も細かくイメージしながら狙いを定めなければならない事もあり、銃火器よりも簡単な造りのボウガンや弓矢が好まれる傾向にある。

 世界大会でも、銃火器を使った選手は居ないはずだ。

 必然的にそこまで距離はないものの、やはりクラスが違うということは実力の違いが顕著に出る。

 押水さんが何度も攻撃をするのに対し、彩乃はただ走り回るしか出来ない──ように見えた。

 

 彩乃が、荒廃都市を選択した理由。

 彼女はとても大雑把で、いい加減で、めちゃくちゃだ。

 

 声をあまり拾わないマイクが、珍しく彩乃の声を拾った。

 『いっきますよー!ホームラン!』

 彩乃の剣が一瞬、とてつもなく大きなサイズに変わった。まるで野球の素振りをするかの如く、荒廃都市のビルを剣で殴って粉々に砕いた。

 …………剣の使い方じゃないと思うんですが。

 それ以前に、剣がビル群に当たれば弾き返されるものではなかろうか。

 色々とツッコミどころはあるのだが、流石に押水さんも周辺のビルを殴って破壊するとは思わなかったようで、瓦礫に巻き込まれ死亡判定が出ていた。

 

 試合終了

  試合時間18分25秒

    勝者:御坂彩乃

 

学年最初の決闘は、赤タイ──彩乃の勝利となった。

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 試合終了後、観戦室へやってきた彩乃に労いの言葉をかける。彼女はとびきり嬉しそうに笑った。

 「これで堂々と私はAクラスに遊びに行けるというわけですね!」

 「彩乃はうちのクラスに入り浸るつもりなの…?」

 「そのうちAクラスになりますから、今から通っても問題ないはずです」

 「その理屈なら僕はBクラスに遊びに行きたくないんだけど」

 何気なく言ってから、しまったと思った。

 「夏樹、遊びに来てくれるつもりだったんですか?」

 悪友が満面の笑みを作っているのに気がついた。

 何か言い出す前に、こいつの息の根を止めなければ。

 僕の渾身の拳をひらりとかわした尭音は「遊びに行きたかったけど、Aクラスの人間がBクラスに遊びに行けば、なんかしら文句言われそうで怖かったんだとよ」とんでもない事を言う。

 彩乃は一瞬、きょとんと目を丸くした後すぐに「やはり相思相愛というものでは?!これはもう、必要なのは既成事実!」いつもの調子に戻ってしまった。

 「彩乃に今必要なのは自重だと思う」

 「大丈夫です!時と場所くらい分かってます!私の家なら邪魔は入りませんし、今夜の予定はキャンセルに!」

 「したらダメだと思う」

 多分、その予定ってどこかのお偉いさんとの食事だと思うし。

 

 僕らが会話していると、いつから居たのか分からないが背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

 「頑張ったガールフレンドにご褒美くらい用意してあげれば?少なくとも夏樹の為にその子は怒ったんでしょ?」

 振り返ると桃色のふわふわした長髪に、透き通った深い蒼色の瞳を持つ美少女と言っても差支えのない女子生徒がいた。

 黄色いタイのその生徒は、クラスメイトではない。つまり、必然的に上級生となる訳で。

 白浜君が「もも、もしかして二年の特待生、氷川(ひかわ)真冬(まゆ)先輩ですか?」顔を真っ赤にしながら話しかけている。

 

 氷川真冬。──真冬さんは学年に最大ふたりまでと決まっている特待生のうちのひとり。

 外見もさることながら、性格もよし、家柄もよし、戦績もよしという学園のアイドルともとれる生徒であり、学内電子戦争の団体戦では鳴沢秋仁の所属するチームの副リーダーという設定の大渋滞が起きている。

 ちなみに僕にとっては小さい頃から色々と世話になっているお姉さん的存在だ。

 

 名前を呼ばれ「いかにも!」彼女は軽く自身げに胸を張るが、ふくよかな胸元は思春期の男子には、なんというか──

 「夏樹は時々ムッツリなところがありますよね」

 彩乃に首の後ろをとん、と叩かれた。

 「……一応男ですし」

 「やっぱり男の子は大きい方が良いんでしょうか……私に魅力があれば………」

 凹凸の少ない自身の胸を抑えながら彩乃が色々と呟き始めるものだからどうしようかと考えてしまう。

 僕は誰かに恋愛感情を持てないから彩乃の好意を受け取れないだけで、彩乃は十分魅力的な女の子ではあるのだけど、いまいち理解して貰えていない気がする。

 彩乃に相応しい相手はもっとほかに居るはずなのだ。

 

 僕が考えている事を見透かしたように、尭音が「夏樹、お前の今思ってることちゃんと彩乃に伝えれば十分ご褒美になると思うんだけどなぁ」何かを企てていた。

 「特に何も考えてないけど?」

 その手には乗るまいと思いはすれど、彩乃はBクラスでありながらSクラスに勝利した訳で──

 

