※別視点
それは生物学においてキャナがとびきりの有能であることもあるが、マシーナリーであるネフラには権限が足りていないからだ。
マシーナリーの権限問題は実に深刻。情報の検索一つにもプロテクトが掛けられてしまうことなど日常茶飯。酷いものになると、歩くことも喋ることも禁則とされることさえもある。
けして、ネフラの権限は弱いものではないが、キャナほどの膨大な知識を自在に取り扱える権限は流石に保有してはいない。ネフラにできることといえば、参考資料を拝借してくるくらい。
それで不十分ということはないが、なんとも痒いところに手の届かない。
「ふぅ……」
躍り狂っていたテーブルがゆったりと降りてくる。
ちなみに、ご存じの方もいらっしゃることだろうが、キャナの持つ特異なこの能力は大変コントロールが難しいものだ。
メンタルの状態によって大きく左右する。機嫌が悪かったりすれば、暴発して周囲のものを巻き込んでしまうなどということもある。
そして、目の前でビクビクとしているネフラはその最高潮の現場に居合わせていた。それは恐ろしく貴重な会議の場だった。人類の未来が掛かった重大な会議が行われている最中のことだった。
超能力に関しての認知と、良識のあるものがその場に居合わせていなければ、下手すれば話し合いは酷い決裂となっていただろう。
今のこの状況もけして処罰が皆無だったわけでもなく、むしろそのせいで尻拭いに追われている側面もあるのだが。
ともあれ、ネフラはキャナの機嫌を損ねないように徹しなければならない。人類の保護の次に重要な任務といっても過言ではないほどに。
「お茶でござる……」
今しがたひっくり返されたこともなかったかのように振るまい、ただただ丁寧にお茶を振るまう。
「閲覧延長の申請が降りてござる。あ、あと、こちらの資料の公開許可も得られたのでござる」
テキパキと手際よく、ネフラのアシストは滑り込んでいく。
「おおきにな、ネフネフ」
ふわふわの笑顔でそう答える。そしてネフラの頭をそっと撫でる。
ようやくして機嫌が治ってきたのかと思えば実際のところはそうでもない。
マシーナリーであるネフラには感情などを測定するセンサーのようなものが搭載されているが、それによればまだまだ上機嫌というにはほど遠い数値が見えている。
このキャナという女、あまりにも自分を偽りすぎている。センサーを持っていたからよかったようなものを、なかったら誰もキャナの心の内など分かるまい。
どうしてまた、こんなにもキャナの機嫌が悪いのだろうか。
面倒な手続きの書類作成に追われているから。それもある。
大嫌いなマシーナリーの助力が必要だから。当然それもそう。
こんなかったるいことを長時間ぶっ続けでやっているから。まあこれも該当する。
「はっふぅ~……」
アンニュイなオーラを醸し出しながら、ふわふわと宙で寝返りを打つ。
先日、人類の繁栄計画で最も重要事項である繁殖、もとい交尾、あるいは性行為に及んだ際、思わぬ邪魔が入ったのだ。それがとても気にくわなかった。
また、気晴らしに同じ人類かつ同性である住民にちょっかいを出してやろうと画策してみれば、これも失敗。
いつもだったら超能力でちょちょいとすれば優位に立てたのに、あろうことか手痛い反撃を食らってしまっていた。玩具にするつもりが、玩具にされてしまう結果に。
キャナにとって、これらの何がよくなかったといえば、普段隠している素の自分をあばかれてしまったことだろう。ベッドの上であられもない自分を晒してしまっては、今後自分の態度の取り方が分からなくなってしまう。
「あ、あの、キャナの姉御、少し休まれてはいかがでござろうか?」
ふと、何かを思い出したのか、顔を耳まで真っ赤にしたキャナがクッとうつむく。
要は、ただのふてくされだった。
おそらく誰もがみんな気付いていることに違いない。
「くぅぅ、もぅっ!」
またテーブルが天井まで打ち上がりそうになった、そんなタイミングで、何やら手元の端末から呼び出し音が鳴り出す。なんというタイミングの悪さだろう。
「あっ、これは一大事でござる。生命体保全用カプセル型ポッドが回収されたようでござる」
「ぁ……? あ、ああ、あれか。また新しいのが見つかったんやな」
キャナにとっては確かネクロダストという呼称が流布していた記憶がある。
「どうせ復元とかで何十年か何百年か掛かるんやろ?」
「そ、それが即時に蘇生が可能だったらしく、もう開封済みとのことでござる」
「は? な、何してんねん。そういうのは身分を洗ってからやないと……って、ぁー、プニちゃんか」
「そのようでござる。プニカ嬢が管理者権限を使って」
「あの子も考えなさすぎや。もしものことがあったら……」
「それがその、どうやら蘇生されたのは人類ではなかったようでござる」
そこでまたキャナがドキリとする。そして一層呆れた顔をする。人類の繁栄が目的のはずだろうに、何を厄介なことをしでかしているのだろう、といった表情だ。
ネフラも通信から送られてくる情報を読み取り、次第に青い顔になっていく。血の通っていないマシーナリーの顔が青くなるとはどういう現象なのか筆舌に尽くしがたいところだが、途轍もなくよろしくない状況だということだけは汲み取れる。
「なんや、どないしたん。これ以上ヤバいことでもあるんか?」
冗談半分に言ってみるも、冗談じゃない顔が返ってくる。
「蘇生者は獣人族。コードはキングナンバーの所持者でござる」
キャナは血の気が引く音を耳にした、そんなありえない感覚を覚えた。
コードなどというものは種類が多い。基本的には人や物を識別するために付与されるもので、人に対してコードを用いられるようになったのは二十億年ほど遡る。
そこから文明、文化は変容していき、様々な分類が生まれた。
コード施行初期のものならばシングルナンバー、居住者の末端であればエンドナンバー、死亡登録が済ませられていればロストナンバーといった感じだ。
そして、キングナンバーとは通常は付与されないコードの一つ。
「なんちゅうやっかいなもんを蘇生させとんねや……」
部屋の隅、密かにテーブルの足が震えたのを、ネフラは見逃さなかった。
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