「じゃあ、こーゆーのある?」
「はい、それでしたら――」
何やら端末を通じて上手いこと会話は通じているらしい。
変に仲違いが起きないのならあれはあのままでもよさそうだが、よくあんな腰の引けたままというのか、上げたまま話し合いができるものだ。
あまり覗き見ていても趣味が悪い。目を逸らしておこう。
「インスタントタブレットボトルをレギュラーサイズ、それとラージもいくつか。加熱式耐熱加工のカプセルフラスコ、タイプはこっからここまでなぁ」
ついでに耳も逸らしておこう。
なんか聞いてはならないようなことも言っていたように思うし。人の趣味には踏み入らないのが賢明だ。
見てもいないし、聞いてもいない。それでいいだろう。
「はい、工事か完了いたしました」
またポンッと指先ひとつで全てが終わったらしい。なんと手際のよいものだ。
「おおきになぁ」
そして終わったら終わったでキャナの方も頭上へ、談話室の天井と帰っていく。そこまで警戒するのか。
また飛び付かれるとでも思っているのだろう。
会話ができている辺りは別にそうでもないように思えるのだが、この距離の置き方を見ればどう好意的に解釈したところで尋常ではない苦手意識を察する。
プニカ本人はそうとは考えてはいないようだが。よもや、プニカもキャナに嫌われているとは思ってもいまい。
例え感づいていたとしても何ら態度も変わらないだろうが。
何とか無表情を装うプニカもプニカだが、ふわふわ笑顔を崩さないキャナもキャナでなかなかに曲者だ。
プニカはともかくとして、キャナはよほど自分を隠しておきたいように見える。
どんな何を隠しているのか暴くつもりは毛頭ないが、変な障害にならないことだけを今はとりあえず願っていよう。
「なぁ、ゼックン。今度うちの部屋に遊びに来てもええんよ?」
唐突に真上からキャナが降りてくる。本当にふわふわと縦横無尽に動く奴だな。
「ま、まあ、そのうち気が向いたらな」
そうとしか返しようもない。
「ま、固っ苦しいことはなしなしにして、子作りせななぁ」
と、そう言いながらもわざとらしいくらいに空中で扇情的なポーズを見せつけてくる。なんともはや器用な動き方だ。ふわふわがなせる技か。
心なしか、後方にいるナモミから強い視線を感じる。そしてやや正面から明確なプニカからの視線も同様に感じる。
少し前から薄々察しつつはあったのだが、このコロニー『ノア』の生活にキャナが加わったことによって本格的に男女バランスが崩れ、俺に対する意識が一層高まったように思う。
名目上、体面上、俺は人類の繁栄という計画に賛同し、この場にいる。
拒否をするという選択肢は無論のことあるのだが、単身で『ノア』を離れたところで、何ができるということでもあるまい。ただ宇宙で散るまでだ。
この『ノア』にいる限り、俺は将来的にも子作りをすることになる。
三人の女性陣から意識されている理由は考えるまでもなくソレだろう。
「ゼックンなぁ、もうちっと積極的に来てもええんやからな。むしろ男なんやからしゃんとせな」
ふわふわ、そしてくるくると身体にひねりを入れながらキャナが俺の周りをまわってくる。からかわれているのか、それとも誘っているのか。
いずれにせよ、空気がひりついていることに変わりない。
「ゼクラ様、今度の性行為の会合はいつにしましょうか」
空気も読まずに、いやむしろキャナの行動に触発されてか、プニカがここぞとばかりにダイレクトに切り込んできた。
また、アレをやろうというのか。前回もナモミとプニカの二人だったのに散々な結果に終わったアレ。今度はここにキャナが加わるとなると惨状が目に浮かぶ。
「……その件についてだが、前も少し話したように俺たちは出会って間もない。焦る気持ちもあるだろうが、そんなものに急かされて事を済ませてしまうのはかえって心にとっかかりを残してしまうだろう」
「つまりぃ~?」
「もう少し、共同生活を続けて、お互いのことをよく知ってからでもいいんじゃないか? 少なくとも俺は前回までの失敗からそう学んだ」
と、嘘偽りのない本音で弁解して見るも、当然のように納得した表情はもらえなかった。ナモミも、プニカも、キャナも、なんか冷たい目をしている気がする。
「ま、まあ、お互い、素直に身体を許せるようになったら各々、自主的に性交渉に及ぶのが無難だろう。わざわざ会合を開くまでもない」
毎回毎回三人を同時に相手するわけにもいかないしな。
「ゼクがそう思うなら、それでいいけど……」
どことなく目線を遠くに飛ばしながらナモミが言う。一応、賛同はしてくれている様子だ。
「なるほど、気が向いたときに個別で性行為するわけですね」
なんかちょっと違う解釈をしているプニカが目を輝かせている。
「確かにさすがにみんなと一緒は堪忍かなぁ~」
本音はどうなのかは分からないが、ふわふわとした笑みを浮かべつつも、キャナは承諾したような調子で自身もふわふわと浮かんで天井へと行ってしまう。
大体、女性陣はどうなんだ。男一人、女三人で性行為に及ぶことに何ら抵抗がないとでもいうのか。少なくともナモミは無理そうだし、キャナに至ってはその場で何をしでかすのか予測もできない。
「じゃあさ、今度少しでもお互いが仲良くなれるようなレクリエーションを計画していこうよ!」
良いことを思いついた、といった明るい表情でナモミが前に出る。
確かに、この『ノア』では交流らしい交流の大半が雑談だけに留まっているところは否めない。例の子作りの講習会やら、とりとめもないミーティングやらで時間を潰していくよりも、何かしらの交流会を検討していくべきか。
しかし、どちらかといえばナモミの考えとしては、日々が退屈だから何かパーッと遊びたい、という欲求が見え隠れしているようには思えた。
「仲良くなれるようなレクリエーション、ですか。検討してみましょう。この『ノア』にはそういった娯楽も用意してありますので」
人類の居住するために造られたコロニーだ。むしろない方がおかしかったし、そもそもなんで今までそういったものを利用してこなかったのかが不思議なくらいだ。
「ほへー。なんかおもろいもんとかあるんかな」
キャナも興味津々といった調子でふわふわと降りてくる。
「こういったものはいかがでしょうか」
先ほどの部屋のカスタマイズ同様に、何やらレジャー的なカタログを広げて展開し、プニカを中心として賑やかそうな雰囲気が広がる。あまり見慣れないスポーツのセットやら、不思議な風景を見せる旅行プランやら。
あれらをこの『ノア』の中でやっていくのか。
「なんか面白そうなのがあるね。これとか、なんか楽しそう」
ナモミもキャナも何やら楽しそうだ。
なんだかんだ、あまり娯楽が欲しいなどとは切り出しにくかったのかもしれない。人類が絶滅だの、滅亡だの、並々ならないプレッシャーの中、絞り込むようにして明るく振る舞っていた側面もあるのだろう。
そんな中で、楽しいことをしたいなどと気軽に、堂々と言えるような空気ではなかったことは確かだ。真っ先に切り出したナモミも、あれでいてプニカに対しては遠慮がちだったし。
少しずつ打ち解けていった結果、と考えるべきか。
「ほら、ゼク。こっちに来て計画一緒に練ろうよ!」
ナモミがちょいちょいと手招きしてくる。
さっきは適当なことを言ってしまったが、俺もちゃんとお互いのことをよく知る努力ができているのか。そんな疑問を払拭した。
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