ブラックマーケットと呼ばれるだけのことはあった。それを今さら疑問視していたわけではないのだが、あえて感心した。
ただの金属片みたいなゴミを高額で売っていたり、希少鉱石で造られたパーツがタダ同然の値で叩き売りにされていたりと、でたらめ感がうかがえる。
価値観が欠落しているのか、とりあえず金になればいい程度にしか思っていないのか。何にせよ、こちらからしてみれば好都合なことこの上ない。
粗方、必要となる部品の類いは十分に揃ったと思う。両腕いっぱいにガッチャガチャと音を立てて機械部品が溢れそうなほど。ズーカイやゾッカ、ついでにジニアの愉快そうな面が目に浮かぶようだ。
あとは燃料になりそうな資材だが、これは少し面倒だ。純度を確かめる術がそんなにない。かなりの粗悪品が氾濫している。中には適当な液体を混ぜすぎてそれ自体が爆薬になりかけているものもあった。
まさか舐めたり飲んだりして調べるわけにもいかないし、変にツールで解析しようものなら店員の顔が曇る。
それだけで済めばいいが、揉め事に発展する可能性も否めない。
なんだったら、ろ過装置や分離装置を新たに開発してしまうのも手かもしれない。ゾッカに頼めば快く作ってくれるだろう。液体燃料ばかりでなく、代替となる資材をかき集めた方が手っ取り早いのかもしれないが。
それはそれとして、何故だか周囲から視線を感じる。
異邦人が珍しいのか? いや、そんなことはないはず。ひょっとすると機械部品を担いでいる様が物珍しい可能性はある。
結構な買い物をしてしまったし、こんなに沢山荷物を抱えてしまってはコソドロに狙われてしまっても仕方ないだろう。
「おい、てめぇ」
後方から男が声を掛けてきた。そいつは数分前からこちらの様子をうかがって、しばらく追尾してきた奴だ。頃合いを見計らっていたのだろうか。
「なんだろうか?」
とりあえず振り向いてみる。いかつい男だ。身なりもよくない。背中に武器も隠し持っている。恫喝するつもりか。
「はぶりいいみたいじゃねぇか。ちょっとよ、俺様にも小遣い分けてくんねぇか?」
カツアゲしているようだ。
面倒ごとは避けたいのだが、金をホイホイ渡すのも癪だ。穏便に回避するにはどうしたものか。少し頭を巡らせてみる。
「すまないが、金はそんなに余っていないんだ。代わりと言ったらなんだが、このパーツをひとつ渡そう。格安で買えたが、他所で売れば家一軒は建つと思うぞ」
「なにぃ……?」
疑心暗鬼に、いぶかしげな表情を浮かべる。
金には余裕あるが、それほど嘘はついていない。かなりのレアパーツで高価なのも事実だし、ミザールの基準でレートを見れば家一軒どころか二軒三軒は余裕だろう。
「俺様にはただのスクラップにしか見えねぇぞ?」
「これを見てくれ。小さな鉱石が埋め込まれているだろう? こいつが希少なんだ。例え機械に詳しくなかったとしても、最悪バラしてこの鉱石だけ売れば金になる」
あまり手放したくはないが、背に腹はかえられない。
「ふむぅ、ならいいか」
かなりの時間を悩んだが、半信半疑ながら納得はしてくれたようだ。
「なら、そいつをこっちによこしな!」
目的を果たすためならば時にはこういった交渉も必要になるだろう。
断腸の思いでパーツをいかつい男に手渡そうとした。
「ふぎゃぁっ!?」
が、何故か男が地面にぶっ倒れる。足をくじいたのか? こんなところで?
「なんじゃこりゃあぁ? く、くそ重てぇ……、う、腕がぁ……俺様の腕がぁ」
男の腕が機械のパーツごと地面にめり込んでいるのが見えた。あまり直視に耐えるようなものではないが、確実に骨がイッているだろうな。早急にまともな治療を受けなければ今後使い物になるかどうかも分からない。
「おい、大丈夫か?」
「て、てめぇ、なんでこんなもんを片手で……うぎょぉぉ……し、死ぬぅぅ」
しまった。自分基準で物事を考えてしまっていた。
そういえばこのパーツは耐久性を高めるために鋼鉄を加工されて造られている。
さらには中に入っている鉱石も相当な重量だったはずだ。常人には持ち運べるものじゃなかったか。
通りであのときの店主、簡易的な重力コントロール装置をあちこちに置いていると思った。何かのインテリじゃなくてコイツを運ぶためのものだったのか。
「すまない。そこまで重いとは思ってなかった」
とりあえず、地面に腕ごとめり込む機械パーツをそこからどけてやる。
改めて持った感じ、やはり少々重いか。
「ひぃぃぃ……俺様の腕がぁ……み、み、ミンチぃぃぃ?」
号泣した男がよれよれと立ち上がる。
ものの見事にぺしゃんこになってしまっているな。ミンチというほどではないが。
これは悪いことをしてしまった。何より男が大騒ぎするものだから周囲の目が一層強くなってしまったのを感じる。これはまずい。
「悪かった。せめてその腕をなんとか使えるようにしよう。俺の知り合いに頼めば、良質な義手に改造してやれるはずだ」
ゾッカとジニアに任せれば一瞬で仕上げてくれるだろう。
「か、か、か、改造ぅぅぅ!? て、てめぇ、そっち側だったのか! う、ぐぅぅ痛ってぇ……痛ぇよぉ……くぅぅ、だ、騙されたぁ……くっそ! もっと楽だって聞いてたのにぃぃぐぅぅぅ!」
泣きっ面で悶えて、いかつい感じだったのが見る影もなく、もはや軟弱にしか見えない男は逃げるように俺から全速力で走り出してしまった。
何やら色々なことを誤解されてしまったような気がする。
ざわざわとざわつく声、そして刺すような視線がグサグサと俺に集中している。
「すまない、騒がせてしまったな。なんでもないから気にしないでくれ」
そう弁明しようとくるりと辺りを見回すと、もはや関わっちゃいけない何かと思われているのか、周囲から物凄い勢いで目線を逸らされてしまった。
中には、ヒエッと小さな悲鳴まであげて立ち去るものまで出てくる始末。
これは悪目立ちしてしまっているのではないだろうか。あれだけアイツらに釘を刺しておいてこの体たらくは情けないという他ないな。
もう少し買い物を続けていきたかったところだが、ここに長居するには流石にいたたまれない状況となってしまった。
なるべく早くこの場を立ち去っておいた方がよさそうだ。
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