「ごちそうさまぁ」
満足げな顔を浮かべて、ナモミが二本の棒きれをテーブルに置く。
オハシという名称らしいが、どうにもこの食器は扱いづらい。
ナモミはずいぶんと器用に使いこなしていたようで、目の前の食事もあっという間にたいらげてしまった。
「それにしても大したもんだな。この情景の再現度については分かりかねるのだが、これは確かにナモミのいた時代そのものなんだろ?」
「うん、まあ大体こんな感じよ。全く知らない部屋だけど、懐かしい感じでいっぱいだもの。って、まあ体感時間的には懐かしいってほどじゃないんだけどね」
一応つい最近まで何十億年もの眠りに就いていたわけで、寝て、覚めたら今の時代になっていたようなものだから懐かしいこともないはずだが、きっとそういうものなのだろう。
「料理のお味の方はいかがでしたか?」
「最高よプニー。とっても美味しかった。てか、どうやってこんなの作ったの? っていうか、献立、コレ明らかにお魚だったんだけど、養殖でもしてたの?」
「いいえ、たんぱく質の合成によって生成いたしました。よって擬似的に肉質など細かな成分を再現しただけに過ぎません」
「おおぅ……凄い技術もあったもんね……要は本物じゃないってことでしょ?」
「そりゃあまあ生きたものを食べるわけにはいかないだろうしな」
ふと、そこでナモミがきょとんとした顔をする。
「さっきも思ったんだけど、ここって人間以外の生き物は存在しないの? 豚とか牛とか、犬も猫も」
そういえば地球には人間以外に動物が沢山いたんだったな。
「いいえ、そんなことはありません。しかし原種が地球出身となると極めて希少な価値と言わざるを得ませんね。少なくとも私《わたくし》は人類以外で実際に生きて動いている完璧な生き物をその目で確認したことはありません」
|完《・》|璧《・》|な《・》|生《・》|き《・》|物《・》|を《・》、ね。
確かに俺も図鑑でしか地球出身の動物は確認していない。
地球外のものなら話は別だが、プニカはどちらもなさそうだな。
今の時代ではどうだか知らないが、古来には食用として生き物を飼育していた事実も知っているし、どういった生き物が食用に適しているかも知識として頭に入っている。
「人間がそうであったように、それらの動物も地球で進化を果たしてきた。だが、知恵を得て自ら環境を作り上げた人間と違って、地球を離れた動物ってのは管理が難しいんだ。元々の生息地の環境に合わせる必要があるからな」
といいつつも、俺自身あまり詳しいことを知っているわけでもないんだがな。
かつて地球が滅びると予見されたとき、人類は地球を捨てざるを得なかった。
その際に、地球から幾つかの動物を保護する計画が立てられて、かなり難航した、ということくらいか。それこそ古代から他の生き物の命を奪うということが禁忌としていわれてきていたらしいが、いよいよもって禁則事項として扱われるようになったとか何とか。
助けてプニカ。
「あらゆる生き物は人間の居住区より隔離され、一定の環境を維持された特設コロニー内で保護されています。こちらについては幾つか生存を確認していますが、我々には入場権はございません。干渉する権限も当然」
「……なんかさ、毎度毎度スケールの大きな話でよく分からなくなってくるんだけど、ひょっとして家畜とかそういうのもないの? 食肉用の動物とかさ」
「あーあーあー、聞かない方がいい部類だ」
「ん? でもゼク。さっき生きたものは食べないって言ってたからてっきりそういうのいない、ってことなんじゃ」
俺はソレを生きたものだとは思っていないからな。
「確かに現状、指定された生き物は保護下に置かれ、それを狩猟等で捕獲し、食用にすることは禁じられています。ですが……」
「|あ《・》|る《・》|種《・》|の《・》|養《・》|殖《・》|は《・》|さ《・》|れ《・》|て《・》|い《・》|る《・》」
「ある種の?」
「一応プニカに確認をしたい。俺の時代と相違はあるか?」
「おそらくですが、ありません。多少なり技術の向上は考えられる程度です」
食事も済んでいるようだし、別に言っても問題ないだろうか。
「今更どんな驚愕の事実があるっていうのよ。こちとら七十億年の時間を飛んできてるし、地球だって太陽に飲み込まれてるってんだから」
あまりそんな無理に強がらなくてもいいのだが。
別に秘密にするようなものでもないし、むしろいずれは知るべきものなのだから伝えることが親切か。
「端的に言えば、食肉を製造する機構がある。養殖という言葉は適切ではないが……そうだな。丁度今しがたいただいたメニューのたんぱく質の合成のようなものといった方が分かりやすいか」
「あー……そういう系? 家畜的な意味じゃなくて肉そのまま作っちゃう感じ?」
早くも青ざめてきている。
「しかし、ゼロから生成することはできません。媒体となるものが必要になります。この『ノア』にはファームという施設があるのですが、そこで定期的に食肉用のベースとなるものを手配しています」
「ん? ちょっとまた分からなくなってきたんだけど……」
「かいつまんでいえば、食肉用の家畜を作り、そいつをベースにして肉を生成している。生成の効率が落ちたら今度はそいつをベースに新たな食肉用の家畜を作り、……まあそれを繰り返しているわけだ」
「えっと……? それって普通に家畜を飼育して、食肉にするのとどう違うの? あたしの時代でも繁殖くらいはやってたけど」
「|飼《・》|育《・》|じ《・》|ゃ《・》|な《・》|い《・》んだよ。さらにいえば、|繁《・》|殖《・》|も《・》|な《・》|い《・》」
「なにそれ、謎かけ?」
さて、どう言った方がメンタルへのダメージが少ないか。
いっそのことスッと説明した方がいいのかもしれないし、案外ナモミもこの手の話は大丈夫という可能性も考慮すべきか。
「食肉専用の肉塊だ。想像し辛いだろうが、餌を与えたり、水を与えたりの世話ではなく、直接的に栄養を注入して肉質を保たせた肉塊を様々な手法……例えば培養などで食肉加工しているんだ」
「その映像がこちらです」
前振りもなくプニカが映像を出力してくる。
「うっ!? ……ぉぐ」
出すんじゃない。プニカもナモミも。
どのような映像が目の前で流れているかって? それを事細かに口頭で説明できるものか。
食肉の製造工程なんて何の準備なしに、いやむしろ心の準備をしていてもその専門職を担うものでもない限り、直視に耐えるようなものじゃない。
少なくともいえることは、図鑑などでも閲覧可能な動物といえるような形状のものはそこには映っていない。
ただの肉の塊だ。作り出された段階で既に毛皮も何もない食用に適さない部位の取り除かれた物体だ。
これこそナモミ自身が言っていた「肉をそのまま作っちゃう感じ」という光景だろう。多分当の本人はもうちょっと違う形を想像していたのだろうが。
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