護衛艦が『ノア』の内部へと入り、チューブ状の通路を進んでいく。その奥へと辿り着くと、そこには宇宙空港のスペースが広がっていた。ほんの少し前までは無人と大差ないくらいに閑散としていた場所だったが、随分と賑やかだった。
何せ、希少なる人類を乗せた船の帰還だ。何かがあってからでは遅い。絶滅危惧種を保護するために派遣されてきた機械民族たちは細心の注意を払い、その護衛艦を丁重に送り迎えていた。
当然と言えば当然なのだが、本来の住民の数倍、数十倍ほどの動員数だ。塵一つでも異常があろうものならば、この場はただならぬ事態に陥ることだろう。
無重力状態から抜けて、人工重力によって捉えられた護衛艦は無事に宇宙空港へと着陸し、迅速にタラップが接続されていく。
タラップから降りてきた乗組員が姿を現したところで、出迎えた数体の機械民族が武器のようなものを構える。
ようなもの、というのも曖昧だが、棒状の器具に平たい機械を取り付けた何かとしか言いようがない。見ようによっては重火器と言えなくもない。
「おかえりなさいませ。長旅お疲れさまでした」
一同は深々とお辞儀し、そして、機械民族の一人が間髪入れず、今度こそ武器らしきものを構えた。何処をどう見間違えようもない、異様なまでにパーツをカスタマイズされたライフル銃のような形状をした、武器そのものだ。
銃口の先にいたのは、機械人形の男だった。事前に連絡を承っているとはいえ、それは招かれざる客と言わざるを得ない。本来いるはずのない存在なのだから。
これ見よがしに銃器を突きつけられていた男は、特に気にする様子もなく、むしろこうなって当然だろうといった面持ちで、攻撃意志がないことを示すように手のひらを見せて、降伏のポーズをする。
「悪いな、ズーカイ。少々窮屈な思いをさせるが」
「想定の内です」
ズーカイと呼ばれた機械人形の男が表情も変えず、短めに返答した。
そうこうしているうちに、ズーカイの周りを機械民族が取り囲む。そして一切の抵抗も許さないと言わんばかりに武器や何かの機材を威圧的に突きつける。恐ろしいくらいに情報分析が行われているようだった。
当人が一言も口を開かずともあらゆる情報が洗いざらい、弾き出されていくかのようにディスプレイに凄まじい早さで夥しい量が表示されていく。
十分な情報が得られたのか、武器のようなものを突きつけていた機械民族が引き、武器らしきものを突きつけたものだけが一人、残る。警戒態勢は完全には解かれたわけではないが、少なからずとも信頼に値する、という認識にはなれたんだろう。
「あなたを歓迎します」
銃を突きつけながらもそう言ってのけた。失礼千万ではあるが、生憎とこれも仕方のないことである。部外者だから、というのが大きな要因ではあるものの、それ以前の問題としてこの『ノア』は人類を保護する区域として登録されたコロニー。
いくら認可されたとはいっても、人類以外のものを立ち入らせることは本来は禁則事項に当たる。銃口の先が向いているだけで済んでいるのも相当譲歩されている。
その一方で、人類一行はどうなっているのかといえば、対象一人につき数体の機械民族が寄り添い、様々な検査を行っていた。健康状態であったり、精神状態であったり、あらゆる情報の検診が迅速に行われていた。
どちらかといえば、部外者のズーカイよりも、よっぽど人類の方が窮屈な思いをさせられているようにも思えなくもない。
「疲労具合を診たところ早急に休息が必要と判断されました。必要に応じて治療の検討も」
「妊娠状態、極めて良好、この場所での換算で九ヶ月以内に出産の見込み。現状は安静にすることを推奨」
「精神状態、不安定と認められました。超能力者の力を控えるべきと思います」
医師や看護師のような容姿をした機械民族が様々な診断結果を告げていく。いずれにしてもあまり芳しい言葉がそれほど出てこない。それまであまり楽しい旅行と呼べるようなことがなかったのだから当然ではあるのだが。
必要以上に迫られているようだが、仮にも絶滅危惧種として登録されている身。それが過剰であることに疑問を感じるものはいない。
「おかえりなさいませ。皆様の帰りをお待ちしておりました。無事で何よりです」
「プニー、ただいまー。なんか久しぶりに会った気がするよー」
コロニー『ノア』の管理人にして絶滅危惧種の人類であるプニカが、今度はモニター越しではなく生身の姿で現れる。やはり無表情で、感情を汲み取れるような発音でもなかったが、ペコリとお辞儀する。
「ナモミ様も、そして皆様も今回の長旅でお疲れでしょう。食事の手配も済ませておきました」
そういうと、プニカは手のひらからディスプレイを表示させる。そこに映っていたのは居住区にある食堂の光景。テーブルには色とりどりの見たこともないような料理が並んでおり、食欲をそそらせた。
「あれから色々と『エデン』の方からも提供いただき、献立も増やしました」
「うわぁ、ありがとうプニー」
嬉々として、ナモミがプニカに抱きつく。特に顔色を変えるわけでもなく、むしろ顔なんてナモミの胸の中に埋もれて見えない状態のわけだが、ともあれ、プニカは普段通りの態度で対応する。
「うぅーん、見てたらウチもおなか空いてきたなぁ。『フォークロック』ではあんま食べられんかったし」
ふわふわと浮かんだままのキャナがお腹をさすりながら言う。
「そういえば、あのパーティでもあまり食べてなかったよね、お姉様」
「逆言うと、ナモナモとかよく未知の星の料理とかパクパク食べられた思うわ」
今になって気付いたのか、それともあまり気にしていなかったのか、ナモミがフッと苦笑いする。体質によっては毒にもなり得ることを考慮していなかったらしい。
ましてや惑星『フォークロック』は獣人族の星。
種族が違うともなれば、その土地の住民が平気で食べているものであっても人類にとって大丈夫とは限らない。
「け、検査では一応セーフだったから……」
そう言いながらも、ナモミは自分の体調に不安を覚えてきたようで、唐突に自分のお腹をさすり始める。
「『ノア』の食事はしっかり皆様の体質を考慮してありますのでご安心を」
端からそっと補足するようにプニカが答えた。
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