「ここがそうみたいだな」
リフトが目的地へと辿り着く。思っていたよりもこぢんまりしたブティックだった。有名なブランドと聞いていたからもっとデカい店を想像していた。
四角い箱のようなシンプルデザインの店舗に、シャボン玉のように膨らんで出っ張って見えるショーウィンドウ。
一見すると奇抜だが、どちらかというと、あたしでも馴染み深い感じがする平凡な外観だ。
これまで見てきた店では入り口から既に劇場のような豪華さがあったが、打って変わってこれは瀟洒。
しかし、店先に展示してある服のデザインはカタログの通り。ゴルルさんの折り紙付きだ。思い起こせば、今日もこの『エデン』を散策してきて、何処かでこれと同じデザインのものを何度か見てきた気がする。
やはり噂に違わず有名なブランドなのだろう。
「あらぁ、いらっしゃい。あちしの城へようこそ」
蜂蜜でも混ぜたかのような甘ったるい声が聞こえたかと思えば、店の中からなんか凄い人が現れた。きっとこの人がフローラさんなのだろう。
人型だったが、お姉様にも負けない途轍もないナイスバディ。腰のくびれが折れそうなほど細く、ヒップも弾けんばかり。
まだ何をしているわけでもないのに、そのオーラのように放たれてくる魅力に圧倒されてしまいそうだった。仕草一つでぶん殴られているような錯覚さえある。
突き詰められた美貌の結晶みたいだ。
「こ、こんにちは。入ってもよろしい、ですか?」
「ええ、どうぞ。ここはあちしの城。誰でもウェルカムよん」
踵を返し、振り向きざまに指先で、ちょいちょいと誘われる。
なんだろうこのドキっとくる感じ。あたし、女だよね? なのに、物凄い引きつけられる感が半端ない。
「じゃ、じゃあ行ってくるね、ゼク」
「ああ、俺はここで待ってる」
目配せをしつつ、店の前でゼクと別れる。妖しい雰囲気がプンプンだが、多分大丈夫だろう。多分だけど。
「おじゃま、します」
そしてあたしは誘われるままに、店内へと足を踏み入れた。
その内装はブティックには違いなかったが、ごちゃごちゃしておらず、シンプルに何体かコーディネートされたマネキンのようなものが置かれている程度だった。
ただの展示場みたいな感じになっている。
「あぁた、マシーナリーじゃないわねぇ。有機生体よね? ヒューマンかしら。でも絶滅したって聞いてるしぃ、獣人族? にしては耳も普通だし、尻尾もないわねぇ。混合種族だったかしらぁ?」
またよく分からない単語が飛び交ってくる。
「えっと、あ、あたしは……」
「しっ……、別にあぁたが何者かはどうでもいいわぁ。必要なのはフォルム。そしてライフリズム。それだけで十分」
「は、はぁ……」
「お客の身体へのフィットを考えるのがあちしの仕事」
何故だかお客さんであるはずのあたしの方が品定めされているかのよう。
まじまじと足の先から頭の先まで、なめ回すように凝視されてしまった。
「ねぇ、あぁた、そのマスクは取れる?」
「あ、はい」
「じゃ、取って」
息もつかさずぴしゃりといわれてしまう。思わず、マスクに手が掛かる。
ここって酸素あったっけ、と踏みとどまる。なんかさっきはその場の勢いに任せてマスク外して大丈夫だったけれど、思い返せばシャレになってない行動だった。
ゲート付近は酸素なかったらしいし、何処にでも酸素がある保証はない。
「んん? どうしたの? ああ、酸素のこと気にしてる? あはは、大丈夫よん。ちょっと薄いけどちゃあんとあるわぁ」
どうやら大丈夫だったらしい。踏みとどまった指先が、マスクのオフボタンに届く。しゅぱっとふたを開くかのように頭全体を覆っていたマスクが消失する。
「有機生体も面倒よねぇ。場所によっちゃあ酸素が供給されないエリアだってあるんだもん。まさに息が詰まっちゃう、なぁんて」
今のはギャグだったんだろうか。そんなことをツッコむ余裕もなく、フローラさんがあたしの顔をジッと見つめる。
「ふぅん……、へぇ……、こう、ね……」
何かを高速で演算しているのか、また再びあたしの全身くまなく視線が投げられる。一体コレはなんなんだろう。身体の採寸を目でやってるってことなのかな。
「ふぅ……、面白い」
物凄い自分の世界に入り込んでしまっているようだ。こんなにも目の前にいるのに何故か別の世界を隔てているんじゃないかってくらい遠くに感じる。
「ね、あぁた?」
「は、はい!?」
「店の前に待たせたあのボウヤ。あれ、あぁたの番い?」
「つが……、え、ええ、そんな感じです」
番いって、まあ番いよね。間違っちゃいないけれど、そう改めて言われるとドキリとくる。ここにくるまでにさっきは割と大胆なことをしていたわけだけれども。
「あちしね。この美貌だけは自信があるの。この磨き抜いた魅了する力はまさに至高。そう思っているんだけどねぇ。ダメなときもあるの」
「どういうこと、ですか?」
「あぁた、このあちしを見て、一度でも溜め息をついた?」
息は飲んだかもしれないけど。
「いえ、多分ついてないかと」
「そうねぇ。あのボウヤもそうだったわねぇ。普通だったら溜め息をついて数分くらい呆然としちゃうくらい、あちしってば魅力的なはずなのよねぇ」
確かに物凄い美貌なのはどう足掻いても否定できない。
「あちしの美貌が通じないのはね、愛。ラァブ。そういうのを持ってる子なの。あぁたがあのボウヤに抱いてる気持ち、あちしビンビンに感じたわぁ」
「わ、分かるんですか?」
「ええ、ええ。あのボウヤがあぁたに寄せる想いもビンビンに。でもね、こういっちゃあ悪いけど、あのボウヤ、ちょぉっと浮気性かもよ? 他の女の気配が見えたわ。それも一人じゃない。あぁたの他に少なくとも二人」
「そんなことまで!?」
その二人はあたしもよく知っている二人だし、その理由も大体分かっているのだけど、まさか見ただけでそこまで見抜かれてしまっているとは。
これはマシーナリーの高性能なセンサー的な技術の賜なのだろうか。それとも、鋭い女の勘というやつなのだろうか。何故だか後者のような気がしてしまう。
「ふふん。でぇも心配無用。あちしに任せて。あぁたの魅力であのボウヤをビンビンに感じさせてあげちゃうんだから」
そういいながら嬉しそうに笑うフローラさんの瞳がどことなく、獲物を目にした猛獣のような鋭い目つきをしていたような気がした。
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