「……何にしても、だ。俺も少し根を詰めすぎているのかもしれないが、今は楽観視できるような状況ではない。二人ともそれくらいは理解できているだろう?」
苦そうな顔、気の抜けた声で「ああ」と短く、揃って返された。
誰が犯人なのかを議論するよりも、これからどのような対抗策を練るべきか。むしろそちらの方を優先して考えた方がいいだろう。
ザンカやズーカイ、それに目の前にいるジニアとゾッカにも再三確認をとって、さらには『サジタリウス』号に残されていた記録を片っ端からかき集めて尚も、侵入者なる犯人の象が微塵も浮かび上がってこないのだから仕方ない。
処分されたのか、改竄されたのか、それを明瞭にすることも適わない現状、そんな隠された記録を追うよりも、今考えるべきは任務の遂行に絞るべきだ。
「今回のことで別途、何かしらの処分を求められるかもしれない。少なくとも、そこは留意しておいてもらいたい。幸いにも、護衛対象であるネクロダストも無事なわけで……」
そこまで言って俺は今、一抹の不安を覚えた。そんなはずはないだろうという思考を阻害するほどの、小さくも拭いきれない不安を。
「どうした、ゼクラ?」
「あ、いや……まさかそんなはずは……ないと思うが……」
「何か、思い当たる、ことで、モ?」
二人の意識がこちらに向く。これを口に出していいものか、さすがの俺も渋る。言いよどんでしまう。確定した事項とは限らないのだから。だが、今はそれを確認する術はないに等しい。
「俺たちの護衛対象は、今、無事なのか……?」
きょとんとした顔で返された。それは「何を言っているんだ」という目だ。確かにその通りだろう。ネクロダストは今も『サジタリウス』号の格納庫に収納されており、出発前にもそれがそこにあることを間違いなく確認している。
なんだったら、ついさっきもザンカとその存在をこの目で確かめたはずだ。
だが、それはネクロダストと呼ばれているカプセルであり、重要なのはソレそのものなんかではない。俺たちの護衛対象は、カプセルの中に眠っているもの。古の王妃なる、まだ誰も見ていない何者かだ。
「俺はこのように報告を受けている。あのカプセルはロックを解除されようとした形跡があったと。だが、それは本当に正しい情報なのか? ひょっとして、既にカプセルは開封されている。そんな可能性はないのか?」
依然として、目の前の二人は俺の言わんとしていることがしっくりこない様子だ。
「ゼクラ、さん、それはないだろう。勘ぐりすぎなのではない、カ?」
「なんだ、そりゃどういう意味だよ。まさかネクロダストの中身はとっくに、なんて言うつもりじゃないだろうな」
「か、考えすぎ……だよな。さすがに」
しかし、そう結論づける材料がないことも事実。
何故なら、『サジタリウス』号には侵入者がいた記録もなく、ネクロダストには何者かが手を加えた記録が残っていて、それ以上の何も記録がないのだから。
「ゼクラ、お前は少し休んだ方がいい。『カリスト』の件もあるし、精神的にまいってるんだろうよ。疑心暗鬼になりすぎだ」
「そう、かもしれないな」
何処にも記録が残っていないのだから、いずれにせよ確かめようのない話。
だが、どうしてカプセルの中が無事だと言い切れるのだろう。
俺たちにカプセルの中身を知る権限はない。だからおいそれと開封することは禁じられているし、今までもただの一度として中身を見てもいない。
カプセルの中には本当に古の王妃が眠っているのか。それとも実はとっくにカプセルだけを残して連れ去られている可能性もあるのでは。
欠落した情報からは何の確信も得られず、疑惑の種が芽吹いては根を張るばかり。
「あまり、不安でしたら、ザンカ、さんにも確認をとってみて、ハ?」
「それはつまり、中身を確認しろってことか?」
禁則事項に触れる行為だ。今でこそ何者かに触れられた形跡を誤魔化しているが、わざわざこちらから抵触することもないだろう。
「バカなことは考えるなって。こっちまで心配になってくるだろうが」
正直なところ、ネクロダストを積み込んで真っ先に中身に感心を持っていたジニアがソレを言うのも何だかおかしなような気はするのだが。
「な、なんだよ、その目は。いや確かにオレも興味はあるのは本音だけどな、今は厄介ごと増やすもんじゃねぇだろうが。蒸し返そうとすんな!」
ごもっとも。
「はぁ……、確かに俺も少し疲れているようだ。どうにも気持ちがネガティブになってしまって仕方ない。悪いが、休ませてもらおう」
「それが、いいです、ネ」
「おう、休め休め。こっちの方は何とかやってっからよ」
と、手元の機械パーツをテキパキと分解して見せながら言う。また新しいツールが生まれてきそうなそんな期待感を煽らせてくれる。
「そうだ、ゼクラ、さん。またZeusを預かりましょう。休んでいる間に、また少し改良しておきます、ヨ」
「面白いパーツも色々と手に入ったしな。前よりかは負担を軽減できるだろうよ」
「ああ、期待させてもらうよ」
最近はコイツもお守り代わりになりつつある。
惑星『カリスト』に向かうまでも結局なんだかんだ助けられてしまったし、きっとこれからも何度と助けられるのだろう。
「おしっ、ゾッカ。宴の始まりだ!」
「いきます、カ」
何やら二人に活力が入ってきたらしいが、それとは裏腹に、得体の知れない疲労感に苛まれていた俺は、その賑やかなメカニックどものドックを後にし、仮眠室の方へと向かうことにした。
胸中に灯る一抹の不安。その先にあるものは一体なんだろうか。
処罰という結末? これ以上、また俺の仲間たちがいなくなっていくかもしれないという、そんな不安? あるいは俺自身が消えていくかもしれないという不安?
この『サジタリウス』号も、思い起こせば寂しくなったものだと思う。
他の同期のコードZの連中とも、ろくに会う機会もない。あるのはせいぜい、戦場で散ったか、処分されたかの通告くらいのもの。
間もなく俺か、俺以外の誰か、アイツらがそこに組み込まれる未来が待っているのだとすれば、俺は一体どう覚悟していけばいいのだろう。
俺たちに抗うなどという選択肢など、ないに等しいというのに。
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