俺に何ができるということもないだろうが、プニカにはいつも負担ばかり掛けさせている。少しでも負担を抑えられることがあるのなら、と思い、ついつい声を掛けてしまった。

「今後のことも踏まえて、色々と聞きたいことがあってね。まあ、軽い相談みたいなもんだ。このコロニーのこともまだ把握しきれていないことも多いしな」

「いいでしょう。私に可能な範囲であれば承りましょう」

　やはりプニカの表情からは何かを汲み取ることは難しいが、それでもプニカが機械ではなく、紛れもない人間ということはこの短い付き合いの中で理解した。

「今日は悪かったな。いや、今日もか。人類が絶滅するかもしれない、ってのにあんな調子でさ。本当ならもっと協力すべきだってのに」

「ゼクラ様に非のある話ではありません。それに、出会ったばかりの男女が深い交際もなく性行為（セックス）に至ることは社会においても異常だと思っておりますから」

　こういうところに一応は理解がある。

　空気の読めないところはあるが、やはりプニカは融通の利かない機械ではないということがよく分かる。

「私は、人と人との付き合い方もよく理解できておりません。ですから、至らぬところが多く、ゼクラ様にもナモミ様にも戸惑うところがあるでしょう」

「そういうところはお互い様ってもんだ。会ったばかりの人間同士、すぐに理解しあうことは難しい。ゆっくり分かり合っていけばいいんだ。まあ、一刻も早く人類を繁栄させなきゃっていう現状ではじれったくて焦っちゃうだろうけどさ」

「……やはり、私は焦っているのでしょうか？」

　人類が絶滅する。だから子作りしなくては。

　頭では分かっていて双方合意もしているとはいえ、さあ性行為《セックス》しよう、なんて気軽に言えるほど親密な関係ではない段階からああいうことに踏み切ろうとしているのだから、焦っているとしか言えまい。

　おかげでさっきは人類の繁栄のために大事なものを失いかけた。

「私は性行為（セックス）を、子作りを望んでいます。ただそれは人類繁栄のためでもあり、私自身が個人としても望んでいることでもあります」

「個人、としても？」

　意外な答えだ。

「私にはクローンとして、任務を遂行していた記憶しかありません。それらはこのプニカではなく、かつてのプニカたちの記憶ですが」

　このコロニーに何人ものプニカクローンが共同生活をしていた、という話は確かに前に聞いた。聞いているだけで頭がおかしくなりそうな内容だ。

「そのときの私たちは、子作りという経験も、子育てという経験もありません。絶滅危惧種としての人類を保護するために活動し続けていただけ」

　それはまあ、見渡しても自分しかいないのだから当然といえば当然か。

「ですから、人と人とが交わり、子を成し、育て、次の世代へと繋ぐ。この当たり前の命の連鎖を、私は知識でしか知らないのです」

　そうか。思えば長い年月の間、自分のクローンたちだけで過ごしてきたプニカには人類繁栄という任務があっても、自らが直接それに貢献することはできなかったに等しい。

　しかも、クローンたちは年月とともに寿命で消えていく一方。プニカは人間でありながら、生物でありながら、ただただ消耗品のように生きてきたのだ。

　親の記憶も、親としての記憶も何もない、クローンとして何百年も。

「おかしいですよね。私、子供を、赤ちゃんを産むということも知らないんですよ。それは人間として当たり前のことなのに、私、何も知らないんです」

「プニカ……」

　それは初めて見る、プニカの悲痛の表情だった。こんな顔をずっと自分の中にしまいこんでいたのか。

「だから、私は……赤ちゃん、欲しいんです」

　曇り一つない瞳で言い切る。純粋無垢な本心からの言葉なのだろう。

「それが命を紡ぐということ。人類として生きている証だから。この身に子供を授かり、産み、女として……すみません、少し、取り乱しました」

　ふと何か悪いことでもしたかのように、スッと身をすくめる。プニカにしては珍しく、かなり息巻いた強い口調ではあった。子供が欲しい、赤ちゃんを産みたいという強い欲求だ。

　ひょっとすると体外受精を行える機構を使えば採取した精液と卵子で当人に負担掛けることなく出産まで手引きできる機構がこの『ノア』にあるのかもしれない。先ほどの話では一言も触れてはいなかった。それはつまり、そういうことなのか。

「いや、それが本音なら何も悪くはないだろ」

　マザーノアの指令を淡々とこなすだけのように思っていたプニカも、実の内面は何のことはない、普通の女の子だ。ただ少し環境に恵まれなかったというだけで。

「そうだよな、プニカも女の子なんだから赤ちゃんが欲しいなんて当たり前だよな」

　その言葉が誤りだったのかどうかは定かではない。

　ただ、その一言で、プニカの表情が一転する。

「え……！　あ、いや、その、あの……私は、確かにその通りなのですが、すみません。ここ数分ほどの言葉は忘れていただけませんか？」

　珍しくプニカが頬を赤く染める。少し感情が入ってしまったせいか、たった今の発言が後から恥ずかしくなってきたらしい。

　まさか普段は意図的に感情を押し殺しているのではあるまいな。こんなに慌てふためいているプニカを見られたことに正直驚きを隠せないくらいだ。

　ちょっと前には面に向かって真顔で「性行為（セックス）してください」と言い切った同一人物とは思えない。

　ついさっきまでも飄々とした顔で「性行為（セックス）」と連呼していたような気もするが、やはり本音が出ると恥ずかしいのか。

　極端に献身的というのか何というのか、自分をあまり前に出してこないところはある。

　人類のための任務だとか指令だとか、そんな建前の中に自分の本音を隠し込んでいるからか、プニカ自身が積極的に思えていたが、これがプニカの正体なのか。

　まるでめくってはいけない仮面の下を見たかのような気分だ。

「ゼ、ゼクラ様。そのように顔を見られると私としても、どのような顔をしていいのか戸惑います」

「ああ、ごめん。ええと、今さっきの言葉は忘れるんだったっけ。ああと、まあ、それはそういうアレだったとして、なかった。うん、なかった」

「お気遣い、助かります」

「じゃあ、少しだけ話を戻して。……そうだな。今日の一件を見るに、俺もナモミも、そしてプニカも、やはり出会って間もない、赤の他人というほどでもない間柄にしても、性行為（セックス）、いや、子作りの営みに至るにはあまりにも浅い」

「……そう、ですよね」

「結局のところ、お互いのことをよく知らないわけだからな。相手のことをよく分からないってのはそれだけで不安になるもんだ」

　プニカが四則演算を忘れたまま方程式に挑もうとしている顔をする。