第三首 (初・弍・參・肆・結)
みさとへの、仄かな想ひを認める、座敷わらしの若紫。
先月はみさとから”がとぉ・しよこら”を食わせてもらったが、わちしからもなにかお返しをすべきだろうか……。みさとも、次の月返される甘味欲しさに女子から”ちょこれいと”を頂いておったと聴く。しかしまた、先月のあの甘味を超えるようなものを、師のみさとに渡せるとも思えぬ……。
「おい、若紫?」
「うわあああ、なんじゃい全く。」
「……韻踏む口調の癖が少しずつなくなってきてるな。つか、『なんじゃい!』じゃねぇよ。お前がいつも昼過ぎると所構わず寝ちまうから、いまの内に起こしたんだよ。今回は特に場所が悪い……っ。今日じゃない日も、毎度毎度布団掛けてるおれの身にもなれ」
「ずっと蔵に閉じ籠もってて日差しとか睡眠相とかに慣れてないとはいえだな……。」と嘆息混じりに言葉を続けるみさとには、わちしも言葉を返せない。
恥ずかしながら、本当にその通りなのだ。
じじ様がわちしを蔵の外に出してくれたことなど、一度たりともなかったのだ。だからこそ、『あの日』わちしは────。
「ん……?みさとよ。なぜ今日だけわちしを起こしたのじゃ?いつもは布団を掛けてくれておるのだろう?」
頭を掻きながら照れ臭そうにみさとは言葉を紡いだ。
「だってお前そりゃ……」
な、なんだこのみさとの反応は……!?
あの源氏様でも、そのような表情は見せたことがなかったぞ。
「そこ、炬燵の中だからに決まってるだろ?」
……………………………………………………。
「あぁ、そ、そうじゃの……。料理の弟子とはいえ、風邪を引いては元も子もないからのぉ……。」
確かにわちしは炬燵に腋から下を突っ込んで、はしたない格好のまま物思いに耽っている。これで眠ってしまっては、確かに風邪を引くやもしれん。数拍の沈黙が、わちしをここまでは冷静にしてくれた。
しかし、それにしても、だ……。
なに故わちしの両頬は熱くなっておるのだ?!
純粋な恥ずかしさ……だけではない。
これは、隙を見せたことへの羞恥か……?
いやぁ違う、なんじゃこれは……。
心の内で”すきをみせた”と思い込もうとした途端に両頬どころか耳まで熱く感じてきた。これは最早、みさと相手の羞恥心のみが為せるところの反応ではない……!
「……既にわちしはなんらかの病に罹っておるようじゃ。みさとよ、わちしをこのままこの部屋に置いておると食える物まで食えなくなるやもしれぬ。手早く蔵に帰すことを奨めるぞ……。」
「いつもに増して顔が赤いと思ったら、熱か?……少し、おれの方に頭を寄せろ」
慌てふためくわちしの首を抑え、「じっとしとけよ?」などと至近距離で言葉を放ちつつ、互いの額を合わせるみさとと、されるがままのわちし。
「ふむ、見た感じ扁桃腺が腫れてるってこともなさそうだし……。平安時代の流行病だとか、逆に現代の空気が若紫の身体を蝕んでるとかじゃなくて、ただの発熱だと本当に助かる。とはいえ、こんな状態で蔵に帰せるわけないだろ?莫迦紫」
「あぁ、はぁ、うん、そうじゃの……。」と空言のようにしか返せない自分が情けない。しかもさりげなく、明らかにわちしを愚弄したあだ名までつけおった。
ただの発熱?莫迦はみさとの方じゃ。
「こんなもの、風邪とも呼べぬ代物よ。みさとが近うて熱も引き場に困り果ておる。……それだけのこと。」
再び、沈黙。
みさとの顔が見えない。ついさっきまで近くにあったあの顔が、目の前にあったあの顔が、いまは、異様なほど遠い日のもののように、わちし自身感じてしまっていた。
────第参首 -弍の句- ニ續ク。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!