河童心中

昭和浪漫ただよう耽美な純文学ミステリー
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公開日時: 2021年6月2日(水) 14:11
文字数:1,158

あね様は、それからも何度か、

「ぼぉー、遊ぼ?」

と、誘いにきたけれど、ぼくは、つれなくソッポを向いた。


あね様のせいで土蔵に閉じ込められたのだと、勝手にふてくされていたのも少しある。

でも、そんなことよりも、ぼくはあの晩以来、あね様の真っ赤に紅をひいたポッテリしたくちびるや、ツンとそこだけ突き出た着物の胸なんかが、いやに目について仕方なくなってしまったのだ。


あね様に対して不埒ふらちな感情が芽生えたということは決してない。

ただ、それ以前は、男と女のカラダのツクリの差異に無邪気な驚きだけを感じていたものが、その差異の意味するところに疑問と興味がわきはじめ、そうした自分に恥ずかしさや照れのようなものをひとりでに覚えるようになったのだ。


あの感覚は……いまだに自分でも釈然しゃくぜんとしないのだが。


くだんのアヤカシの人間ばなれした異様な美しさにあてられて、ぼくの中に、まだハッキリとはカタチすらできていなかった、漠然として曖昧あいまいで、まったく未熟な性の芽生えのようなものが忽然こつぜんと、その潜在的なきざしをうかがわせたのかもしれぬ。


恥ずかしながら白状すれば、土蔵での一夜明けて目覚めたとき、ぼくは、おねしょをしてしまっていた。


離れの露天風呂に惜しげもなくさらされていた、男とも女とも得体のしれない人外の、妖艶な白い裸体を見つめていたとき、ぼくは、たしかに、下肢の付け根の奥のほうに、ズクズクとした奇妙な熱を意識した。

かゆみとも痛みともつかない、もどかしいような、切ないような、……ただハッキリと「後ろめたい」ことだけは確かだった……うずきを、生まれてはじめて、ほのかに自覚したのだ。


実際にまともな精通というやつを"ちゃんとした夢精"で初体験したのは、もっとずっと後のことだったが、あの晩の"おねしょ"は、まだ未発達だったぼくの性の器官が思いがけない早熟な疼きを唐突とうとつにもてあました挙句の、追いつめられた残滓ざんしだったような気さえする。


夜が明けて、乳母やが土蔵の扉を開き、ぼくを起こしにきたときに、

「まあまあ、かあいそうに。土蔵の中は冷えますからねぇ」

と、濡れた掻巻かいまきをくるくるっと丸めて小脇に隠しながら、ぼくをなぐさめてくれた言葉が、実際の原因にすぎなかったろうけれど。


それでも、ぼくは、あの一夜が、なんらかの特別な影響をぼくの心身の成長に及ぼさなかったはずはないと、どうしても自分自身に具体的に立証したいのかもしれない。



それからというもの、あね様は、自分が泣き騒げば、はは様がすっ飛んできて坊を折檻せっかんするのだと悟ったようで。

黙って寂しそうに童人形を胸にぎゅうっと抱きしめながら、いつまでも未練がましく、ぼくの部屋の中をうろうろと歩き回ったりしていたけれど、ぼくががんとして無視を続けるうちには、あきらめて1人っきりでふらふらと屋敷の外に出かけていくようになった。


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