※別視点
かつては資源に恵まれた惑星『カリスト』。いつだったか、機械民族の怒りに触れて、見るも無惨な滅びの星へと変えられてしまった歴史がある。
長らく無人の惑星だった『カリスト』は、無法者にとっては都合のいい場所だったらしく、気付いた頃には有象無象の集まる星となっていた。
何処もかしこも無法地帯。中でも無法都市と呼ばれるミザールは、無法者の中でもとびきりの無法者の集い、アルコル・ファミリーの根城だった。
機械民族や人類からしても鼻つまみ者として扱われていたアルコル・ファミリーはこのミザールを拠点にして、より大きな組織へと成長するに至った。
結果として、法律という束縛のなかったミザールは、アルコル・ファミリーという名の新たな秩序によって、支配されることとなる。
惑星『カリスト』の無法都市ミザールといえば、近隣の惑星の者は大体顔をしかめるだろう。悪魔が棲んでいる巣窟などと呼ばれることもあるくらい。
悪名高きミザールだが、その一部の住民にとっては別段、劣悪な環境というわけでもない。全ての人々が泥をすすって生き長らえているわけでもなく、多くの人々が生傷の絶えない凄惨な日々を送っているわけでもない。
法に束縛されない巨大な市場の存在によって利益を得て、裕福な暮らしを送っているものも少なくはない。
法が機能している場所であれば、所持しているだけで極刑を免れないレベルの代物さえも格安の値で仕入れられる、そんなブラックマーケットがミザールの、ひいては『カリスト』の中心であり、心臓だった。
ならば、ミザールでは全ての住民たちが不満なく不自由なく裕福に、贅沢な日々を送っているのかといえば、当然そんなことはなく、そのほんの一握りに入れなかった者たちは一転して悲惨な暮らしを強いられていた。
有り金を騙し取られて路頭に迷う者、非合法な薬物に溺れ取り返しのつかない依存症になった者、他所から奴隷として売り飛ばされてきて捨てられた者。それはもはや数え切れないほど。
ミザールの中枢から外れたスラムにもまた、それらに類する日々の生活に困窮を極めた子供たちが息を潜めて住まう廃墟があった。
その子供たちはいつからいるのか、何処から来たのか、明確にすることはできないほど多い。いずれにせよハッキリとしていることは、捨てられたということだけ。
布きれをつぎはぎした程度のものを衣類と呼び、清潔さとは無縁と言わんばかりに頭の先から足の先まで薄汚れた泥人形のようなソレが、地べたと大差ないボロボロの床に敷き詰められるように眠る。
「んー……っ」
少女が一人、我先にと目を覚まし、身体を起こしては伸びをする。
「よいしょ、っと」
他の子を起こさないように慎重に慎重に大股開きに寝床を移動していく。向かった先は、キッチン。とはいっても、機能しているものは殆どない。
水道は蛇口こそあれども水は出てこないし、貯蔵庫らしき場所もあれども食料が置いてあるわけでもない。テーブルだって足が折れていて重いものを乗せたら潰れてしまいそうなくらい心許ない有様だ。
少女が棚から手に取ったものは小さな水桶。それを部屋の端に置いてあった水瓶からほんの少しの水を掬い、一先ず顔を洗う。眠気も飛び、多少はマシな顔になる。
束ねるほどもない短い髪もぴちゃぴちゃと濡らし、浸したボロ切れで手足も拭っていき、貴重な水を余すことなく使っていく。
全体的には小汚いものの、まあまあ小綺麗にはなった。
「んー、ま、こんなところか」
少女の名前はブロッサ。スラムのこの区画を寝床にしている子供の一人。少しばかりの年長で、彼女より年上の子供は少なくともここいらにはもういない。
朝一番に身だしなみを整えるのも、年長者として恥じないよう、他の子たちにもバカにされないようするため。自分がお手本にならなければという意志を持っているからこそだ。
ちなみに、このブロッサという名前は当人はあまり気に入っていない。それは彼女がかつて奴隷だった頃に名付けられたものだから。その名前で呼ばれる度に嫌な思い出が脳裏を過ぎってしまう。
だから彼女はこの場所では忌々しい名前を捨てて、ツェリーと名乗っている。このスラムの子供たちには、ツェリーお姉ちゃんと呼ばせるようにしている。
「ぁー、まずっいな、もう食い物ねぇのか」
キッチン中を漁ってみるも、もうろくに食べられる物がないことに気付く。
子供たちはみんな食べ盛りだし、ちょっと調達してきてもすぐになくなる。中には盗み食いする子もいるくらい。
こういうときは年長者たちが上手いこと何処かで盗ってくるのだが、上手な年長者の何人かが最近ごっそりと捕まってしまったこともあり、減る方のスピードが上回るようになってしまったのだ。
あまり小さな子には危険なことをさせられない。だからこそ、その分の負担を全てブロッサが担わなければならない。
「マーケットかぁー……やっぱ」
ミザールの中央にあるマーケットならば揃わないものはない。普通の商店街もないこともないが、年々警備も厳しくなっていて、今月も既に何人かが撃たれている。
人が密集していて一番の稼ぎどころといえば、マーケットに絞られてしまう。
しかし、だからといって、マーケットが安全なのかと言えばそんなこともなく、むしろ様々な人々が集結してくる分、予測もつかないことが多々ある。
ドラッグ漬けのジャンキーに理屈もなければ加減もない暴行をされた挙げ句、その場で持ち帰られたなんて話もあるほどだ。
「うぅー、むぅー、どうすっかなぁー」
「お姉ちゃんおはよー」
「ツェリー姉、ごはーん!」
ブロッサが悩んでいると、キッチンに子供たちが現れる。みんな揃って腹ぺこだ。
「あ、ああ、みんなおはよう」
年長者として、みんなを守る者として決断を迫られている。そんな矢先だ。
「飛行機の音……っ?」
廃墟だらけのスラムに、何かのエンジン音が聞こえてきた。
ブロッサは慌てて部屋を抜け出て屋根の上に登ると、町の外れに今にも着陸しようとしている船の姿を見た。
ほんの一瞬しか見ることができなかったが、それはまるで先の尖った鏃のような形をした飛行機のようだった。そのとき、ブロッサはこれをチャンスだと思った。
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