※別視点
『あーっと、あんまりいっぺんに考えるとバレるッス。細かい話はなるべく見張りが少ない場所に移ってからが好ましいッスね』
そうは言われても、こんな見晴らしの良いバルコニーで、今も尚、ナモミを取り囲むようにして兵士が監視しているような状況だ。少ない場所などと言われてもそれも難題だった。
「ビリア王女?」
「さてと、こんな息の詰まるところにはもういられんのう。妾は中に戻るのじゃ」
そういって、ナモミはドレスの裾をくいっと持ち上げて、そそくさとバルコニーから退散していく。後に残された兵士はポカンとした表情を浮かべて、通信端末に一言添える。
「ビリア王女、たった今バルコニーから出ていきました。どうやら監視の数が目に余るようで大層不機嫌なご様子です」
その言葉が聞こえたか聞こえなかったか、ともあれ兵士の視界からナモミの姿が消えていた。
そして一方のナモミはドレスの裾に苦戦しながらも階段をゆっくりと降りていく。すれ違えるほどの幅はあるものの、王女の行く手を阻もうと考える兵士もいなかったためか、ほとんどが出口の方へと待機していた。
『そのまま簡単に状況を説明してもらいたいッス。なんでナモミさんが王女なんてやってるんスか?』
『な、なりゆきというのか何というのか、処分だとか処刑だとか脅すこというもんだからついビリア姫のマネしたら向こうも間に受けちゃって……なんで本当に王女になっちゃったのか自分でもよく分からないよ』
その説明だけでは上手く解釈できないが、何やらあったらしいというところまでエメラは把握した。
『それで、エメラちゃん今、何処?』
『ボクなら一応すぐそばにいるッス。ステルスで身を隠してるッス』
『ゼクもいるの?』
『いや、物凄く食い下がられたんスけど、さすがにこっちは危険すぎるからってことで、みんなで土下座してお願いして、こっちには来てもらってないッス。今頃ブーゲン帝国の方にいると思うッス』
それもそれで一体エメラたちの方でも何があったのやら気になるところではあったが、ナモミも酷くガッカリしつつも、現状を把握した。
『それでこれからどうしよう。逃げたいんだけど、監視が凄く厳しくて……』
『ナモミさんが王女になってるなんて想定外すぎるッスよ。でも大丈夫ッス。策ならたった今考えたッスから』
たった今、というと心許なく感じてしまうところだが、エメラはマシーナリー。その頭脳は超高速で演算処理も行える機械でできている。どのような作戦なのかは分からないけれども、ナモミは一先ず安堵した。
『それにはナモミさんの方でちょっとやってもらうことがあるッス。まず――』
※ ※ ※
「何? 俺様の城に来訪者だと? こんな夜更けにか?」
サンデリアナ国の王子が、鼻をひくひくとさせながら声を張り上げる。
「そうじゃ」
「そりゃまた随分と急な話じゃないかい? もうちょっと前から言ってもらえればよかったろう。俺様だって準備ってものがあるのだぞ」
「何を言うておるのじゃ。妾はおぬしのとこの王族親衛隊に捕まったのじゃぞ。予定外のことで話をこじらせたのはおぬしじゃろうが」
「ぁー……? あぁ、そーいえばそうだったな。で、誰だったっけ? 確か報告じゃあマシーナリーの船に乗ってたらしいじゃないか」
「妾の侍女たちじゃよ。長旅の間の護衛を任せておった。突然行方しれずとなって混乱しておったからのう。ようやく連絡がついて城にくることになったのじゃ」
「どうして今まで連絡しなかったんだ? ここに来たの朝じゃないか」
「おぬしは阿呆か。サンデリアナ国は情報規制が厳しく、外部からの通信手段の殆どがシャットアウトされておるのを知らんのか」
「そ、そ、そんなわけがない。勿論知っていたともさ! この国は厳重だからな!」
「そのせいで、妾の居場所が特定できず、さっきの今になって結婚式の噂をこぎつけてやっと妾がサンデリアナ国の首都にいると突き止めたのじゃ」
「ふぅん、なるほどねぇ」
納得してるのかしてないのか、あるいはこれまでの会話内容についてをしっかりと理解できてるのかできていないのか、どうともとれない曖昧な表情を浮かべつつ、分かった分かったと首を縦に振る。
ちなみに、話の大半はウソで固められているが、大部分は真実が紛れ込んでいる。
ナモミが乗ってきたのはマシーナリーの管理する船であり、護衛も侍女といって差し支えもない。情報規制が厳しく連絡が取れなかったというのも事実。
しかし、王女の結婚の話は王子や大臣が意図的に広めたものだ。この国の兵士はおろか、城下町の民衆にも知らせ、はてやブーゲン帝国にまで通達させている。どの話を掘り下げたとしても、納得せざるを得ない理由がしっかりと固められていた。
「ラセナ王子! 侍女を名乗る者数名を城門の前に待機させております! いかがなさいますか!」
はきはきとした喋りの兵士が報告する。
「ああ、うん、分かった分かった。通せ。そんくらいまあいいだろう。だがちゃんと見張っておけよ。相手はマシーナリーだからな」
「はっ!」
兵士はビシっと敬礼して見せる。
「分かっておると思うが、妾の侍女じゃ。妾の身の回りの世話はその者たちに任せる。何か不服はあるか?」
「いんや別に。だって侍女だろ?」
何を言っているんだと言わんばかりにピシャリと王子が言う。どうやら微塵も不自然に思われていない様子だ。
当然のことながら、たった今、城に招き入れられた侍女とはエメラ、ジェダ、ネフラの三人のことだ。
さしものステルスを持ち合わせているマシーナリーとはいえ、城中、国中から注目を浴びている王女であるナモミを不用意にそのまま連れ出すのは不可能と判断。
ただでさえ山ほどの禁則事項を破っている手前、あまり派手に動くこともできない。より穏便に事を済ませるためにまず城の方から招き入れられるよう手配。
これにより、数万数億ほどの違反を回避。何せ、向こう側から正式に招いている状態なのだから厄介ごとはごっそり消える。
侍女としてであれば王女の身の回りにいても不審に思われることはない。
あとはいくらでも作戦が立てられるという算段だ。
まだ無事が確定したわけではないが、状況が好転したことに、心の奥底でナモミは安堵した。
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