「突拍子もない話で呆れてしまったか?」
「確かににわかには信じがたい話だ。だが、お前の話なら信じられそうだ」
別の世界。そんなものが存在するのか。どういう概念で成り立っているのか、やはり今の俺には理解できそうにもない。
「なら、お前の目的は何だ? 別の世界からやってきて、行き場がなかったお前が俺たちのところに転がり込んできたのだとしたら、それで何を企んでいる?」
「難しい答えではない。時空の歪みを修正して、元の世界に帰ることだ」
「元の世界、か」
「随分と頓挫してしまったよ。何せ、この世界は私の知る常識の全てが通用しなかったのだからね。不幸中の幸いはシングルナンバー、そう皆さんと出会ったことは奇跡と思ったよ。この世界において最高峰の技術を会得することができたのだから」
「よくもまあ、今までずっと誤魔化してこれたものだな」
「私の持つコードは、私がこの世界で初めて出会った本物のシングルナンバーの方から拝借したものだ。その方は既に亡くなっていたがね」
ゾッカが俯く、小さく溜め息をつく。昔のことを思い返しているようだ。
「まだこの世界のことをよく分かっていなかった私は少しでも材料が欲しかった。だからその方の亡骸を回収してしまった。運が悪かったのか。そこで機械民族と遭遇してしまい、あろうことか私をシングルナンバーと勘違いしてしまった」
機械民族にとって、コードは識別番号。コードを持たない人類はただの家畜として認識されて終わっていただろう。だが、それを認証したならば、シングルナンバーということを疑う余地がなくなる。
「ちょっとした災難だった。シングルナンバーではないことがバレたら殺されるかも知れない。だから私はその亡骸ごとを身にまとい、シングルナンバーとして振る舞うことにした」
何処をどう紆余曲折してきたのかまでは定かではないが、そうやってコードZとして点々とし、いつの間にやら俺たちの下へとやってきたというわけか。
「時が来れば、すぐにでも離脱してしまいたかった。何分、私は戦闘用に訓練された兵隊ではなかったのでね。しかしだ。ゼクラさんや、皆さんの戦闘能力はあまりに理想的だった。魅力的だった。まだ命の保証があると判断するくらいにね」
多分、シングルナンバーから離れて適当な惑星で管理されていた方がずっと平穏に過ごせたとは思う。それこそこの惑星『セレーネ』のような場所で。
「お前の事情は、概ね分かった。ずっと隠し事を抱え込んできたんだな。そこは理解した。だが――」
「何故今になってこの様なことに及んだか」
命がけで身を隠し続け、生きて元の世界に帰ろうとした男が、何故か今、機械民族の統治する街に襲撃をけしかけている。これではまるであべこべな話だ。
どうしてそんなことをする必要があるのだろうか。
「時空の壁というものは易々と破れるほど脆いものではない。事象に並々ならぬ変革が必要なのだ」
変革。ここでその言葉が出てくるのか。
「時間とは有限なもの。その限られた中で、ファクターを操作しなければならない」
またよく分からない話が出てくる。
次元の歪みの修正とやらの話も、今の俺にはサッパリだ。
「私は今、悍ましいまでに撓む時の坩堝に囚われている。抜け出すには変革が必要なのだ。だからこそ、そのためにこそ、こうするしかなかった」
「すまないが、もうお前が何を言っているのか分からない。どうしてそこでこんな強行に出ようとするんだ。お前はこのタワーで何をしでかすつもりなんだ」
「全てを説明することは難しい。ここで全てを説明してしまうと、また未来は姿を変えてしまう。だが、もういいだろう。一つだけ、真実を答えよう」
息を切るように小さく吐き、ゾッカが真っ直ぐ俺の方に向き直る。そして、右腕を真横に大きくバッと振るう。それが合図だったのか、タワーの根元の方から爆音が響き渡る。刹那、俺には何が起きたのかは分からなかった。
一斉に周囲からアラートが鳴り響き、機械民族の包囲網が瞬時にして出来上がる。ものの数秒もない。俺とゾッカの周りはタワーごと取り囲まれていた。
「ゼクラさん。あなたは、この惑星『セレーネ』を出てから間もなく死亡することになっていた。今、私はその事象を書き換えた」
タワーの周囲は包囲され、下の方からは爆炎が上ってきている。
これではまるでただのテロリストだ。結局、シングルナンバーが惑星『セレーネ』を襲撃したという事実は動くことがない。
予測された現実が、変わることなく、今まさに実行されてしまった。
「これがお前が目指していた変革という奴なのか? 俺の未来を変えてお前の何になるっていうんだ!」
どんな理由があったにせよ、『セレーネ』の中枢であるタワーを襲撃した事実は、即ち極刑以外の何ものでもない。情状酌量の余地すらない。
このままでは、ゾッカは機械民族に殺されてしまう。
キュル、キュル、キュル。
なんだ、この音は。周囲には爆音が鳴り響いているというのに、いやに明瞭に聞こえてくる。何かをこするような奇妙な音が。一体、何処から?
「私はどうやら長居しすぎてしまった。友よ、時間の撓みに収束されることを祈る」
キュリ、キュリ、キュリ。
俺の視界がおかしくなったのか、ゾッカの輪郭がぼやけて見えた。
「私のしてきた変革は間もなく実を結ぶ。理想通りの形にはならなかったが、世界は再構築されていくことだろう」
「待て、ゾッカ!」
目の前のゾッカは後ずさりしていった。
だが、その先には何もない。ここはタワーの上層部だというのに。
ゾッカは歩みを止めることなく、そのまま……。
「ぞ、ゾッカァァ!!」
タワーの淵から滑り落ちていくかのように、ゾッカの身体はあっさりと落下していった。周囲を取り囲んでいた機械民族たちが一斉に落下していくゾッカを追跡していく。俺もまた、二輪の車両にまたがり、タワーを降りた。
キュ、キュ、キュ。
まただ。奇妙な音が耳に直接響いてくるようだった。
だが構うことなく、俺は落ちていくゾッカを追いかけた。
しかしたった今、目の前を落ちていたはずのゾッカの姿はそこにはなく、追跡していた機械民族たちと俺は爆発していくタワー下層部の炎の中へと飲み込まれていった。
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