おりしも貸本漫画でとりこになっていた少年探偵を気取って、ぼくは、あね様をこっそり尾行することにした。
あね様の急激な変貌ぶりには、なにかしらの原因があるに違いないと、子供なりに推理したのだ。
その謎を探るには、あね様の行動を逐一見張るのがてっとりばやいと、くだんの探偵活劇漫画で学んでもいた。
その日も昼餉の時間になってようやく寝床から這い出してきたあね様は、少しむくんだ顔をして黙って食卓に着くや、菜の花の湯がいたのをつつき、春野菜の浅漬けの盛り合わせを一人占めして食べつくすと、梅干しを3つばかり続けざまに口に放り込んで、種をまとめて「ペッ」と吐き捨ててから、そのままフラフラ縁側にでて外に降りて行ってしまった。
ぼくは、茶わんに残っていたご飯を急いでかっこみ頬ばりながら「ごちそうさま!」と叫ぶなり、玄関に急いで靴を履き、あね様の後を追いかけた。
あね様は、調子っぱずれな鼻歌を口ずさみながら、足につっかけた草履を引きずるようにだらだら歩いて、門の外を出て行った。
ぼくは、さも大げさに水銀灯の柱や木陰に身を隠してあね様の後をつけたのだけれど、そんな用心は馬鹿馬鹿しいくらい、あね様はてんで周りなんか気にせず、お屋敷の裏手に向かってひたすらに進んでいくのだった。
しだいに、ぼくは不安になった。
あね様は、離れの石塀づたいをたどっている。まさか、あね様が目指している場所は……。
案の定、あね様は、離れのお屋敷の門扉の前でピタリと立ち止まったのだ。
そして、帯の間にぞんざいに挟んであった帯締の余り端をくいっと引っぱりだした。
すると、色鮮やかな真紅の組紐の先っちょには、のどかな早春の昼下がりの日差しに反射して鏡のようにキラキラ光る、洋風仕立ての細長い鍵が2つ、きつく括りつけてあったのだ。
ぼくはもう、そのときには憧れの少年探偵の尾行術の心得なんぞすっぽり忘れて、あね様の真後ろにピッタリくっついて立っていたから、
「あね様! そのカギ、どうしたん?」
と、うっかり大声で尋ねてしまった。
あね様は、背中のお太鼓をびくんと跳ね上がらせて、きょとり首をかしげて振り向くや、
「このカギかえ? ギンちゃんに、こさえてもらったのさぁ」
「ギンちゃんって、……鍛冶屋んとこの銀二さんかい?」
「そうだよ。ほら、ここの門のとこの、カギをさす穴ん中に粘土をぎゅうぎゅうつめこむでしょ。そうすると粘土のカギができるからねぇ。それのカタチに鉄をけずってカギをこさえてくれたんさ、ギンちゃんが。だってギンちゃんは、お喜美のゆうことは、なぁーんだって聞いてくれんだものね」
そうアッケラカンと答えながら、手にした合い鍵をとっとと扉の鍵穴に差し込むではないか。
ぼくは、あわてて、あね様の袖をつかんだ。
「駄目だ、あね様! はは様に叱られるし、それに……」
「ナイショにしたらいいんだよ、ぼぉー。お喜美はギンちゃんにおそわったんだ。ウソつきになりたくなかったら、なんでもナイショにしとけばいいんだって」
あね様は、眠たげな腫れぼったい目をうつろに細めて、ぽってりした赤いくちびるをどことなく皮肉っぽく歪めて薄笑いを浮かべた。
声音は相変わらず幼女のようだったけれど、その一瞬の表情は、今までの無邪気で天真爛漫なあね様とは別人で。まるで、腹の底の読めないシタタカな大年増のような貫禄を感じさせた。
気圧されたぼくは、手を離した。
あね様は慣れたしぐさで、2つのカギを次々に開いた。
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