私達の通う女子高までの二十分間、そこはデートコースになる。
近所に住む同じ年でゆるふわ天然娘のモッチーは、わたしの彼女なのだ! のはずなのだ。
ちょうど一週間前の金曜日、わたしは愛の告白をした。
同性でありながら好きになってしまったこと。
これは愛以外の何物でもないこと。
ぶっちゃけ、もう結婚してもいいぐらい一緒にいたい事。
すべてを涙ながらに語ったのだ。
「あたしも、すきー」
これが、モッチーの返事だった。
いつも通りのとらえどころのない笑顔に、ふわふわした声。
あれ? つたわっているかな。
かなり不安に思ったのだけど、とりあえず引かれずにすんだ。
そして一週間。
なにもかわらない。
悲しいほどに平常運転で時間が流れていった。
「今日は泊まりに来る日だよね?」
「あれ? もう土曜日なんだぁ。時間がたつのは早いねー」
「あはは。そんなこと言ってると、モッチーすぐにお婆ちゃんになっちゃうよ」
軽く話しかけながら、実際は背中を滝のように汗が流れ落ちる。
隔週で二人お泊り会をしているのだ。
告白してから初のお泊り。
初体験にカウントできないが、なにか初体験的なイベントが発生するかもと淡い期待もある。
この調子では、無さそうなのだけれども。
夕方、モッチーを待ちながら、五十センチサイズのハートアイベア(聞いたことないメーカーの目がハートなクマぬいぐるみ)を抱きしめる。
二回もシャワーを浴びたあと、ターゲットをぬいぐるみに重ねて練習しているのだ。
「こう、こんな風にで、こう。こう?」
ぬいぐるみに本気でキスを迫る私は異常だろうか?
妄想の中では、私のテクニックにモッチーが、魔法がかかったみたいに目がハートになっている。
舌が毛だらけになったところで我にかえる。
そのタイミングでドアベルが、モッチーの到着を知らせた。
いつも通りに、いつも通りすぎるほどに時間がすぎていく。
べたつくぬいぐるみの口まわりも、私のふらちな妄想も乾いていく。
「あたし今日は、かわいいランジェリーなんだよー」
普段なら飛びつく告白も、なんだかよけいに意識されていない現実を突きつけられているようだ。
「そうなんだ。えへへ」
今の笑いは入れない方がよかったかと、心の中で反省していると「カナちゃんは?」と聞かれた。
実のところ、気合入れた上下そろいの大人ランジェリーを着ている。
普段の下着の倍は値段がするシロモノだ。
今日初めて着たのだが、絶対に引かれること間違いなしだ。
「あー……ちょこっとセクシー系かも。あはは」
なんだか卑屈に笑っている気がして、ちょっと顔を背けた。
私はとても汚れているのではないだろうか?
天使のようなモッチーには、似つかわしくないダメ人間なのでは?
一人で反省会と絶望を繰り返していると、モッチーが正面に座った。
しかも正座で。
「目をつぶってみて」
ニコニコしながらモッチーが言う。
「それから、十数えたら目をあけて」
モッチーは、そういうの好きだ。
ピザと十回言ったり、シカと十回言ったり、合計千回ぐらい言わされているはずだ。
目をつぶってパターンは初めてだなあ、なんて考えながら目を閉じた。
目をあけると、驚くほど近くにモッチーの顔がある。
密度の高いまつ毛も、たれ目気味の目も、いつもちょっぴり赤い鼻先も、いつも通り。
それなのに天使ちゃんではなく、小悪魔ちゃんに見えるのはなぜだろう。
いたずらっぽく笑う唇か、真っすぐに見つめる深い瞳の輝きのせいか。
ゆっくりと彼女の顔が近づいてくる。
そのスピードは、私が顔をそむけるだけの余裕を持たせて。
それなのに、拒否されることなんて想像もしてない力強さで真っすぐと。
唇がふれた。
そしてあっけないぐらいに、すぐ離れた。
ぬいぐるみを犠牲にしてまで得たテクニックも披露できないまま、ぼう然とする。
荒くなる鼻息を、なんとか押し殺すので精いっぱいだった。
「もっと、大人のキスもする?」
モッチーの提案に、私は魔法がかかったように何度もうなずいた。
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