ぷらとにっく・ぎゃらくしぃ

性行為しなければ、人類は絶滅するらしい。
松本まつすけ
松本まつすけ

命短し恋せよ乙女 (2)

公開日時: 2021年7月18日(日) 00:00
文字数:2,497

 もうダメだ。


 誰も守ってくれる人はいない。


 こんなところで、あたしは死ぬのか。


 何も分からないまま、こんなにも呆気なく……。




 しかし、何故だろう。そのとき、時間が止まっているように錯覚した。


 赤いビームがあたしに向けて一直線に伸びてきているのに、そこから先、何も変化が訪れない。


 本当の危機に陥ったとき、人は世界がスローモーションのように見えるとは聞いたことがあるけれど、これは違う。


 本当に何も起きていない


 まさか、このビームには殺傷力がない?


 そんなわけはない。だってこれは改良された防衛システムのはず。でも、実際に傷一つ、焼け跡一つ、あたしの身には残っていない。


 まるで懐中電灯の明かりでも突きつけられているかのよう。


「な、なんで……?」


 あたしの中の秘められた力が今、覚醒した? 完全無敵の不死の力を得たの?




 ビーー……。


 そんな間の抜けた思考に流され、ぼやぼやとしていると、ビームの出力が弱くなっていき、蛇口を閉めた水のようにちょろちょろと窄んで、消えていた。


 エネルギー切れだろうか。


 赤いは疲れたように、へなへなと不規則に宙を舞い、飛行するのも維持できなくなったのか、赤く点滅し始めた。


 何がどうなって何が起きたのか、それを理解している暇などない。


 逃げる隙ができたというこの状況を無駄にしちゃダメだ。


 ビビって鉛のようにずっしりと重くなった足を必死に立ち上がらせる。


 早く、早く、ここから逃げなければ。


 ずり、ずり、ずり。


 歩き方も走り方も忘れてしまったのかというくらい、あたしの足はバカみたいにとろく、先に進むのもやっとな状態だった。


「ちゃんと動いてよ、あたしの足っ!」


 そういえば、さっき思いっきり床に叩きつけられたばかりだった。ジンジンと今になって痛くなってきた。もしかしたら血も出ているかも。


 というか、鼻血も出ているのに今気付いた。なんでこんなボロボロになってたんだっけ。思い返す余裕もだんだんなくなってきた。


 でも、何故か今、あたしは生きている。


 こんなときこそ、冷静にならなきゃ。


 この最悪の状況、何をしたのか分からないけれど、一瞬だけ打開できた。


 一体何があって、あたしは今、生き延びているのか。




 ビームが効かなかった


 それがおかしいんだ。どうして、あたしには防衛システムのビームが効かなかったのか。バリアでも張ってたわけじゃないのに。


 ハッとして、端末に手を触れる。


 ゴーグルが正常に起動し、あたしの顔を覆うと、そこに取り扱い説明書のような文面が表示される。そして、そこに答えを見つけた。


「対熱線保護フィルター?」


 あたしにでも分かる言語に翻訳された解説によると、「意図しない外部からの高温度光線からカバーする」といったことが書いてあった。


 これは、何の説明か?


 ああ、そうだ。これはフローラさんの仕立ててくれたこの新調したあたしの服だ。まさかこんな機能までついているなんて。


 この「意図しない外部からの……」というのはさっきのビームが該当するんだ。


 だって、ここは『エデン』じゃない。


 『ノア』の、人類の居住するコロニーの防衛システムからの攻撃だ。じゃあ、ここが『エデン』だったら意味がなかったのか。


 いや、そんな分からないことを考えても仕方ない。


 少なくとも、あのビームくらいなら防げる、という認識でよさそうだ。


 危なかった。本当に危なかった。


 さっきは端末から通信用アプリが削除デリートされたから、何処からか監視している何者かはあらゆる権限でも持っているのかと思ったけれど、別になんでもかんでもできるというわけじゃないらしい。


 もしそれができたのなら、保護フィルターだってあっさりと解除できちゃうだろうし、そもそもこのゴーグルだって砂みたいにサラ~って消失させられたはず。


 でも、使える。


 ゴーグルに手を掛ける。ああ、やっぱりそうだ。


 このゴーグルはちゃんと機能している。


 ここいらの周辺のマップが表示されている。データ自体は前の端末から引き継がれていたのだろう。視界の悪かった工業区域の通路もくっきりだ。


 なんだかサイバー感のある視界になっている。暗視機能もついているのか。真っ暗ということを感じさせないくらい視界は良好。


 さらには、マップと連動してか壁の向こうも透けて見えている。なんだこれ、技術がすげぇ。全部が見えちゃってる。全部、丸見えだ。


 だが、見えてほしくないものまで見えた。


 だ。あの赤い監視カメラのようなアイツが一体だけなはずがなかった。


 見渡す限り、あちこちに沢山飛び回っている。おぞましさすら感じる。


 ここを抜けるには、あれらをかいくぐって行かなければならない。


 いくらフィルターがあるからといって、いつまでも耐えられるとは限らない。


 効率よく、逃げ回らなければ。




 ふと、視界の先、随分と奥の方だが、何かコードを認識していた。


 Punica-KCMPIZ……、あれはなんだったっけか。後ろの方に細かい数字が並んでいるけれど、見覚えのあるコード。


 ああ、そうだ、アレはプニーのコードのはず。つまりそこにプニーがいるんだ。


 希望の光が見えてきた。


 ちょっと遠い位置だが、あそこまで向かえばプニーに会える。この決死の状況から抜け出すことができるんだ。


 目的地も定まった。あとはゴーグルを駆使して、そこまで向かうだけ。


 足取りはけして軽くはなかったが、絶望に亀裂が入った、その確信がその先に進もうという意思を強く強く後押しする。




 一体これは誰の陰謀なのか。


 間違いなく『ノア』に潜伏している何者かで、マザーノアにも干渉できてしまえる何者か。システムの書き換えの権限も持っていて、外部からアプリの消去デリートだってできてしまえる。


 そんなとてつもない技術を持っている人が何処からか沸いて出てきたのか。


 そこまで凄いことができるなんてプニーくらいのものだと思っていた。



 ――――あれ?



 今、ふとおかしな考えが頭に浮かんできた。


 そういえば、こんな緊急事態なのに、なんでプニーは……あれ?


 『ノア』への入船は問題なかったし、セキュリティも素通りできていたし、プニーだけは何ともなかった。


 それはプニーが『ノア』で強い権限を持っているからなのだと思ってた。


 何かがおかしい。違和感が渦巻き、何かが淀む。

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