キャナがこんな怒った顔を見たことがあっただろうか。少なくとも、俺の記憶の中にはない。いつだってふわふわとした笑顔で隠してきたのだから。
もう最近ではあまりそんなふわふわな顔さえも見ていない気もするが。
「僕の目的はゼクラさんを連れていくこと。何故そうする必要があるのか、今一度説明が必要なのであれば何度でもしますよ。それで僕が嫌われても構いません」
飄々とした顔で淡々とものを言う。
別に、ズーカイを憎いと思う気持ちなど微塵もないし、かといってこのことを隠し通そうとしてきた周りにもそんなことは思ってはいやしない。
「俺の力が欲しいだけなら他を当たれ。お前らだけでも戦力は十分なはずだ」
いつか言ったことと同じ言葉を返す。
「現状ではそうですね。惑星『フォークロック』も僕たちにとってはちょっとした遊び場のようなところですから」
ですが、と語尾に付け加える。
「昔馴染みを揃えて馴れ合うのが目的ではないんですよ」
「……何を計画している?」
「マシーナリーの殲滅です」
臆せず、短く答えた。
正気か。
ジニアやザンカに毒されたか。悪ふざけにしては度が過ぎている。
今この場にマシーナリーがいることを分かってて言ったのか。
いや、そうでなくとも、それはあまりにも狂った発言としかいいようがない。
「僕は、かつてマシーナリーの奴隷でした。ジニアさんも、ザンカさんも、そしてゼクラさんも。そして道具のように使われるだけ使われて棄てられました。それをはいそうですかと割り切るほど僕たちは寛容ではありません」
「目処があっての発言か? そうでなければ無謀ですらない」
「なら、聞き返します。僕たちがそこまで無計画だと思いますか?」
その目がウソではないことを告げている。
だが、冗談でもなかったとしても無謀であることには変わりない。
「マシーナリーとの対立か……。お前とは、いやジニアやザンカともそんな話で茶化し合ったこともあったな。ジニアの無茶な計画をザンカと俺が論破して、それでお前が横からフォローを入れて……本気にする日がくるなんて考えてもなかった」
ふと思い出してしまう。あの頃の自分たちを。間違いなく奴隷だった。だが、何も全てが不自由だったわけじゃない。その胸に密かに燃える炎を、あの頃も、そして今もまだ持っているのかもしれない。
「今、僕たちの傭兵部隊は規模を拡大しつつあります。兵力を得て、少しずつ、少しずつ。ですが、それでも僕たちシングルナンバーに匹敵するものはいません」
そういうのを無謀というんじゃないのか……?
「あかん、あかんよ。ゼックンは連れていったらあかん。そんなアホな計画に付き合わせられんわ」
怒りに顔を赤らめたキャナが前に出る。
「そうッス! それにそんな話を聞かされたらボクとしても断固として拒否するッス! ゼクラさんの意志を尊重しても、そんな計画への関与は認めないッス!」
エメラまで前に出てきた。
なんで俺は女二人に守られているのだろう。
「少し……整理させてくれないか」
ここまでくると、自分というものが情けなくて仕方ない。
「マシーナリーの過激派が数百年前、人類の根絶やし計画として、人類の渡航領域の中枢にて大規模の爆発を起こした。それにより、もくろみ通り人類は絶滅の危機に瀕することとなった」
ため息しか出ない。
「表沙汰では事故として片付けられたが、一方その頃『ノア』では人類の生き残りを捕捉していた。それがプニカだ。人類居住用コロニーの『ノア』のコンピュータの弾き出した結果、人類の繁栄計画が始動された」
この途方もない疲労感は何なんだろう。
「プニカの活動の結果、俺を含む人類の蘇生に成功。しかし、状況が好転したわけではない。そこで俺は人類の繁栄計画のために支援を得る決断を下した。そうして今に至るわけだ」
おさらいするまでもない話なのだが。
「ズーカイ、お前の見解をまとめてもらおうか。お前は人類の存亡は大きな損失ではない、そう言ったのは記憶している。そして、俺はこの『ノア』にいるべきではない、そう言ったのも確かだ。答えてくれないか。俺を連れて行こうという理由を」
ここが俺にとっての、大きな分岐点となる。
俺の選択が揺らいでしまうかもしれない、そのターニングポイントだ。
「僕たちの行動理念は、マシーナリーへの報復です。それは僕たちがシングルナンバーとして活動していた頃から、いえ、機械人形として蘇生されてからも積み重ねられてきた執念と決意です」
あのジニアの苦労話を聞きかじった程度だが、その途方もない過程の大部分は俺にも共通している。全く理解のできない話などではない。
「マシーナリーというものがこの宇宙において大いなる存在であることは周知の事実。そしてそこには負の面も内在しています。一つの種族に集約されるようなスケールの小さい話ではありません」
ズーカイの言葉を真っ向から否定することはできそうになかった。
「ゼクラさんはどの程度まで把握されているかは知りませんが、例えば獣人族。一部は自然進化も含まれますが、祖先の多くは品種改良の副産物、つまり創られた生物なんです。そうです。元を辿れば僕たちと同じ存在なんです」
それは知らなかった。
俺たちコードZは、マシーナリーによって製造された人造人間。それと同類とまではいかないだろうが、その話が本当だとすれば類似している点はあるだろう。
「これはちっぽけな私怨なんかではありません。マシーナリーという存在を野放しにすれば人類のように淘汰される種がいずれ出てくるでしょう」
エメラが否定しかねる顔をしている。そこは、もっと真っ向から否定してほしかったところなのだが。
「僕たちは少しでも多くの力を必要としています。それはただの力ではありません。執念と決意を抱いた力です。ゼクラさん、あなたも持っているものですよ」
マシーナリーに対して抱いている感情。それは一筋の曇りもない純粋なものかと問われたら、俺は肯定ができなかった。エメラのことを言えた義理ではないな。
「後でプニカさんにも深く詫びなければなりませんが……この言葉を変えるつもりはありません。人類が絶滅することはこの際、損失ではないのです。何故ならこのままではマシーナリー以外の存在全てが淘汰され消えていくでしょうから」
「それはまるで、予言者のような語り口だな」
「これは予言などではありません。ゼクラさんが身を以て分かっているはずですよ」
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