 伝えるべき言葉は、確かにあるかもしれない。

 

 僕が口を開く前に、変わりに観戦室の扉がゆっくりと開いた。

 「あ、真冬こんな所にいた!部室に居ないから探したよ~!今日の晩御飯はハンバーグに……あれ、邪魔したかな?」

 一瞬の出来事だった。真冬さんが男子生徒の腹に蹴りを入れた。咄嗟に受身を取りながらも、完全には勢いを殺しきれず壁に衝突した男子生徒は涙目で真冬さんを睨んだ。

 「痛いんだけど………」

 「知らないよ!アキが悪いんだからね!」

 「真冬はもう少しお兄ちゃんに優しくしてくれてもいいと思う」

 「私はアキのこと兄だと思えないし。どっちかっていうと、私が姉じゃない?」

 「ちゃーんとこちらがお兄ちゃんです!!」

 「どこが?言ってみなさいな」

 「し、身長とか……?」

 確かに男子生徒は真冬さんより身長が高い。

 真冬さんに鼻で笑われると、男子生徒は口論で勝ち目が無いことを悟ったらしく、僕らを見た。

 

 「初めまして。Bクラス二年の氷川(ひかわ)秋仁(あきひと)です。騒がしくしてごめんね。気軽に秋仁って呼んでくれて良いから。どうせ三年のあいつは学校来ないしさ」

 男子生徒──秋仁先輩は髪の赤色と同じ、赤色のタイをしている。

 白浜君が首を傾げると、赤タイ先輩は何度も質問されているらしく「鳴沢秋仁がそのまま成長したかのような外見だって?まあ親戚だからね。よく似てるって言われるよ。戦績は似てないけど」笑顔で聞かれてもいない質問に答えた。

 

 彩乃がすかさず赤タイ先輩の情報を検索するが「戦績……?」情報を見て首を傾げる。

 学生は同じ学生の戦績を初めとする様々なデータのうち、本人が公開設定しているものを確認することが出来る。

 ちらりと彩乃が確認しているデータを見ると、そこには氷川秋仁先輩のデータが表示されているが、名前とクラス以外は真冬さんのデータと共通のものだけが記載されていた。

 

 この学園で、目の前で相手の情報を検索する事は失礼な行為ではないという認識だ。むしろ学園側は推奨さえしているのだが、勿論嫌がる生徒もいる。

 秋仁先輩は後者のようで「恥ずかしいから隠しちゃったんだよね」そっと彩乃の見ていた仮想画面を操作し、消した。

 「……失礼しました」彩乃が軽く頭を下げると「いえいえ」先輩は笑って許してくれた。そもそも怒られる筋合いは無いのだけども。

 秋仁先輩が「ところで、どうして真冬に蹴り飛ばされたのか説明はあるのかな?」至極当然の疑問を提示してくる。

 僕がどう説明しようか困っていると、真冬さんが笑顔で「黙れクソ兎、夕飯の材料買いに行くよ」なんて言うものだから「あ、そうだ夕飯!道具とってくるから、下駄箱で待っててね!」秋仁先輩は慌てて部屋から出ていく。彼の嵐のようにやってきて、嵐のように去っていく所は昔から変わらない。

 真冬さんは僕と彩乃を見ると「アキね、一年の時に御坂さんと同じことをやったんだ。もし御坂さんが良かったらなんだけど……団体戦、うちのチームに夏樹と一緒に参加する事も、考えてみて欲しいな」微笑んで秋仁先輩を追いかけていった。

 

 さり気なく、真冬さんの中で僕の団体戦の参加チームが決められていた気がする。気のせいだと思いたい。

 「私、一軍から勧誘されました?」

 「だと思うけど……どうしたの?」

 「い、いえ……団体戦は一軍に入れると思っていなかったので、少し驚いているんです」

 Bクラスの生徒は基本、AクラスやSクラスの生徒で編成された一軍へ加入することは難しい。

 ましてや、勧誘なんてことも滅多にない。

 白浜君がうらやましそうに「氷川先輩のチームっていうと、花鳥風月だよね。いいなぁ」彩乃を見るが、彩乃は何か考えている。

 「彩乃が考え事をするなんて珍しいね」

 思わず口に出すと、不安そうに彼女は僕を見た。

 「夏樹。私が一緒に戦っても、迷惑ではありませんか?」

 突然何を言うのかと思ったが、いつもの無駄な自信にあふれた彩乃の面影はない。

 「別に。居ても問題はないよ」

 目をそらしながら口にした言葉は「居なかったら寂しいってさ」尭音によって言い換えられた。

 彩乃の顔が一瞬で緩んで「よかったです。私は、夏樹の隣に立っても迷惑ではないんですね」笑顔になった。

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