機械民族によって統治されている惑星『セレーネ』の下層都市、ヘルサのマーケットを駆け抜けていく。正確に言えば、道の殆どは通行人で埋まっており、歩けるような状態ではなかったので、壁から壁へと跳躍して飛び越えていた。
右の建物から、左の建物へ、飛び移っては移動する。もう少し効率の良い移動方法もあったのだろうが、交通機関の方も道と同じくらいに麻痺してしまっているようで、飛行車両などのタクシーも利用できない。
そうでなくとも、現状、今いる区画の住民たち全員が爆破事件の容疑者扱いということもあって、機械民族による検問で慌ただしいことになっていた。
こんな状態で自前のツールでも使って空を飛ぼうものならいくら容疑者候補から外れている俺でも直ぐに検挙されてしまうだろう。
これでも以前訪問したミザールの街よりかはマシだと思う。あのときは悪目立ちしないよう策を練った結果、かえって身動きが取りづらくなっていた。
あれで結局、酷く目立ってしまい、本末転倒だったが、今回はそんなことを気にする必要性が殆どないに等しい。既に俺の存在は認知されているし、余計なことさえしなければ何の問題もない。
少なくとも、こうやって閉鎖されていない状態の一般的な公道を移動している分には何も文句は言われまい。強引に道なき道を突き進めないだけのことだ。はたして建物伝いに移動している状態を一般的と言えるのかどうかは分からないが。
それで何ブロックほど移動しただろうか。多少なり時間は掛かったが、ともかく謎の爆破事件が起きたという現場の倒壊した建物の前まで辿り着いた。
サッと着地した先には、ジニアが瓦礫の散らばる地面に這いつくばっている姿と、それを眺めるかのように浮遊しているボールがいくつか。
このボールには見覚えはある。このヘルサに来て真っ先に出くわしたボール型の機械民族だ。同型のものが他にもいたらしい。
一見したら、このボールに襲撃でもされて倒されたかのようにも思わされたが、ジニアも普通に動いていたし、ボールも特に何かをしている様子もない。
推測するに、このボール型の機械民族はジニアの奇行を観察しているだけらしい。
一応コイツも爆破事件の容疑者に含まれている。それが現場で探っているともなれば怪しまれて当然だろう。むしろ、逆によく検挙されてなかったな。
「おう、ゼクラ。やっときたか。へっへっへっ」
こちらに気付くと、すくりと立ち上がり、愉快そうな笑みを見せつける。
「何か見つかったのか?」
「いや、何も。爆撃みたいな痕跡すらねぇわ。火薬の粒も見当たらねぇし、レーザー光線特有の粒子みてぇのも検出できやしねぇ。爆発だけをどっかから持ってきた感じでな、こりゃ不気味にもほどがあるぜ」
俺が来る間もずっとそんなことを調べてたのか。おそらく機械民族もそれくらいのことは調べ上げているはずだ。その上で、犯人の割り出しができず、ニュースでそのようにアナウンスせざるを得なかったのだろう。
ゾッカは関わっていない。その可能性もあるんじゃないか。今に至ってもまだ、そう考えてしまう。目的が分からない以上、そうであっても不思議じゃないはず。
「ゾッカの仕業だと思うか?」
思わず口に出してしまう。
「逆に、一切の痕跡を残さずここまでのことができる奴が他にいるとでも?」
お前ならできそうだ、とまでのど元まで出かかったが、抑える。
「なんかお前ならできそうだ、みてぇな顔してんな。買いかぶんなよ」
俺はそんな分かりやすい顔してるか?
「ゾッカの奴は、オレですら理解できない領域の技術を持ってる。これは過大評価なんかじゃねぇ。何処で習得してきたもんか知らねぇが、ソイツは明らかに機械民族の持つ文明とも異なるベクトルのものだ。いわば禁忌クラスに未知の技術だ」
ズーカイも似たようなことを言っていた気がする。
「第一よぉ、このオレがゾッカを見失うなんてことあるか? ザンカのステルスだって破られるときはあっさり破られる。それでもアイツを見つけられなかった」
未知の技術。それがどのようなものなのかまでは今の俺には理解することもできないのかもしれない。ジニアも、ズーカイも、ザンカもそう認めているのだから。
それに、証拠や痕跡を残さず立ち去る状況となると、脳裏を過ぎるものがある。
あの惑星『カリスト』で『サジタリウス』号に侵入した何者かだ。何の記録も残っていなかったのは、ズーカイの失態だと思っていた。
身内に犯人がいるとすればジニアかザンカくらいだと思っていた。もし、それがゾッカだったとしたら。
記録を残さなかったことと、ロック解除の痕跡が残ってしまっていたこと。この奇妙な二つは両立してしまうのでは。
ゾッカは未知の技術によって自身の存在を消せる。そして、ゾッカ自身はどういうわけか高度な技術を持っていながらも何故か知識に乏しい面もある。つまりはそういうことになってしまうのではないだろうか。
自分の存在は消せても、外部への干渉とその痕跡までは消し切れない可能性。
「ゾッカは一体何を考えているんだ……」
何度考えても今の状況からではどう足掻いても答えには辿り着けない。
「オレらが考えて分かる答えじゃないのかもな。へっへっへ」
どうしてこの男は、こんな状況でこんなにも愉快そうに笑えるのだろう。アイツはお前と最も近い位置にいた奴じゃなかったのか。
そう思っていたら、ふと徐にジニアが自身の拳と拳をカツンと合わせる。そこに込められた感情は、怒りか?
「洗いざらい、聞きたいこと聞かないと気が済まねぇよな」
今さらのようにハッと気付く。ジニアはゾッカに対して強い憤りを覚えていた。それはそうなって当然の感情だろう。それは親友とも呼ぶべき、あるいは相棒たる存在なのだから。
「だが、ジニア。こんな瓦礫を漁ってて何も見つからなかったんだろう?」
目の前で倒壊している建物に証拠になりそうなものが何一つないことは、機械民族の技術を持ってしても証明済みだ。
「へんっ! だからどうした。ゾッカを探し当てる方法ならいくらでもあらぁ!」
あのザンカでもできないと即答したことを、この男は言い切った。一体何処から湧き出てくる自信なのかは定かではない。
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