ぷらとにっく・ぎゃらくしぃ

性行為しなければ、人類は絶滅するらしい。
松本まつすけ
松本まつすけ

遺せたもの (4)

公開日時: 2022年1月31日(月) 00:00
文字数:2,500

「さてと。小難しい話ばかりになってしまいましたが、解放が進んでいるという現状は何も悲観的に考えることもないと思いますよ」


「それは、宇宙規模の戦争が終息を迎えているという希望的な観測でか?」


「まあ、概ねそんなところですが、少なくとも平穏な余生を送るシングルナンバーも出てきているのも事実ですし、ゼクラさんもそんな肩ひじを張る日々から言葉通りに解放される可能性も十分にあるということですよ」


 その前に寿命を迎えてしまいそうな気もするが、シングルナンバーの製造中止のニュースや、最近の開放の進み具合を見ていくとありえないとも言い切れない。


「まだ楽観視ばかりはできませんが、少しは想像してみてくださいよ。戦争から切り離された日常を送る、そんな自分を」


「あまり上手くは考えられないな……。そういうザンカはどうなんだ。どんな平穏を夢見ているんだ」


「そうですねぇ。残り少ない余生なら、ひたむきに生きていきたいですね。人並みに日々を送って、あと腐れのない、終わりを迎えたいものです」


 具体性がない辺り、ザンカもあまり想像ができていないように思う。


 そもそも、シングルナンバーに平穏な日常という言葉は似つかわしくない。それは俺の持つ単なる固定観念に過ぎないのかもしれないが。


 はたしてどうなんだ。これから先、俺は人間らしく生きることができるのか。


 好きな人ができて、恋でもして、子供も作って、未来を紡ぐような、そんな世界が俺に訪れるときが来るとでもいうのだろうか。まるで想像できない。


 大体、この広い宇宙のどこに俺が好きになれる女がいるんだ。俺のことを愛してくれる女がいるとでもいうのか。


 第一、出会うことすらハードルの高さをうかがえる。


 考えるだけでもバカバカしい。


「やっぱり、俺たちには夢を見る余裕もなさそうだ」


 なんともはや脱力するように、ため息をついてしまう。


「ザンカ、とりあえずゾッカの遺した改良型Zeusのパーツ調達申請を頼む」


「はぁ、切り替え早いですね」


「まだ引退を考えるような立場じゃないからな」


「ま、一応既にやっておいてありますけどね。ジニアさんもゾッカさんの遺作ということもあってか、自力でパーツを作ろうと躍起になってましたし」


 ついさっきなんか机上の空論だとか無理そうなこと言っていたような気もするが、色々と根回しの方は頑張ってもらっていたようだ。


 あたかもコイツらには不可能がないように思えてくるほど。


 ゾッカの遺した意志を継ぐためか、はたまた俺に生き抜いてもらいたいという想い故か。そのどちらもあるような気もするが、それを口に出すのは遠慮しておこう。


「やっぱり、しばらくは戦場から抜けられそうにもないな」


 恐ろしく気の抜けた声で、俺はそうこぼしていた。



 ※ ※ ※



 それは長い休暇だったような気もするし、存外短かったような気もするそんな束の間を経て、ゾッカの遺したソレを完成させるにまで至った。


 結果として色々な手を借りることにはなったが、設計図の通りに組み立てるという工程の全ては俺一人でこなした。自分自身が扱うものだからということもあるが、何よりゾッカの思いを受け継ぐならこうした方がいいと思ったからだ。


 ジニアやゾッカに比べれば技術面では劣るとはいえ、自分でもかなりの出来栄えになったと思う。


「へっへっへ、お前一人で作ったにしちゃあ完成度高ぇんじゃねぇか?」


 愉快そうな顔でジニアが言う。お前が精巧なパーツを作ってくれたおかげが七割ぐらいだとは思ったが、それを言ってしまうと調子に乗らせてしまいそうだ。


「これでかなりの負担を軽減できるわけですね。今後の活躍に期待しましょうか」


 ザンカも横からなんとも他人事のように言ってくれる。希少な素材を上手いこと取り寄せてくれたくせに、かえって皮肉じみて聞こえてくる。


「さすがはゼクラさんです」


 ついでとばかりにシンプルな感想がズーカイから飛んでくる。関心がなさそうでいて、多分一番感銘を受けていると思う。


「さて、新しい任務も入ったことだ。また気を引き締めていこうか」


 くよくよすることはシングルナンバーの仕事のうちに含まれてはいない。さっさと切り替えて次の任務に行くまでだ。


「今度の任務は、まあいつも通りですね。惑星『アルテミス』の殲滅だそうです。こちらが指令から提示されたデータです」


 ザンカが情報をざっとディスプレイに展開していく。相変わらずの膨大な量だ。


 かなり規模の大きな惑星が表示されているように見えるが、思いのほか、防衛システムまわりが甘いように感じられた。


「かなり遠い旅路となりますのでワープ航路やスリープも検討する必要があります」


 座標計算やらをササッとまとめてズーカイが答えをはじき出す。


 距離を短縮するワープ航路の利用もコールドスリープも俺たちにとっては特に重要な話だ。長距離移動ともなれば寿命を削りかねない。


 無論抱えている問題はそれだけには留まらない。早速と言わんばかりに簡単ではない課題が色々と一挙に舞い込んできた。


「ザンカはワープ航路の申請を頼む。ズーカイはルート構築とスリープ期間の割り出しを。ジニア、オートシステムのメンテナンスを怠るなよ」


「はいはい、お任せください」


「了解です」


「へっへっへ、分かってるよ」


 三者三様の返答が来る。頼もしい返事だ。


 やはり、コイツらがいれば何も不可能がないように思わされる。


 ゾッカ、お前も俺の力になってくれよ。そう心に思いながらもゾッカの遺してくれたソレ、Zeus ex machinaに意識を集中させる。


 俺が何処まで生き残れるかは分かりようのないことだ。しかし、むざむざと死ににいくような真似だけはしない。


 それはゾッカだけの意志ではない。ましてやコードZだけでもない。それまでの過去を積み重ねてきたシングルナンバーたち、ひいては人類のバトンとも言えよう。


 これからまた誰かを失うこともあるだろう。それでも俺たちは戦いに行く。それが俺たちに課せられた任務のようなものであると分かっているから。


 俺も、そして俺たちも、次に何かを遺していくんだ。


 そんな新たな決意を胸に、俺たちを乗せる戦艦『サジタリウス』号は惑星『アルテミス』へと発進していくのだった。

0. Sleeping beauty -始まる前の終わりの話- <END>

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