ミーティングルームに集まった女性陣三人、楽しそうに、あるいは不安げに談笑するその三者三様、その状態に視線が泳いだ。
もう目で見て分かるほどだ。そのお腹の膨らみが、明白なものとなっている。傍から見ていると、自然と目尻が緩んでいくような気がした。
今日の集いは、胎教に関することが主題だ。ミーティング内には心を穏やかにするという名目で、和やかな写真らしきものがいくつも展開されている。綺麗な植物であったり、見るからに暖かな野原の風景であったり。
耳を澄ませば環境音のようなものも聞こえてくる。このように少しでも妊婦のストレスを抑えておくことで、子供に良い影響を与えるらしい。
出産までにはまだ少々早いくらいだが、学ぶべきことは多い。
俺も寄り添える理解者となるべく、同席し、傍聴していた。
もう何度とやってきた講習会ではあったものの、勉強を重ね安心を覚えるどころか、日に日に緊張感が増してくるばかりだ。
「――それで、そろそろ名前を決めようと思うんだけど」
「考え出すとなかなか良い名前が思い浮かびませんね」
「やっぱり可愛い名前がええなぁ」
各々が自分の大きくなった下腹部を眺めて、ふぅむと思い耽っている。
「ナモミは男の子だったか」
「うん、そうなの。だからなんかこう、逞しい感じの名前がいいのかな、って」
そこで俺の顔を見ながら、ニヤつくようにフフっと吹き出した。その表情にどんな意図があるのだろう。
俺も少し頭を捻らせる。男らしい名前とはどんなだろう。そもそも、俺自身にさえ名前がないのだから相応しいものがあまり思いつかない。考えようとすればするほど、何やら銃器や武器、戦闘機のコード名称ばかりが出てきてしまう。
自分の息子にそんな物騒な名前をつけられるわけがない。もっと穏便な、平和な世界で生きていてもらいたい、そんな名前にしたいのだが。
視線を泳がせた先、一つのディスプレイが目に付いた。そこには緋色の花びらが舞い落ちていくような、そんな光景が流れていた。
どうやら樹木の枝の先に咲かせた花が散っているらしい。実物を目にしているわけではないが、とても幻想的に思えた。
「この植物の名前は、なんていうんだ?」
「これ、桜だね。あたしもよく知ってるよ。暖かい気候になるとこうやって花を咲かせるの。結構ポピュラーで、公園とかでは一杯植えてあったりして、その季節になるとみんなでこの桜の花を見に行ったりするんだよ」
思いの外、詳しく語られてしまった。なるほど、サクラね。
「随分と勢いよく花が散ってしまっているようだが、これでは直ぐに枯れてしまったりしないのか?」
「いや、全然。花びらがなくなったら葉っぱを付け始めて、またしばらくしたら元通り、何度でも綺麗な花を咲かせるんだよ」
「品種にも依りますが、ええと、どうやらナモミ様の知っている時代では、おおよそ同じくらいの周期で一斉に花が咲くよう品種改良などもされていたようですね」
横からプニカがたった今調べてきたかのような情報を発表してきた。最近は割とナモミ用に情報のストックを幾分か手配しているような節もある。前々から思っていたが、一体何処からそんな記録のデータベースを拾ってきているのやら。
「なあ、安直かもしれないんだが――サクラという名前はどうだ?」
ナモミに、きょとんとした顔をされてしまった。その表情は一体どっちなんだ。
「うーん、いいかもしれない。シンプルで覚えやすいし」
好評ではあるらしい。
「ちょっと女の子っぽい名前かもしれないけど」
「そ、そうなのか……? じゃあ別な名前に」
「いやいや、いいよ。全然。だって、あたしも桜好きだし」
何やら無駄に気を遣われてしまったような気がする。
「サクラ様、良い名前だと思います」
プニカも横からフォローを入れてくる。安直な発想だったのかもしれないが、健気に何度でも咲かせる、そんなサクラならば、一度は絶滅の危機に瀕した人類の、新たなる繁栄の第一歩として、この名が相応しい、そう思えた。
「なぁなぁ、ゼックン。うちの子にもいい名前つけてよぉ」
体をすり寄せるように言いよってきたのはキャナだった。ふわふわはしていない。
以前にミーティングルームを浮揚している際に落下して以来、超能力者の力は自重することにしたらしく、最近はふわふわせず二本足で歩いている。
また予期せぬ落下をして、お腹の子供に何かあっては取り返しもつかない。賢明な判断だと思う。
「キャナは自分で子供の名前のストックを用意してたんじゃなかったのか?」
かなり早い段階からそういった準備をしていたような記憶がある。
しかしそれは失言だったのか、キッとしか目つきで睨まれ、つーんとした顔でそっぽ向かれてしまった。
「うちだってパパに名前つけてもらいたいやん」
露骨に拗ねられた。
「私も、私も名前、つけていただきたいです!」
ここぞとばかりにプニカまで興奮気味に飛び入りしてくる。そう急に言われても直ぐにはポンポンと名前なんて思いつかないのだが。
女性陣からの強い圧を感じる。
「はは、ゼクももう少ししたらお父さんだもんね。そういうところ、責任持ってもらわなきゃ」
他人事のように言いつつも、そのはにかんだ表情はこれから先の俺たちの未来のことを見据えているかのような、あまりにも眩しい顔に思えた。
そうだ。俺たちは未来を生きていくんだ。
ナモミのそんな顔を見てしまったからには、もう俺は何も壊したくない、そんな強い感情が胸の内、渦巻いていくのを感じた。
一日一日が何事もなく過ぎ去っていくように思えていたが、どうやら俺のタイムリミットが近づいてきているようで、日に日に少しずつ、小さな違和感が膨らんで入っているのが自分でも分かった。
もう残されている時間は少ない。このままでは、目の前の笑顔を、俺自身が壊してしまう。それだけは、それだけはしてはならない。
もう間もなく尽きようとしているこの命を、少しでも長く、長く。
それが何処まで許されることなのか、今の俺には分かりようもない。
だが、それでも俺はソレを選択した。
それが正しいことなのか、そうでないのかどうかは、もはや分からない。
当たり前の平穏、当たり前の日常、当たり前の未来のために。
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